第9話 前日4-3

 俺は、急いで家から荷物をまとめた。

 そして、最寄りの駅から岐阜駅に向かい、そこから名古屋駅に行ってから新幹線に乗ることにした。

 俺は始めて新幹線に1人で乗ることになったが、さくらのことを考えると不安とかを感じることは無かった。

 そして、新幹線に乗るとそれなりの時間があった。

 外はだんだん暗くなり京都を過ぎるころには真っ暗になって外の景色を見ることができなかった。

 まあ、博多に着いた時のことを考えており外の景色を楽しむ余裕はほとんどないが。


 周りを見てみると、スーツを着て今日一日の役割を終えたサラリーマンがほとんどだった。 

 車内は自由席ということもあって、他の号車よりも少し人は多いようだった。

 けれども、隣の席が埋まるほどではなかったが。

 俺は、この時間を使って少しでも博多に着いてから何かできることは無いかを考える。

 でも、これといった解決策は見つからない。

 ドラマで見る世界と現実は全くの別物だとということを強く感じさせられた。

 自分のアイデアの貧困さに嫌気がさしてくる。

 必死に考えて思いついたのは強行突破ぐらいだ。

 

 俺は、結局そのまま良い考えが浮かばずに博多駅に到着した。


 初めて来た博多駅はとても大きかった。

 当然、岐阜駅よりも大きいのは分かっていた。

 けれでも、名古屋駅には何度も行ったことがあるので、そこまで驚かないだろうと勘ぐっていたが、正面玄関を見てその考えの愚かさに気が付かされた。

 でも、ここで怯んでいる場合ではない。

 俺は、正面玄関から出て急いでヨドバシカメラがある方へと向かった。

 


 信号をいくつか渡り、到着したヨドバシカメラは博多の中心ともいえるほど人が多かった。

 時間はだいたい10分ぐらいだろうか。

 どうやら、反対側の出口から出ればすぐだったようだが、今の俺にそこまで気にする余裕はない。


 俺は、必死に周囲を見渡した。

 この近くのホテルで監禁することなんてできるのだろうか。

 必死に回りのホテルを見てみた。

 けれでも、数が多すぎる。

 博多駅の目の前ということもあって、周りはビジネスホテルばかり。

 さくらの言った条件である、博多駅とヨドバシカメラが見える場所はあまりにも多すぎる。


 どうする?


