第8話 前日4-2

「何かあったのか?」


 俺の平常心の心は桜の初めて見せるとても焦った声によってさらわれてしまった。


「あのね。実は今、私がいる所が分からないの」


「どういうことだ」


「今日、朝起きて優斗の家に行こうとしたら途中で知らない人に車に乗せられたの」


 誘拐ということか……。

 俺は、焦る鼓動をできるだけゆっくりと抑えて落ちついた心を意識した。

 きっと、一番動揺しているのはさくらのほうだから。

 とりあえず、今の状態を確認する。


「けがとかはしてないか?」


「うん。特に問題ないよ」


 心なしかさくらの声が弱々しく感じられる。


「今はどんな状態だ?」


「どこかのホテルの1室みたい。目隠しはされていないけど足と腕を縛られているから自力で脱出することは難しいと思う」


 そうか。


 俺は、とりあえずさくらがけがをしていないことに一安心した。

 ただ、安心してばかりもいられない。

 さくらを誘拐した犯人がいつ戻って来るのか分からないから。


「なあ、何となくどこらへんとか分かるか?」


 警察に電話することはもちろん必要だが、もし近場なら俺が直接行くことも考えないといけない。


「はっきりとは分からない。でも、長時間車に乗せられたから近所ではないと思う」


「……」


 そうなると、俺にはどうしようもない。

 それでも、何かヒントのようなものが分かれば警察も動きやすいだろう。


「何か目印になるようなものはないか。大きな建物とか、山とか」


「目の前にすごく大きな駅があるよ。新幹線も走っているみい」


 大きな新幹線のある駅か…。

 それだけならたくさんある。

 せめて、西側に行ったのか東側に行ったのかが分かればいいんだが。


「他には何かないか?」


 さくらがしばらく黙り込んだ。

 そして、電話の先からあっっと小さな声が聞こえてきた。


「駅の下にヨドバシカメラ博多って書かれた建物がある」


「博多!?」

 確かに博多なら新幹線が走っていても不思議ではない。

 でも、本当にさくらがいる場所が博多なのだろうか。

 俺が今いる岐阜からはあまりにも離れ過ぎていてにわかには信じがたい。

 俺は、急いで地図のアプリを開いた。

 そして、周辺を探すと確かに博多駅の近くにヨドバシカメラがあった。

 正面玄関から見て駅の少し左くらいのところだ。

 つまり、本当に博多にいるということなのか…。


「まずは落ち着いて警察に連絡しよう。もし、そっちで難しいようなら俺がするけど?」


「それはできないよ」


「どうして?」


 さくらは思いもよらない返事をしてきた。


「だって、犯人に警察に言ったら殺すって言われているから。だから、誰にも言わないでほしい……」


 さくらの口調は今までの会話のなかでも一番重いようだった。

 警察に言ったら殺す。

 誘拐事件のドラマとかだと例え殺すと言われていても、すぐに警察に駆け込んでいたけど現実は難しいと感じさせられた。


 確かに日本の警察は優秀だ。

 でも、ドラマのように必ず解決するとは限らない。

 万が一の可能性だって十分にある。

 でも、俺1人ではどうやっても解決することは難しいだろう。

 なら、俺はどうすればいいんだ。


 足りない頭で必死に考えた。

 少しでも現状を変える方法はないのか。

 何か、さくらのためにしてやれることは無いのか。

 朝行く前に軽く整えた髪はとっくにぐしゃぐしゃになた。

 けれども、髪と同じように頭の中もぐしゃぐしゃになっていてこれといった考えも浮かんでこない。

 そして、俺が今までの人生のなかでも考えられないほどフルに頭を使って考えているなかでさくらは電話ごしに一言伝えた。



「助けて、優斗」

 


 この一言を最後に電話からは通話終了の音だけが聞こえてきた。

 持っていた携帯はするりと俺の手から離れていった。

 そして、携帯はゆっくりと重力の向くまま地面へと落下してパリんと音を立ててひびが入る。

 それでも俺は下を向かない。

 夕暮れに染まった空を見る。

 時間はおおよそ16時くらいだろう。

 昨日と同じはずの夕日は俺にとっては別物に見えた。

 だって、隣にいるべきはずの人間がいないから。

 夕日は1人で見てもつまらない。

 誰かとその夕日について語り合うからこそ価値があるんだ。

 その相手が困っているならすることなんて決まっている。

 たとえ、俺に何かあったとしてもそれよりも重要なことはある。

 それには、さくらが必要だ。

 そのためには何をしなければいけない?

 今度はそんなに頭は使わなくても大丈夫だ。

 だって、答えは出ているから。

 後は、実行する方法を見つけるだけ。

 俺は、ゆっくりと落とした携帯を拾う。

 バキバキに割れている個所もあるがどうやら動作に問題はないようだ。

 そして、携帯を使って開くのは電車の乗り換えアプリだ。

 俺は現在地に自分の最寄り駅を入れる。

 そして、目的地も検索条件に入れると今から走って家に行って準備をすれば22時ころには着くようだ。

 俺は、そっと携帯を閉じる。

 今日のこれからの予定は決まった。

 待っていてくれ、さくら。




 俺が今すぐ助け出してやる‼




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