第11話 太陽は嘘を吐いた
【満天の青空
雄大な山脈の天辺だけ白い麦藁帽子のような雲が鎮座している。
その山脈の裾に広がる大高原
パノラマビューは新緑のみ
眼前の山脈が穢れのない風を空気を吹き下ろす。
黒い宝石オニキスのような潤いのある黒髪を靡かせながら、満天の晴天を凌駕する満点の笑みで、女がこう言う。
「寝っ転がろうよ!」と
2人は手を繋ぎ、全幅の信頼を寄せた新緑の大地に吸い込まれるよう倒れて行く。
新緑の大地は2人の身体を軽々と受け止めると、羽毛ベットのように、じんわりと2人の身体を沈めて行く。
2人はしっかりと手を握っている。
2人は、眩しくなく、とっても優しい太陽を見つめている。
「もう5年か…」と男が呟く。
「違うよ!後2年よ!」と女が明朗な声で答える。
「そうだなぁ…」と男は微笑んだ。
「そうよ。後2年!後2年したら、やっと卒業できる。
卒業したら、私は貴方と一緒に船に乗って海に出るの!」
「そうさ…」
「ごめんね。4年も待たせることになっちゃって…」
「いいよ、大学は必要さ。」
「ううん、全然、必要じゃないよ…、大学なんか行きたくなかった…」
「………………」
「私はね、高校卒業して、直ぐにでも貴方と結婚したかったのよ!」
「分かってる…」
「親との約束…、これだけ済ませば、私は自由になるの!」
「お前の両親は嫌がるだろうな、俺なんかと…」
「関係ないわ!私は後2年で自由になる。
そして、貴方と結婚する!
船に乗って海に出る!
毎日、毎日…」
「そうさ、毎日、海は待っている。」
「うん!
24時間ずっと貴方と一緒!」
「そうさ、ずっと一緒だ。」】
いきなり、男の眼が開いた。
見えたのは、満天の青空ではなく、窓ガラスに夕陽が差し込み、その光の中で悶え苦しんでいる埃たち…
男は片手掌で額にかいた汗を拭い、こう呟いた。
「頼む、もう勘弁してくれ。」と
男は気怠く起き上がると洗面所で顔を洗い、小窓から見える海を見遣り、沖が時化てないことを確認すると、作業着に着替え、港へと向かった。
家の真前が、港であり、海であった。
男はいつものようにオンボロ船に乗り込むと、舵を握り、血を流しながら水平線に堕ちて行く太陽の方向に船を進ませた。
「早く沈んでしまえ!」
「暗闇よ、早く来い!」
男は心の中でそう叫びながら、漁場へと向かう。
男は思う。
『もう、頼むから勘弁してくれ。
なんで…、表れるんだ?…
どうして、夢に来るんだ?…
毎日、毎日、俺を裏切りに来るんだい?
お前…、夢で言ってること…
違うだろ…
もう良いから…
毎日、嘘を吐きに来るなよ…
もう良いから…』と
現実社会、情報、地域、人物等々、其れ等に侵食されぬよう、逃げるように海へと向かう。
『風の便りはもうごめんだ!』
知りたくもない、聞きたくもない、見たくもない現実
15年前の女との突然の別れ、そして、その副作用である耐え難い悲哀と屈辱を「これでもか!」と突きつけられた男
闇夜の海のみを信用する。
光はもう信用しない。
太陽は嘘を吐いた。
満天の青空の中で公然と嘘を吐いた。
男は、昼間は家に閉じ籠り、夕暮れと共に闇夜の海で生きている。
裏切りと屈辱に打ちのめされた心が本能的に現実逃避を行なっている。
男は楽になりたかった。
男は忘れてしまいたかった。
そして、男は死にたかった。
海の藻屑となり消え失せてしまいたかった。
『俺は死ぬから、もう、許してくれ。
もう、表れないでくれ。
もう死ぬから…
もう裏切られるのは、辛いんだよ…
俺はお前ほど、お前の旦那ほど…、強くないんだよ…
毎日、毎日、夢の後、必ずお前は裏切るじゃないか!
必ずお前は裏切るじゃないか!』
男はそう思うと、嘘つき太陽の沈んだ真っ暗な海の上を船光も着けずに、闇雲に進んで行くのであった。
『魔薬』に犯されている女の想いは屈折しながらしか男には伝わらない。
奪われた獲物を取り返すには、獲物の悲鳴が一声必要なのだ。
『悪魔に喰われることを自ら望んで消えて行ったマゾヒストの裏切り女』
世捨人の哀れな男はそう思い片付けてしまいたかった。
真の声は夢では届かない…
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