第5話 前日3-2
こういう店をラグジュアリーショップって言うのだろう。
しかし、これは断らなくてはいけない。
いくら何でも恥ずかしすぎる。
俺は固く決心をした。
「なあ、さすがにここに俺が入るのはまずいだろ。どうしても行きたいなら俺は外で待っているから」
「大丈夫!たまに男性のお客さんもいるし‼」
「嘘だろ?」
「多分!もしかしたら!可能性はある‼」
「どっちだよ!?」
「まあ、大丈夫。多分、捕まらないから!」
「いや、さっきから曖昧な言葉ばかり使って逃げてないか?」
この子を見るとさっきまでの勢いとは裏腹にしゅんとした表情でこっちを見ていた。
さながら、かまって欲しいと懇願しているチワワのようだ。
「ねえ、いいでしょ?ちょっと、見ていくだけだから…」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか分からなくなるほどだった。
そして、この子は俺の心が揺らいだ一瞬を見逃していなかった。
俺の表情を見るなりチワワから狂暴な大型犬に変わるように勢いよく俺の手をぐいっと引っ張った。
そして、俺はバランスを崩すとそのまま店の中へと連れていかれてしまった……。
「じゃあ、とりあえず選んでくるからそこら辺で待ってて」
「分かった…」
ああ、結局店に入ってしまった。
幸いにも今日が平日の午前ということもあって、同じ学校らしき人は見当たらなかった。
でも、視線はいたいなぁ…。
俺は、やれやれとした表情でそっと携帯を開いてさも付き添いの人を待っていますアピールをしてやり過ごすつもりだった。
できればこのままこの子がさっさと買い物を終わらせてくれると助かるのだが。
まあ、今までの経験上そう易々とはいかないだろうけど。
そうして、俺のなかでこんな具合に考えていたら案の定俺を呼ぶ少し小さめの声が少し遠くから聞こえてきた。
俺は、表情は崩さないようにしてゆっくりと呼ばれた方へと向かった。
何だか見るだけで捕まりそうな感じもするため、決して横や前を見ずに感覚だけで声の聞こえる方へと向かった。
そして、感覚に頼ってやっと到着したのは試着室だった。
「ねえ、着いた?」
「ああ、着いたぞ」
そう俺が答えると同時に、俺とこの子の間を隔てていた布が勢いよく取っ払われた。
「ねえ、これどう?」
「何やってんだよ!?」
思わず、大きな声を出してしまった。
カーテンを外したのはもちろん、俺ではない。
この子自身だった。
感想を伝えるどころではない。
すらりとして健康的な体のラインは正直そこらのアイドルにも負けていないくらいだった。
加えて、とても白い体は季節が冬ではないのかと勘違いさせるほどに透き通っていてきれいだった。
肝心の水着は、水色でよくあるやつだった。
この姿を見ると、昨日?の岐阜城でこの子に抱きついてしまった時の体の感触を思い出してしまいそうになる。
加えて、同級生の下着姿を今まで見たこと無かった俺は目線をそらすだけで精一杯だった。
「何で目を逸らしているの?せっかく一緒に入ったんだから、感想くらい教えてよー!」
「早く服を着ろ‼」
「下着売り場で服着ても意味ないじゃん」
言っている言葉は至極当然のものだった。
しかし、言っている相手と場所が明らかにおかしい。
「俺は、外で出ているからなー‼」
俺は、さすがにこれ以上はここに居られないと思い、踵を返して出口の方へと向かった。
もちろん、店の雰囲気とは似つかない元気な声で呼び止める声も聞こえないことは無かったが、気に留めないようにして
結局、この子は下着姿ということもあって、追いかけて店から出ていく俺を追いかけることは無かった。
結局、その後は俺が逃げたことに対していくつか文句を言っていたが昼ごはんを食べ終わるとさっきまでのことはどこへと行ったのか分からないくらい元気になっていた。
そして、食事が終わってそろそろ帰ろうかと歩いていると、人だかりのある場所を見つけた。
