第21話 悪魔への反旗は翻る

 悪魔はそもそも愚劣であり愚考の主である。


 自惚れの塊であり、貪欲であり、欲する物を得るには手段を選ばない。


 そして、その手段は卑劣であり、下品であり、卑猥であり、そして短絡的でもある。


 愚策は綻ぶ。


 県庁内の悪魔への拒絶反応は最高潮に達した。


「親父に頼んだらしいぞ。」


「親の七光りの本領発揮か!最低の人間だな。」


「知事も困惑していたが、何せ後援会長が出席すると言うからにはやらざるを得んみたいだ…」


「俺は加担しないぞ!」


「あぁ、知事も流石に庁内の空気は察してるよ。


 完全たる私事とする為、出席者は部長以上の幹部と県議会議長、それと後援会長に絞り、主催はあくまでも知事本人、予算も会費制での出資とし、県予算は1円足りとも使わないことにしたらしい。


 会場も庁外の料亭


 職員には一切関与させないみたいだよ。」


「知事も大変だなぁ、悪魔とその親父の大魔王に憑かれてはなぁ~。」


「ああ~、知事も流石に懲りたみたいだよ。


 身近な者には来期は出馬しないと明かしたそうだ。」


「本当か?


 これでこの組織の悪き旧態依然とした世襲制にも蓋が閉まるかもな。」


「そうさ。悪魔も終わりだ。」


 悪魔男の愚考の敢行が、今まで渋太く天頂に位置していた『悪運』に翳りを生じさせた。


 悪魔への反旗は家庭内でも翻る。


 今まで思い通りにならなかった事を経験したことのない、この親の七光りは、不機嫌極まりなく帰宅して来た。


 玄関には妻の姿はない。


「おい!史織!帰ったぞ!」


 悪魔男の呼び声は女の耳には届かない。


 悪魔男は「チッ」と舌打ちをしながら、リビングに向かうが、そこにも女の姿はなかった。


『くそ!何処に隠れてんだ!』


 悪魔男は仕切りに女の名前を呼ぶが女は姿を現さない。


『まさか?』と


 悪魔男は地下室の扉を開こうとしたが、扉には鍵が掛かっており開かない。


 その時、悪魔男のスマホが光った。


 妻からのメールであった。


「私は地下室に戻ります。貴方と一緒には居ません。」


 悪魔男は激怒し、地下室の扉の合鍵を持ち出し、扉を開けて、怒濤の如く、地下室に降り立った。


「何だ?これは?」


 悪魔男は仰天した。


 地下室には家電や箪笥も設置され、以前の地下牢の景観はなく、生活感のある雰囲気が醸し出されていた。


「私の部屋よ!良いでしょ!直ぐには出て行かないから!」


 流石の悪魔男も困惑した。


「どうしたんだ?あんなに俺に縋り付いていたのに…」


「もう必要ないの。私にセックスは必要ないの。」


「何故?何故だ!」


 悪魔男は女に叫んだ!


「治ったのよ。鬱病が!


 私は目覚めたの。


 私は娼婦ではないと。」


 悪魔の計画は頓挫した。


 やはり愚考は愚考であり、思う通りには行かない。


 強制的な薬物調教、監禁があったこそ、女を手懐けて置けただけであり、浅い医療・薬物知識が仇となり、下品な性感刺激も言わば悪魔のマスターベーションでしかなかったのだ。


『若い女性特有の女性ホルモンバランスの乱れが原因であり、それは時間の経過と共に治る。』


 女の元々の主治医(県立病院転院前)はそう診断していた。


 悪魔男はそれを知らなかった。


『病んでるお前が美しい』と


 弱りきった獲物を貪る為に愚行を尽くして来ただけであった。


 愚行の限界により頼りのモルヒネを薄めたのが運の尽きであった。


 正気に戻った女は、当然、悪魔男なんかに靡かない。


「家庭内別居よ。」


 女は毅然と悪魔男に通告した。


「俺と離婚したいのか?」


 悪魔は癖の先読みを宣う。


「そうよ!私はいずれ出て行く!貴方から離れる!」


「俺は離婚は承諾しないぞ!


 金も一銭もやらん!


 俺と別れて生きていけるとでも思ってるのか!


 15年間、社会を知らないお前が!」


「そうしたのは貴方でしょ!」


「うるさい!


 恩を仇で返す気か!


 精神病院から出してあげたのは俺だぞ!」


「出してと頼んだ覚えはないわ!


 貴方が勝手に!」


「お前の母親は俺に感謝してるぞ。


『娘を精神病院から助け出してくれた!』と」


「あの人は世間体ばかりを重んじる人間なの!


 私の意思ではないの!」


 悪魔は獲物の反逆に業を煮やし、女に近づこうとした。


「近寄らないで!それ以上、近寄ったら、舌を噛み切るわ!」


 女が毅然と言い切ると悪魔男の足は止まった。


「お前はなぁ…」と


 悪魔男は最終兵器である『懐妊』という事実を言おうとしたが、


『待て!それを言ったら、史織は其れこそ自殺するぞ…


 今は言えない…


 晩餐会まで内緒にしておかなければ…

 

 周知の事実とすれば、史織も無茶はしない筈だ。』


 そお思い留まった悪魔男は、


「勝手にしろ!


 でも、俺は離婚には絶対に承諾しないからな!」と


 捨て台詞を吐き、地下室を後にした。


 女は悪魔男が地下室の扉を閉める音を聴くと、階段をそっと登り、そして扉に鍵を閉めながら、


『やっと言えたわ…、やっと言えた…』


 女は自立への第1歩を踏み出した自分に励ましの言葉を送った。


 ただ…、


 女は知らない…


 悪魔の受精卵を身籠もっていることを…


 

 


 

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