第16話 真愛は夢の中に、現実は淫靡な化身として…
男はいつもの如く気怠く起き上がった。
男はいつもの如く夢の物語を忘れたく洗面所で顔を洗う。
洗面所の小窓から海を見ながら、「クソォっ!」と言いながら、唾を吐いた。
「何で出てくるんだ?糞ったれがぁ!」
男はいつもの如く夢の中の女に吠えた。
目が覚めて呼吸をし、生きていることを自覚するのが絶望的であるかのような夢。
夢の中で女はちゃんと男の妻となっていた。
気立の良い恋女房
何かの法事に出席する場面が夢の中に演出された。
『貴方、これネクタイ、締め方、分かる?』
『分からんなぁ。いつも作業着とカッパしか着ないからなぁ。』
『じっとして』
そう言うと女は男のシャツの襟首にネクタイを回し、鏡を見ながら巻いてくれる。
正装姿の男の容姿を鏡で見ながら、
『貴方、背広姿も満更じゃぁないわ!
似合うよ。
やっぱり、私の旦那様!
何でも似合う。』
にこにこと微笑む女の表情は幸せに満ち溢れていた。
法事の席でも女は男の世話をし、料理も皿に取り寄せてくれる。
その献身ぶりに周りが男を冷やかす。
『亮太!お前、良い女房を持ったなぁ~、お前には勿体ないわ!』と
男が愛想笑いをすると、女がこう言った。
『違います。私に勿体無いの。亮太さんは!』
それを聞き、周りが一層に2人を冷やかし出す。
男は、一辺倒、夢中の映像を振り返ると、
『もう、勘弁してくれ…、もう良いから…、勘弁してくれ…、
だって、お前は居ないじゃないか?
だって、お前は他人の女になったじゃないのか?
そうじゃないか!』
男はそう心で吠えながら、作業着に着替え、海へと向かう。
水平線に血を垂らしながら堕ちて行く嘘つき太陽の姿が小さくなった残暑の頃
男の船は漁場へと直走った。
夢の中でまたもや女に振り回された男の目付きは狼のように怒りに満ちて、鋭く、海面を睨んでいる。
九月のイカ釣り漁
イカのシーズンも終盤に入った。
日本海のケンサキイカ
春の産卵から生き延びた大物が海底に潜む。
中には大きな親イカが愚かな人類の餌に掛からず、何年も生き抜いている。
男はこの時期、そいつを狙う。
周りの漁師達の船が太陽が沈むのに合わせて一斉に漁火を灯火する。
男は漁火を灯火しない。
漁火につられて海面に浮上して来る小物には用はない。
『俺は海底を狙う。灯りは関係ない。』
周りの船を他所に男はテグス(道糸)に10本針と錘を付けて、水深100メートルの海底まで、仕掛けを落とし込む。
普通の漁師はこんな釣り方をしない。
効率よく海面近くに浮上したイカを大量に釣り上げる。
男は大物狙い。
鍛え抜かれた腕力で100メートル底から大物を引き上げる。
男は目を瞑り、指先に掴んだテグスの感覚に集中する。
『漁をしている時はアイツは表れない。』
男は先程の夢物語が次第に消え失せる記憶の移動に安堵していた。
いきなり男の指に掛けたテグスが指を弾く。
男はイカの当たりを逃さず、ぐっとテグスを握ると、大きく腕を振り上げた。
餌木針がイカに食い込む。
グイグイと男を海面に引き摺り込むようイカが底に逃げようとする。
男は躊躇なく力強くテグスを巻き上げる。
海面近くでイカがスミを吐き散らす水飛沫が聞こえて来る。
男は真っ暗な海面で騒がしく暴れているイカ目掛けてタモ(網)を繰り出す。
大きなケンサキイカ
悠に60cmは超える大物だった。
腹回りはパンパンに張っていた。
『真子を持ってやがる。』
男は一言呟きながら釣り上げたイカを生簀に放り込んだ。
その頃
悪魔の館では意思なく卵を植え付けられた人工母胎が、悪魔の凶器で激しく痛ぶられている。
モルヒネ注射は1日置き、ましてやその量も薄まった。
女は以前より恍惚感が生じないモルヒネに物足りなさを感じ、
その分、
以前より快感を増大してくれる悪魔の凶器の虜に堕ちてしまっていた。
人工受精でしっかりと着床した受精卵のすぐ側まで悪魔の凶器が行ったり来たりを仕切りに繰り返す。
その度、女の母胎、子宮は受精卵を守るかのように、凶器の行手を阻むかのように、ぎゅっと縮みながら、内襞を凶器に纏わり付かせる。
母胎、子宮の懸命な防御と異なり、女の脳内ホルモンは真反対の悦び、絶頂の快感を過剰なぐらい分泌して行く。
女の月経は来なかった。
女はそれに気付かず、いや、気付こうともせず、ひたすら、重鬱の倦怠感を払拭してくれる、
悪魔の凶器を待ち侘びて、
身体中の様々な注入口でそれを貪り続ける。
今宵も悪魔の館では太鼓の音と弦楽器の響きが、女の歓喜の悲鳴
に合わせて奏でらている。
そんな淫獣と化した女
堕天使の如く貪欲な性欲により悪魔に靡き、神を侮辱する女。
本来的なアイデンティティに見切りを付け、
『私みたいな女には悪魔がお似合いなの…』と
悪魔の企てを知らずして、ここまで堕ちた堕天使
しかしながら、
無意識のテレパシーは男の夢に入り込み続けている。
神が女に一途の望みを与えているかのように…
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