第6話 前日3-3
「いきなり、どうしたの?」
この子の目は不安というよりは疑問を強く持っているという感じだった。
さすがに、聞く順番がおかしかっただろうか。
なら、もう一つのことを聞こう。
これを聞けば、全てのことが解決することは無いにしてもヒントくらいは得られるはずだ。
きっと、この子自身もそのことに気が付いていないようだから。
俺は、ゆっくりと自分の思い口を開いた。
「なあ、どうして俺の名前を知っている?」
これは、今日の朝の段階から疑問に思っていたことだ。
俺は、名前をこの子に教えていない。
そして、今までの会話の中で俺とこの子に共通の知り合いがいないことも何となく分かっている。
だから、俺の名前を知った理由を聞けば何かわかるはずだ。
この子はさっきまでとは違って少し落ちつた表情になっていた。
「そんなの簡単だよ。君のお母さんに聞いたんだよ」
なるほど。一瞬納得してしまった。
そういえば、今日の朝にこの子は俺の家に来ている。
なら、その時に聞いた可能性は十分にある。
でも、名前を知らない子を自分の息子の家に入れるだろうか。
少しばかり想像してみる……。
まあ、やりそうだな。俺の親なら……。
本当ならこの疑問でもっと深堀して謎を解いていくはずがそれはできそうになくなった。
こうなると、仕方がない。
元の話に戻るほかない。
俺は、親に対してしていたあきれた表情を戻して、この子に質問をすることを続けた。
もちろん、この子の目的についてだ。
だって、この子がこのタイムスリップにおいて最大のヒントだから。
「さすがに、そろそろ教えてもらってもいいよね?」
俺は、真剣な目で聞いた。
笑ってはぐらかされることが無いように。
でも、この子の目は特に揺らいでいる様子はなかった。
「優斗にそれを教えることはまだできない」
この子の声のトーンは真剣なものだった。
「どうして?」
「だって、今言ったら全て無駄になっちゃうかもしれないから」
そんなに重要なことがあるのだろうか。
そして、少し寂し気な表情でこの子は俺に提案をしてきた。
いや、提案というよりはお願いといった感じだろうか。
今までの強引さというものは全く感じられなかった。
「なら、質問に答える変わりにさっきの私の願いの答えを教えて」
「願いって……」
「一緒に長崎に行こう」
俺は俯いて聞くことしかできなかった。
それでも、この子は話を続けた。
「いや、長崎じゃなくてもいい。とにかくどこかここじゃない遠くまで今から行こうよ」
この子の目は今までにないくらい真剣なものだった。
これは、前回にも同じようなことを言われたがその時と同じというよりはそれ以上だろうか。
「それは……」
「できない?」
「うん……」
俺は、力なく答えることしかできなかった。
「なら、私も答えることはできない」
そう言って、踵を返していつもの場所で別れようとするこの子を俺は止めることができなかった。
いや、止めるすべを持っていなかった。
そして、この子は表情を変えることなく話題を変えた。
「ねえ、携帯番号とメアド教えてよ」
いつもの声と表情を完全に切り替えたものでは無く、ほとんど変わらない様子だった。
俺は、あっけに取られて良いよと返事をすることしかできなかった。
そして、俺の携帯に電話番号が書かれたメールが送られてきた。
自分の連絡先にこの子のメールアドレスを登録しようとすると、ふとアカウント名が目に入った。
Sakura@gmailll.comue.
「お前の名前ってさくらだったのか」
そういえば、名前を聞いていなかった。
この子は一瞬、今までに見せたことがないようなはっとした表情を浮かべたのを見逃さなかった。
そして、すぐに平常心を戻したかのようなそぶりをして返事をした。
「そうだよ。私の名前はさくらって言うんだ」
俺は、そうなんだとしか返さなかった。
実際、おれにとってはそれくらいのことだった。
しかし、さくらにとってはどうでもないようだ。
珍しく急いだような声でそれじゃあねと言っていつもの道があるほうへと1人で走って行った。
この場を早く離れたいという気持ちだけはすぐに伝わってきた。
あの一瞬見せた表情は何だったのだろうか。
何か都合の悪いことでもあったのだろうか。
俺は、少しばかり大切なことを見逃したような気持ちにはなった。
けれども、何か考えがあるわけでもない俺はそのまま別れのあいさつをすることしかできなった。
俺は、結局大きな成果も無く家へと1人でたどり着いてしまった。
どこを見渡しても昨日と変わっている気配はない。
テレビの天気予報ですら、明日の大雨の予報を一言一句違わずに伝えている。
親は学校をさぼったことを特に問いただすことはしなかった。
いつもなら何か言ってくるところだが、卒業式前日は自由登校だったはずだから、先生も特に連絡を入れなったのかもしれない。
俺は、階段を上がって前回と同じように自分の部屋へと入った。
そして、自分の部屋に入って今日起きたことを整理する。
でも、きっと今日寝ても明日には行けないだろうということは分かっていた。
だって、何も解決していないのだから。
もし、この世界にやり残していることがあるとすると何だろうか。
俺がこの世界をループし続ける意味はどこにあるのだろうか。
答えは見つからない。
でも、確実に言えることはあの子は何か知っている。
そして、一番気になることとしてはあの子が俺をどこか遠くへと連れ出そうとしていることだ。
つまり、俺を必要としている人がどこかにいるということだろうか。その人に合わない限り、世界が進まないということなのだろうか。
いや、俺にしかできないことなんてきっと体中のどこを探してもないだろう。
しかも、あの子は場所を気にしていなかった。
前回は福岡だったし、今回は長崎かそれ以外でも良いと言っていた。
つまり、その場所や人間は関係してないということだろか。
遠くに行くと何かが起きる…?
分からないことだらけだ。
俺は、ふと窓の外を見上げる。
夜空にはあまり星が見えない。
お月様が雲の間から見え隠れしているらいだろうか。
もう、このまま同じ日が続くものとして諦めるしかないのだろうか。
このまま自分が慣れるまでずっと待ち続ければいいのだろうか。
そんなのは絶対に嫌だ。
このまま成長もできない人生なんていやだ。
なら、どうするのか。
あの子の言う通りにどこか遠くに行ってみるか。
でも、そしたらどうなるんだ。
仮に明日になってもこの場所には俺がいない。
なら、その後に俺が戻ったらまたタイムスリップが起きてしまうんじゃないだろうか。
永遠に俺はこの土地に戻れないということになる。
やはり、それを避けるためにもこの場所で何かを変える必要がある。
きっと、不可能なはずはない。
時間が繰り返している限りは何か解決する方法があるはずだ。
俺は、ここ数回のタイムスリップで折れかけた心を何とか繋ぎとめるように必死に自分を鼓舞した。
絶対に、明日こそは何か解決策を見つけてやる。
俺は強く決意をしてそっとカーテンを閉めた。
ベッドに入ると星は見ることができない。
だから、ベッドの上で目には見えない星を想像する。
きっと、こんな感じだろう
そうやって想像した星は田舎で見るようなきれいなものでは無かったが、それでも確かにしっかりと輝きを放って輝いていた。
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