第10話 悪魔の子が宿る

 太陽は今も不動であり、それに靡く地球と呼ばれるちっぽけな天体は、腰を引いて、傾き、公転し続ける。


 猛暑が続く盆明け


 幾分か、夕暮れ時が早まったように感じられる時分、愚かな人類よりも、太陽光線に至極忠実な蜻蛉が、『儚い生』を謳歌するかの如く、無数の仲間達と空中を飛び回っている。


 こんな無情の時代でも…


 自然は着々と変化している。


 しかし、この地下室に四季は訪れない。


 今日もこの無機質な地下牢の中で、悪魔男が恰もマネキンに服を履かせるように、全裸のまま意識を失っている女を椅子に腰掛けさせて、器用に服を着せていた。


 着せ終わると、悪魔男は女を担ぎ上げ、地下室の階段を登って行く。


 玄関口には車椅子が用意されており、意識のない女をそれに座らせると、頭に帽子を被せ、顔にサングラスとマスクを着ける。


 玄関を出ると県立病院の介護車が待機しており、恰もデイ・サービスに行く年寄りのように、女は介護士の手によって車に乗せられて行った。


 病院に着くと、悪魔男は女を介護士に任せ、外科医部長室へと向かった。


 部長室には、部長となった元主治医と産婦人科の担当医が待機していた。


「受精したのは確かだな。」と


 悪魔男は挨拶もそっちのけでそう切り出した。


「はい、受精しました。


 先日、ご主人様から提供された精子と、奥様から摘出した卵細胞は、昨日、確かに受精しました。

 

 なお、受精卵は5個確認されています。」と担当医が即答した。


「では、今日も頼むよ。」と


 悪魔男は元主治医の部長と担当医をそれぞれ睨み付けるように念を押すと、部屋を去って行った。


 元主治医の部長と担当医は悪魔男が出て行ったのを確認すると、へたり込むようにソファーに座り込んだ。


 元主治医の部長が担当医にこう言った。


「今日の着床手術には奴は立ち会わない。


 重要な会議があるらしい。


 だから、心配するな。


 君は粛々と事を終えるんだ。」と


 担当医は沈痛な趣きで重い口を開いた。


「部長…、これは不妊手術ですよね?犯罪ではないですよね?」と


 元主治医の部長は何も言わず下を向いた。


「部長、なんか…、あの女性を集団レイプしているような…、言いようのない罪悪感が込み上げて来て…」と担当医が泣きそうな声で訴えると、


「その通りだ!


 まさか意識の無い昏睡した妻を連れて来るとは、俺も想像だにしてなかったんだよ!


 俺は人工受精かと思っていたんだ…


 単なる不妊治療だと思っていたんだ…


 体外受精、顕微受精を求めて来るとは…」と


 元主治医の部長は叫ぶように言い放った。


 担当医はそんな言い訳は耳に入らなかったように、


「部長…、前回は…、前回は卵細胞の摘出だけであったので…、そう罪悪感も生じて来なかったんですが…、


 今日は…、あの受精卵を埋め込むんですよ!


 妊娠する期待も希望もない女性に対して…


 いや!


 その意志すら全くない女性の子宮の奥深くに…、完熟させた受精卵を…


 確実に妊娠する…


 部長!


 これは犯罪ですよね!


 本人の意志を確認することなく、勝手に子種を植え付けようとしている!


 我々は集団レイプの一員に成り下がっているんですよ!」と、


 頭を抱え、悲痛に訴えた。


 元主治医の部長は、自分を落ち着かせるよう深呼吸をすると、


「いいか!


 奥さんは前回も今日も意識を失ったまま病院に連れて来られたんだよ。


 奥さんは、病院に来たことさえ気づいてないんだよ。


 卵細胞を摘出されたのも、受精卵を着床されたのも、全く認識していないことなんだよ。


 だから…」


「だから?」


「だから、妊娠したとしてもだ!


 恐らく、彼女は自然妊娠だと思うだろう。


 あの悪魔のことだ!


 毎晩、お盛んにやりやがっているに違いない!


 そう言うことだ。」


「はぁ~」


 それでも下を向いている担当医に対して、元主治医の部長は強くこう指示をした。


「いいか!やるしかないんだよ!


 悪魔は3時間後には此処に戻って来る。


 一回の一個の受精卵を確実に装着するんだ!


 溜息ついてる暇などないんだよ!」と


 受精卵の着床手術は敢行された。


 マネキン人形のような女は治療椅子に座らされ、これから何をされるかも知る由もなく、大きく股を開かされ、人工器具の着床用カテーテルが子宮の奥深く挿入されて行き、


 そして、悪魔の精子で受精した悪魔の卵がしっかりと子宮に着床された。


 悪魔男に通常の倍以上の睡眠薬を無理矢理飲まされた女は、昏睡状態のように深く眠ったままであった。


 着床手術が終わると同時に悪魔男が現れた。


 悪魔男は2人の介護士を伴い術後経過室に入るや否や、女を車椅子に乗せようとした。


 何の事情も知らぬ看護師が、


「術後3時間は安静にしないといけません!」と慌てて止めようとしたが、


 同席していた担当医がそれを無言で制すると、


 悪魔男はニヤリと笑い、介護士に車椅子に乗せるよう顎で指示をした。


 この6時間後、女は妊娠することとなり、その2ヶ月後、訪れない月経に女は気付くこととなる。


『悪魔の子が宿る』事実を…

 

 そして、悪魔の宴の晩餐会において、それは周知の事実となる。


 悪魔はコヨーテのように狡賢い…

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