第20話 悪魔の宴の為なら手段を選ばず!

「トン、トン」


 晩餐会まで、後1ヶ月を切った折、開かずの扉の県庁総務部部長室をノックする音が沈黙の中に木霊する。


 悪魔の部屋に入り込もうとするのは、総務部総務課長であった。


 総務部職員全員の意思を悪魔に進言するつもりでいた。


「入れ。」


 部屋の中から、今時、聞き難い、命令口調での返事がした。


 総務部職員の全員が立ち上がり、総務課長が悪魔の部屋に入って行くのを見送っている。


「何だ。用件は?」


 悪魔男は、相変わらずの命令口調で不機嫌に用件を問う。


「例の晩餐会の件です。」


 総務課長はゆっくりと答える。


「知事の承認も降りた。職員が嫌がっているなど戯言は聞かんぞ。」


 悪魔男は新聞を読みながら、総務課長に顔を向けることなく、先読みを宣う。


「総務部職員、全員の意見です。


 晩餐会に係る業務は、一切、行いません。


 以上です。」


 総務課長はそう述べると一礼することなく、部屋を出ようとした。


「そうか。それでは、次期人事異動について、君の昇進は無いものと思ってくれ。


 降格だな。」


 悪魔男は新聞に目を通しながら、最低の脅し文句を宣う。


 総務課長は振り返ることなく、こう言い返した。


「構わんよ。どうせ、この組織は保身と忖度が漂う伏魔殿だよ。


 あんたのような親の七光りの二世じゃないと上には成れないことは皆んな承知している。


 とっくに昇進など諦めているよ。


 昇進なんかより、私はあんたの保身には付き合わない。


 皆んな同じ気持ちだ。」


「………………」


 そう言い切ると総務課長は部屋を出て行った。


「チッ」と悪魔男が舌打ちをするのと同時に、


 部屋の外から響めきと喝采の拍手が鳴り響いた。


 悪魔男に追随する者など皆無であるのだ。


 悪魔男は拍手喝采が鳴り止むのを待つかのように部屋のドアを不気味な笑みを浮かべて眺めていた。


 この男、人から嫌われることには、とことん慣れていた。


 しかし、部屋の外が沈黙に変わると、悪魔男は椅子から立ち上がり、思案顔で部屋中を歩き回った。


 流石の悪魔男も少々焦りを感じていた。


 知事まで説き伏せた祝賀祭である。


 それを杜撰(ずさん)なものにする訳にはいかない。


 さらに、この動き、流れが庁内の主流となれば、


 主役である知事は、再度、祝賀祭の中止を指示してくるに違いない。


 知事の2回目の指示は確定事項となる。


『兎に角だ!知事の出席を絶対的なものにしないといけない!』


 悪魔男は暫し思案した後、ある人物に電話を掛けた。


「親父。頼みがある。」


「何だ?」


「例の晩餐会の件だ。」


「あぁ、知事就任10周年の祝いの件か!」


「親父にも出席して欲しい。」


「おいおい、選挙前の決起集会でもないのに、部外者の俺が顔を出すのは違和感があるぞ。」


「………………」


「問題が生じたのか?


 そりゃそうだろう!


 この状況で身内行事は普通出来ない。」


「知事もそう言う。」


「ならば、それに従えば良い。


 お前は単なる役人に過ぎん!」


「………………」


「そうか!


 知事を引き摺り出す為、ワシを使うのか!


 後援会長であるワシまで出席するとなると、知事は嫌を無しに式典を行う。


 その狙いだろ?」


「頼む!親父、出席してくれ!」


「いや、しかしだ。


 何故、お前はそんなに式典の開催に拘るのか?


 それを聞かずには答えられん!」


「史織が妊娠した。」


「あの病んでる女が妊娠した?


 ワシはお前の孫には期待はしていなかったが…


 モルヒネ中毒の女が妊娠か…


 五体満足な赤子が出てくれば良いがのぉ…」


「そこは心配ない。体外受精だ。


 例の医者に史織の卵細胞はしっかり消毒してもらった後の受精だ。


 モルヒネも心配ない。


 医者に胎児に影響が生じない量を教えてもらっている。」


「それなら良いが…、


 しかし、史織の妊娠と晩餐会がどう繋がるんだ?」


「………………」


「噂が立ち始めたのか?


 お前が監禁しているとした噂が!」


「………………」


「図星か!


 妊娠という『おめでた』を武器に噂を払拭したいのか!」


「そうだよ…。」


「うーん、困った奴だ。


 お前、主役の知事の祝いの席で…、


 役人分際のお前の私生活を宣うつもりか!


 お前、知事に嫌われるぞ!


 次が無くなるぞ!」


「もうとっくの昔から嫌われているさ。


 俺は親父みたいに副知事には成れないよ。


 それより、噂を消さなければ…、


 困るんだ…」


「お前、何をそんなに怖がっているだ?


 噂?


 噂じゃないだろう~、事実じゃないか!


 史織が逃げないように閉じ込めたのは事実だ。


 今更、仲睦まじい夫婦像をアピールして、何の徳があるのか?」


「まだまだ油断が出来ないんだよ。」


「うん?子種を授かり、孕み、赤子を産んでも史織はお前から逃げようとするのか?」


「そうだ…」


「情け無い奴だなぁ、お前は!


 うーん、仕方がない。


 晩餐会への出席は俺から知事に電話を入れておく。」


「親父、すまない。」


「いいか!これが最後だ!


 あの病んでる女の世話をするのはこれが最後だ!


 そして、絶対に女を逃すでないぞ!


 女が逃げ出し、例のモルヒネの件、ペラペラ喋られたら、ワシにも飛び火してしまうからな!


 分かったか!」


「あぁ、それは充分承知しているよ。」


 悪魔男は電話を終えると、


『親父、あんたも俺に尻尾を掴まれているだよ。


 それに早く気づきな。』と


 心の中でそう宣い、不気味な笑みを浮かべるのであった。

 


 

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