 俺が真剣に上にそびえたつホテルを見渡していると、電話が鳴った。

 バッグから携帯を出すと、そこにはさくらの名前が表示されていた。

 俺は、急いで、通話ボタンを押すと同時にさくらに話しかけた。

 今の俺にはさくらの身の安全以外のことを考えている余裕などなかった。


「今、大丈夫か?」


「うん。今のところ犯人が来る様子はないよ」


 さくらは前回の時と違って、少し焦っている声に驚いたのか、少し言葉を詰まっていた。

 話の声からさっきよりも疲れていることは伝わってくる。

 俺は、電話をかけた勢いで話を続ける。


「今、博多駅のヨドバシカメラの近くにいるんだ。さくらのいる場所のヒントになりそうなものは他にないか?」


 電話からさくらの驚いたような声が聞こえる。

 無理もない。

 助けてほしいとは言ったが、さすがに電話してすぐに博多にくるとは思っていなかったのだろう。

 そして、さくらは少し落ち着いてから話を続けた。


「ねえ、優斗。部屋のなかにホテルの名前が書かれたメモ用紙があったよ」


「本当か!」


 俺は、ただでさえ大きい声を一段と出した。


「うん。ベイカードホテルって書いてある」


 さくらは俺にそう伝えてくれた。

 そして、さくらは話を続ける。


「あと、メモ用紙に707って書いてあるよ。外の景色からして私の今いる部屋の番号かもしれない」


 俺は、それを聞くと、急いで地図アプリを開いた。

 検索欄にホテルの名前を入れると、ここから10分のところにそれと同じものがった。

 そして、そのホテルは11階立てのようだ。

 これは、決まりだなと俺は確信した。


「分かった。すぐに行くから待っていてくれ」


 俺は、そう言うとすぐに電話を切って走りだした。









 ふと、時計を見ると時刻は10:40だった。


 俺は、ベイガードホテルの入り口付近まで来ていた。

 場所は博多駅から10分だったが、飲み屋街のようなところを進んでしばらくしたところにあり、人通りはほとんど無かった。

 外観は新しさが全く感じられないようで、明かりがついていなかったら店じまいしているのではないかと勘違いをさせるほどだった。


 俺は、とりあえずなかの様子について歩きながら軽く反対側の道から覗いてみる。

 けれども、外から見るだけではなかの様子はほとんど見ることができない。

 でも、いつまでもこうしてなかの様子ばかりを疑っているわけにもいかない。

 俺ぐらいの年齢でここを歩いているだけで、目立つのにホテルの様子をじっと見ていたら面倒な人間に絡まれる可能性も否定はできないからだ。

 俺は、そっとなかへと入った。


 ホテルのなかは外見と違ってとても清掃が行き届いている感じだった。

 明るめのライトがエントランス全体を覆っており、奥行きはそれなりにあった。

 見た感じ人がいる気配はない。

 受付にも人はいなかった。


 俺は、誰にも見つからないことを祈って階段から上がることにした。

 部屋番号が707であることから7階であることから考えるとエレベーターを使った方が良さそうだが、今の俺は部外者だ。

 ホテルに泊まる予定でもないし、誰かとの面会をあらかじめホテル側に伝えているわけでもない。

 もし、ここで俺が見つかれば確実に追い出されるだろう。

 そして、次は受付の人も少しばかり警戒する可能性が高い。

 そうすれば、もうなかに入ることはできない。


 俺は、階段で自分の足の音以外が聞こえないか注意深く気を付けて上がった。

 階段にも清掃はされているようで、さっきのエントランスよりは少し薄暗い感じのライトが階段を照らしていた。

 そして、俺はそのなかをゆっくりと一歩ずつ歩いた。

 ガタン、ガタンと聞こえてくる自分の足音がこんなにも心臓に悪いのは初めてだ。

 俺は、階段の踊り場で1つ、1つ現在地を確認しながら上がり、何とか目的の階まで来ることができた。


 そして、7階の踊り場を恐る恐る確認した。

 一応、周りには誰もいない。

 でも、ここからは油断することができない。

 誘拐犯が近くにいる可能性が高い。というか、むしろこの踊り場もしくは部屋のなかには確実にいるだろう。

 犯人が1人か複数人か分からない以上は最新の注意を払って部屋に向かう必要がある。

 気持ちでは、誰かが出てきた瞬間、そいつは誘拐犯だと思っても良いくらいの気持ちでいることにした。


 一歩ずつ、確実に足を延ばした。


 階段が端にあったため、707にたどり着くまでに6部屋の前を通るということになる。

 そのなかでどの部屋から犯人が出てきてもおかしくない。

 俺は、それでもゆっくりと足を進める。

 時間が永遠に感じられるほどだった。

 それぞれのすれ違う扉からは物音一つ聞こえない。


 それがかえって俺を不安の渦えと陥れていった。

 それでも足を止めなったことはできない。

 今は、さくらを助けるということ以外は何も考えない。

 だって、これ以上考えたら恐怖で動けなくなるから。






 俺は、何とか707の前まで来た。

 正直なところ、ここからが問題だ。

 部屋の鍵が無い以上は俺から入ることはできない。

 でも、インターフォンを押すわけにはいかない。

 俺は、どうしようと真剣に悩んだ。


 強引に扉を開けるか?


 いや、さすがにドラマのように上手くはいかないだろう。

 なら、受付の人に全てを話すか?

 いや、さすがに俺1人では信じてもらえないだろう。

 じゃあ、警察?

 いや、犯人は警察を見つけた時点で殺すと言っているから難しい。

 

 なら、どうする……。


 俺は、必死に悩んだ。

 でも、それと同時にあまり悩んでいる時間もないことも確かだ。

 俺は、どうすればいい……



 そして、俺がドアの前にいるとゆっくりと707の部屋のドアが開いた。


 まずい!


