27――次兄にまとわり付かれる佐奈


「お兄ちゃん、いい加減暑っ苦しいんですけど」


「いいじゃないか、佐奈とこうしていられるのも久しぶりなんだし」


「家を出てまだ3ヵ月ちょっとなんだけど! もう、ミーナが見てるからやめてってば」


 お兄ちゃんが仕事から帰ってきた後から膝抱っこをされて、もう1時間ぐらいずっとこうして離してもらえない状況が続いていた。最初はアワアワとしていたミーナだったけれど、両親もいつもの事だと放置しているからそういうものだと考えたのか、テーブルに勉強道具を広げて字の練習をしている。


 この人はふたりいるうちの下の兄で、既に大学を卒業して地元の企業で働いている。上の兄もそうだけど、多分この人達は私の事をぬいぐるみか何かだと勘違いしているに違いない。


 夏の暑い時期にこうして密着されるのは暑苦しいし、今日は帰省しただけじゃなくてミーナと一緒に神社にも行ったので汗もたくさんかいた。きっと汗臭いと思うので、いい加減離して欲しい。さっきからお兄ちゃんからも汗の臭いが漂ってきてるから、きっと私も臭いよね。別にお仕事を頑張ってきた証拠だから汚いとは思わないけれど、私もミーナとお風呂に入ってさっぱりしたいので、本当にそろそろ離して欲しい。


 上のお兄ちゃんは自分の気が済むまで私に構い倒すけれど、下のお兄ちゃんは私の感情に敏感で我慢の限界を察知するとサッと私を解放する。今日もその勘は冴えているのか、私の腰の辺りに両手を当てて、よいしょと持ち上げた。兄ふたりは学生時代にスポーツをずっとやっていたし身体も大きいから、背が低くて小柄な私なんて簡単に持ち上げられるのだ。


 地面に下ろされてやっと背中の生暖かい兄の体温から解放された私は、『もう、お兄ちゃんしつこい!』と文句を言いつつため息をつく。悪びれもせずあぐらをかいたままの兄は、『悪い悪い』と軽く言ってからミーナの方に視線を向けた。


「それにしても異世界なぁ、こんなちっちゃい子が知らんところに連れてこられたらもっとパニックになりそうだが」


「最初は言葉も通じなかったし、生活水準も違うんだからミーナも戸惑ってたんだよ。でも頑張って魔法を使わずに片言でも日本語を使えるようになったし、努力してるんだからそういう言い方はよくないよ」


「まぁ、そうだな。これに関しては俺が悪かった。ごめんな、ミーナちゃん」


 私がたしなめると、お兄ちゃんは素直に頭を下げた。疑われるような目を向けられていたミーナは、特に気にした様子もなく『大丈夫ですよ』と兄を許していた。別に怒ってもいいのにミーナはすごく寛容だから、我慢していないか心配になるんだよね。


 ジッと表情を見てみたけれど、特に普段と変わった様子はない。むしろ可愛いという事しかわからなくて、自分の目の節穴具合に悲しくなりそうだ。


 凹んでいても仕方がないので、ミーナを連れてお風呂に入る。暑いからシャワーで済ませたいけれど、せっかく実家でマンションのよりも広いお風呂に入れるのだから、ミーナと一緒にしっかりと温かいお湯に浸かった。


「今日はびっくりしたね、まさか道祖神の像から魔力が周囲に滲み出ていたなんて」


「……きっとあちらの世界でも大気の魔力がなければ、人々が祈りを捧げる女神像から同じように魔力を感じる事ができたのでしょうね」


 ミーナは『新たな発見でした、あちらの研究者が聞いたら大喜びしそうです』とクスクスと笑った。どうやらあちらの世界にもマッドサイエンティストみたいな人達はいるらしい、ミーナも気質は研究者寄りだよねとこっそりと思った。だって好奇心旺盛だし、機械とか乗り物とか大好きだし。


 今日も家に帰ってきてからも、お父さんにお願いして運転席に座らせてもらってたもんね。キラキラした目でハンドルを握っている姿は、どう見ても男の子だった。いや、ミーナの見た目はどう見たって美少女なんだけどね。私にはよくわからないのだけど、エンジンを動かすと運転席の前にあるメーターの針が動くのがいいらしい。


 受験が終わってから教習所に通って必死に免許を取った私としては、スピードメーターとガソリンの残量を教えてくれるメーターにしか興味はない。というか、既に車なんて運転できる気がしない。免許取ってから一度も運転していないからね、立派なペーパードライバーなのだ。


「人の余り寄り付かない社であれだけの魔力が流れ出ていたのですから、更に人がよく出向いて祈る場所ならかなりの魔力があるのでしょうね」


「日本には一年の始めに初詣っていう行事があって、多くの人が神社やお寺にお参りに行くの。だから、初詣スポットに行けばもっとたくさんの魔力を吸収する事ができるかも」


 ミーナはおいしいって食べてるけど、ある意味魔力が尽きるかもっていう強迫観念があるような気がする。少しでも外から魔力を吸収できれば、本当に好きなものを食べられるんだからミーナにとってもいい事だよね。


 取り尽くさないように、必要な分だけこっそりともらうようにすれば、きっと神様も許してくれるよね。地球には魔力がないんだから、魔力泥棒だって怒る人もいないだろうし。


 明日からお父さんが伝手を辿って、ミーナの戸籍取得に動いてくれるって言ってくれたから、私達も口裏を合わせて何度同じ事を聞かれてもちゃんと答えられるようにしておかないと。

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