第17話 哀れな世捨人に救いの手を…

「おい?亮太?酷い目つきだなぁ?

 

 人を殺した奴の目つきだ。」


「うるさい。」


「まだ夢に表れるのか?」


「………………」


「やっぱりそうか…、あの女も性根が悪いわ!


 お偉方のボンボンと結婚したんだから、もう、亮太を解放してあげれよ、なぁ、亮太!」


「………………」


「まさか、お前、まだ、あの女のこと…」


「そんなことあるかい!


 もうあの女のことは言うな!」


「分かった、分かった!


 機嫌良く飲もうや!」


「機嫌を悪くさせたのはお前だ!」


 此処は港近くの古びた飲み屋。


 男は漁師仲間と一杯引っ掛けていた。


 漁師仲間が、最近、富に愛想の悪くなった男を気晴らしに飲みに誘ったのだ。


 男達はイカ釣り漁の話題に話を移した。


「亮太!お前の釣り上げるイカは牝ばかりだなあ。


 腹がパンパンに張って真子がぎっしり詰まっているから、良い値が付くなぁ。」


「底を狙うんだ。」


「底かぁ~、しかし、底から引き上げるには、亮太みたいな剛腕じゃないと無理だわ。」


「そうだよ。かなりきついよ。鯛なら途中で水袋が膨れて浮いて来るが、イカの奴はずっと抵抗しまくる。」


「だよなぁ。お前の右腕が太いのが良く分かるよ。」


「一夜の漁で右腕はパンパンに腫れ上がるよ。」


「牝イカの腹と一緒かぁ!」


 ひと時の間、漁師達は、男の機嫌を損なわないよう、今が最盛期のイカ釣り漁の話題を持ち出す。


 だが、漁師達は、男が心配でしょうがない。


 次第に話は男の結婚話へと戻り移る。

 

「亮太よい!


 率直に言うぞ!


 結婚しろ!」


「しないよ。」


「いいから、結婚しろ!」


「しないよ。女は懲り懲りだよ。」


「亮太!


 お前は運が悪かっただけなんだ。


 変な女に捕まってなぁ。


 所詮、あの女は俺達みたいな漁師には本気を出さないんだよ。


 お偉い県庁のボンボンとかを狙ってる玉の輿だ。」


「………………」


「そうそう、市場の小平の娘!」


「あの魚屋の娘さんか?」


「うん。あの娘、亮太に絶対、気があるぜ!」


「………………」


「いつもいつも、『正栄丸(亮太の船名)さん、正栄丸さん』って、口癖のように言ってるからなぁ。」


「亮太!


 一回、あの娘、誘ってみろよ!


 気立の良い、本当に純な良い娘さんだ!


 県庁のボンボンの妻とは大違いだぜ!」


「………………」


 明日の漁のことも忘れ、漁師達は、男を何とかその気にさせようと躍起だった。


 宴の閉幕は日付の変わった時分であった。


 男もかなり酒を飲んだ。


 家路に着く足取りも千鳥足になっていた。


 男は酔い覚ましに港で煙草を蒸した。


 見上げる夜空にはキラリと北極星が煌めいていた。


 あの女もこの星を見ているのか。


 それはそうだろう。


 こんな小さな港町。


 女の居場所も男の居る港から車で30分。


 この15年間、偶然にも会わなかったのが奇跡的でもあった。


 それは男が世捨人として世間から離れ海のみで生きていたこと。


 そして、女は地下牢で監禁され続けたこと。


 会わないはずである。


 男は煙草を蒸しながら思った。


『もう懲り懲りだ。女に騙されるのは…』と


 しかし、男は寝るのが怖かった。


 また、夢の中に、あの女が登場して来るのが怖かった。


 男は暫し目を瞑りながら、煙草を吸った。


 そして、吸い殻を指で弾き、海に放りやると、


『忘れるには…、夢を変える為に…、違う女と付き合ってみるか…』


 そう男は思い始めた。


『アイツが先に消えたんだ!


 俺は捨てられたんだ!


 そうだ!


 俺は完璧に振られた負け犬なんだ。


 もう、忘れたい…。』


 男の精神状態は限界に来ていた。


 以前の夢、女と悪魔が戯れる陰険な夢


 それが今は変化していた。


 女が男の妻となって登場する。


 それも良い妻となって。


 そして、夢で喜び、目覚めと共に奈落の底に突き落とされる。


 男にとって、以前の夢の方が遥かにマシであったのだ。


 今見る夢は堪忍できないのだ。


 酔いは覚めてしまった。


 男は呟いた。


『俺も他の女と付き合う、そして、結婚する。』と


 男の心中に変化が生じる中、悪魔の虜となった女は、相変わらず、重鬱から逃れるために、悪魔の肉棒、悪魔の凶器に無我夢中となっていた。


 悪魔は御満悦だ。


『整形した甲斐があるってもんだ。


 こんなに飢えてしゃぶり着いて来るんだからな。』


 女は、巨大な凶器に頬を寄せ、舌を這わせ、あの受精卵の側に入り込んで来るのを今か今かと待ち侘びている。


 女は完全に悪魔の虜に堕ちてしまったのか…


悪魔の子を孕んでいるとも知らずに…


 この15年間、女の本能が拒絶し続けた生殖を…


 悪魔が種を植え付け、その種に水と肥やしを浴びせるように、白く濁った体液を噴射し続けている。


 こんな女に神は愛想を尽かしたのか…


 悪魔に妥協した女に…


 一方で女に捨てられたと思い込んでいる哀れな世捨人の男には、


 神は救いの手を伸ばすように新たな恋を芽生えさせるのか…


 それは正に悪魔の思う壺となるのを承知の上で…


 人の運命を司る神の悪戯は洒落にならない!


 やはり、神は悪魔と同じ位、堕天使が嫌いなのだ。

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