 でも、考えていたせいで反応が遅れた。

 隠れる場所はない。

 俺は、その場に立つことしかできなった。

 俺は、ゆっくりと顔を上げる。

 そこには、凶悪そうな犯人の顔はなかった。


 いるのは、穏やかな表情をしたさくらだけだった。







 俺は、あっけにとられたまま部屋のなかへと案内された。


 部屋は、いかにもビジネスホテルという感じだった。

真ん中にダブルベッドが1つあって、その横には椅子と軽くノートパソコンを開いてお茶を置けるくらいのテーブルがあった。

 でも、今の俺に部屋の様子なんて関係ない。

 それよりも今重要なのはさくらのことだ。

 どうなっているんだ?


 さくらは手足を縛られていることも無ければ、そのような後も特に見えない。

 それに、様子がとても監禁をされた女の子のものではなかった。

 さっきの電話の様子とはまるで別人だ。

 俺は、何が起きているのか理解が追い付かない。

 けれども、そんな感じで動揺している俺を横目で見ながら、さくらは椅子に座るように促した。

 そして、冷蔵庫からお茶を出してテーブルに置いてくれた。


「疲れたでしょ。飲んで良いよ」


 俺は、ありがとうと言うと貰ったお茶を一気に飲み干してテーブルに置いた。

 そして、さくらはその様子を見た後で近くにあるベッドに両手をついておしりをついて話を始めた。


「来てくれてありがとう」


 いつもの得意げな表情とは少し違うようだった。

 でも、この表情からだいたいのことはさくらが知っているらしいということだけは察した。


「説明してもらえるんだろうな」


 俺は、意識をしたつもりは無かったけれど少し強めの口調になっていた。

 そして、それにさくらはこくりと頷いた。


「もちろんだよ」

 さくらはどこまでも余裕な表情だった。

 いや、どちらかというと喜んでいると言った方が正解だろか。

 何か大きなことを成し遂げたような表情だった。

 そして、俺が望んだようにこの状況についてさくらは話を始めた。


「優斗は今の状況をどこまで分かっている?」


「正直、何も分かっていないと思う」


 俺は、正直に答えた。

 それを聞いて、さくらは笑うでもなく、怒るでもなく、そっかーとだけ言って話を続けた。


「実は、誘拐されたっていうのは私の嘘。本当は、ずっと、優斗が来てくれるのをここで待ってただけなの」


 さくらは表情を崩さすに伝えてきた。

 俺は、そのことに対して何とも返事をすることができなった。

 正直、状況を見ればそれくらいのことは察しがつく。


「そうなんだ。でも、何でこんなことをしたの?」


 今さら騙されたことを責めても仕方がない。

 俺が知りたいのは何でこんなことをする必要があるのかというところだ。


「それは、明日になれば自ずと分かると思うよ」


「いや、そもそも明日が来ないんだからこんなことになっているんじゃないのか?」


 俺は、少し焦り気味で答えた。

 でも、さくらは落ち着いてる。


「大丈夫。明日は必ず3月1日が来るよ」


 さくらは自信を持っていることは今までのやり取りから何となく分かっていた。

 そして、さくら自信を持って言うことは今までほとんど当たっていた。


「何で、それがわかるんだよ」


「だから、それも明日になれば分かるよ」



 俺は、明日ではなく今教えて欲しいと言おうとした。

 けれども、そのことを言えないほどの眠気が襲ってきた。


 いつもは寝ている時間だからだろうか。

 ここに来るまでに神経を使いすぎたからだろうか。

 慣れないことして、かっこつけたからだろうか。

 さくらを見つけてほってとしたからだろうか。

 いや、違う。

 

 この眠気は薬によるものだろう。

 でも、俺はそんなの飲んでいないはず。

 俺は、薄れゆく意識の中でふとテーブルを見ると、さっき貰って飲み干したお茶が見える。

 お茶に仕込まれていたのか……

 でも、誰が?

 誘拐は無かったはず

 なら、考えられることは1つしかない。

 俺は、テーブルの反対側を見る。

 表情までは見ることはできなかった。

 でも、こちらに近づいてくることは分かる。

 そして、俺が目を閉じる前に一言だけ言った。




「おやすみ」








 俺の意識はぷつりと切れた。

 

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