第9話 悪魔の受胎

 今日も女はあの地下室で『魔薬』を餌に悪魔男との悍ましい性行為を繰り広げている。


 女の脳内ホルモンは『魔薬』に汚染され恍惚と淫乱のみの意識を醸成する。


 女は汚れの売女として、悪魔男を喜ばせるようにとベットを軋ませる。


 最悪の行為の終焉は、悪魔男の白く濁った体液が女の生殖器官へ噴射され、そこも確実に汚染される。


 しかし、どんなに女が淫乱な売女として振る舞い続けようとも、女体の最重要箇所である生殖器官は、無言の抵抗として、悪魔男の分身を吸収することなく、身籠ることはなかった。


 口から涎を垂らし、内腿にどんよりと濁った体液を粘り着かせ、時より押し寄せる快感に小痙攣を引き起こしている哀れな雌犬女


 それでも…、女は、女の身体は、女の母胎は戦っていた。


 決して『悪魔の子』を受胎しないよう、本能的に抗っていたのだ。


 悪魔男はそれを『魔薬』の副作用であると安易に片付けていた。


 女が身籠る時期はもう限られた期間しか残っていなかったが、『魔薬』の注入を怠れば、女の意識は確実に元に戻ることを悪魔男は警戒していた。


 また、悪魔男にはある理想があった。

 

 それは…、


『病んでる中に植え付ける。』


 悪魔の心は、正に神をも畏れぬ境地に至っていたのだ。


 そう…


悪魔男は自然行為による附着がまま成らないのであれば、人工的な受胎をすれば良いと考え出していた。


 悪魔男は、『魔薬』の静脈注射により、痴呆のような目付きで恍惚感に浸り、仰向けに、だらし無く蛙のように四肢を広げて寝そべる女を見遣り、


「そろそろだな。」と呟いた。


 悪魔男は、女の手脚に手錠と足輪を嵌め、電気を消し、地下室から出ると、ある者に電話をした。


「頼みたいことがある。」


「はぁ…、何でしょう…」


「腕の良い産婦人科医を紹介して欲しい。」


「えっ、奥様、懐妊されたのですか?」


「懐妊させるのだ。」


「人工授精ですか…」


「そうだ。」


「分かりました。」


 沈痛な面持ちで電話を終えたのは、あの県立病院の元主治医であった。


 この元主治医は、悪魔の契約履行の成果により、アメリカの研究機関に留学し、帰国後は県立病院の部長職に就いていた。


 受話器を置いた元主治医の手は小刻みに震えていた。


「麻薬中毒者を妊娠させる…、悪魔の胎児が…宿るのか…」


 悍ましい結果は、この医師が最も承知していたのかも知れない。


 医師であると同時に『魔薬』のブローカーでもあったこの医師


 自己の保身により悪魔に手を染め、足を洗うにも洗えず、更に更に悪魔男との関係は意に反して深まって行く。


「取り返しはつかない…」


 医師は震える手を見ながらそう呟いた。


 方や電話を終えた悪魔男は、これからのいろいろな策を模索していた。


 女をそろそろ外に出すこと


 女を懐胎させるために『魔薬』の調法を変えること


 其れ等を重ね合わせ、悪魔男はニヤリと微笑んだ。


 次の日


 悪魔男は県庁に登庁するなり、県知事室を訪れていた。


 悪魔男は自身の役職である総務部長として、知事就任10周年の記念式と晩餐会の日程調整を行なっていたのだ。


 当初、9月に予定されていた日程をウィルス感染状況を巧みに利用し、当該状況が沈静するだろうと推測される11月に引き延ばす旨、知事に進言し、知事もそれを承諾した。


 悪魔の思う通り事は進む。


 コヨーテのように狡賢いこの男


 全てのタイミングを貪欲に一致させようとしていた。


 ハイエナの如く貪欲に貪るこの男


 その狙いは…


 そうである。


 悪魔の受胎、そして、その発表の場として晩餐会を舞台に設定しようとしていたのだ。


 悪魔が人に紛れようと、人並みであろうと、悍ましい行為は何もしていないと、人を騙しに掛かっていたのだ。


 何も知らぬ女は暗い地下室で夢の中に居た。


 無意識に本能的に拒み続けた悪魔の懐妊が強制的に実行に移されているなど知る由もなく…


 ただ、この時分、女には唯一の楽しみが生まれていた。


 それは、薬の切れる一瞬に表出される綺麗な夢


 唯一愛した人との過去、懐かしく、刹那く、そして綺麗な過去


 其れ等、思い出が脳裏の一角に映写されるのであった。


 女は暗闇の夢の中で、恰も開演前の暗い映画館の客席に居るように開演を今か今かと待ち侘びている。


 それが女の唯一の喜びであり、放射された映像が女の喜びの念によって、テレパシーとなり、あの男の夢に表出される。


 夢の中の思い出によるSOS


 今日も届いている。


 必ず届いている。


 世捨人の覚悟をした男の夢の中に必ず届いている…


 

 


 

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