「ねえ、ちょっと行ってみようよ」
俺は、この子に連れられるままにその人ごみに吸い込まれて行った。
そして、何とか人をかき分けて前の方まで行ってみると、どうやらくじ引きをしているみたいだった。
5000円以上の買い物で1回できるようだ。
「私、くじ運良いほうなんだよね!」
そういうと、この子はくじのある方へと俺を引っ張って向かった。
くじのやり方はどうやら番号が書かれた紙が入っていてそれを1枚引く方式らしい。
この子は真剣な目をしてくじの箱とにらめっこをした後で左手を拳の形をしたままゆっくりと箱の中へとおろした。
そして、少しがさがさと箱の中をあさると、納得したものがあったようでそのまま左手をすっと上げた。
そして、番号を書かれた紙をゆっくりと開けると、そこには1の番号が書かれていた。
つまり、この子は1等を当てたということだ。
「やった~‼」
この子は、ここだけではなくてホール全体に響くくらいの大きな声で恥ずかしげもなく叫んでいた。
さすがにこっちが恥ずかしい。
俺は、この子に少し落ち着くようになだめてから2人で景品の受け取りへと向かった。
1等の景品は何だろうか。
後ろの景品リストを見直してみると、長崎旅行のペア券のようだ。
どうして長崎なのだろうか不思議にも思ったが、どうやらこのショッピングセンターがそこのホテルとコラボしていることが理由らしい。
この子は、両手を広げて満面の笑みで景品を受け取った。
そして、俺たちはこれ以上やることも無かったためこのショッピングセンターから出ることにした。
この子はくじを当ててから終始笑顔のままの俺に話かけてきた。
「ねえ、せっかく、くじを当てたんだから一緒に長崎に行かない?」
「まあ、このタイムスリップを抜け出せたらな」
俺は、半分以上冗談のつもりで簡単に答えた。
でも、この子の表情はこの前と同じで真剣なものになっていた。
「ねえ、今からはどう?」
「今から!?」
また、前回の時と同じで突然に訳の分からないことを言い出した。
「どうせ、このままなら明日は来ないんだしせっかくだからこのまま行っちゃおうよ」
言っていることはその通りだ。
もし、このまま次も明日が来なければ今日のことはくじが当たったこと自体が無かったことにされる。
「良いでしょ…?」
この子は真剣な表情の中にある瞳で俺に訴えかけているようだった。
このガラスのようにきれいで繊細な瞳からは冗談なんて気持ちはさらさら感じられない。
むしろ、苦しい思いをさせているようにすら感じられる。
言いたいこと全てをこの一言に集めているようだ。
もう、根本的に何かを変えない限りずっとこのままのような気は俺もしている。
けれども、このままどこか遠くへ行くことは結局、逃げることになるんじゃないだろうか。
明日が来なければ意味がないし、仮に明日になったとしても何か良くないことが起きる気がする。
このタイムスリップには何か意味があるのではないだろうか。
俺にしかできない何かがあるんじゃないだろうか。
じゃないと俺がタイムスリップを繰り返している理由がない。
最近では、俺はこう思うようになっていた。
この子は、このタイムスリップの何か重要なことを知っているだろう。
だから、ついて行けば何かわかるかもしれない。
でも、この子のガラスの瞳は笑っていない。
どこか無理をしている。
その理由も分からずについて行っても何の解決にもならないことは分かっている。
どんなに笑顔で取り繕っても人間の目は変えられない。
この子を無視しても事態は進まないし、同意をしても良い方向に行くとは思えない。
質問に答えるよりも大事なことはもう見つけた。
「その前に1つ聞いても良いかな」
この子は真剣な目を崩すことなくそのままこくりと頷いた。
俺は、ゆっくりとできるだけ落ち着いた声で言った。
「君の目的は何?」
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