26――魔力の発生源
ミーナの言葉に、私は首を捻った。最初にミーナが言った話だと、この世界にはあちらの世界にはありふれていた魔力がまったく大気に含まれていないという事だったはず。
それから野菜サラダを食べて、もしかしたら野菜には魔力が含まれているのかもという疑惑が浮かんだけれど、それはまだ解明されていない。
こんなボロボロの古びた神社に、何故魔力があるのだろう。もしかしたら、地球にも昔は魔力が当たり前のようにあったのだろうか。社を建てるのに使った木に染み付いていた魔力が未だに大気に出されている、とかだったらなんだか歴史ロマンみたいな物を感じてしまうよね。
「? どうしたんですか、佐奈さん?」
「ううん、なんでもないよ。ところで、魔力ってこの神社の近くで満遍なく感じるの? それともここだけ?」
きょとんとした表情をしたミーナにそう聞かれて、ぼんやりと巡らせていた想像を霧散させる。発生源が特定できれば理由もわかるのではないかとミーナに尋ねると、ミーナは目を閉じて何かを探るように集中し始めた。私の目から見ると何にも違いはないのだけど、多分ミーナには魔力の流れみたいなものが見えてるんじゃないかな?
2~3分ぐらい経ったころ、ミーナがパッチリと目を開けてポテポテと社に向かって歩き出す。何も危ないことはないと思うけれど、念のためにミーナの傍に歩み寄って同じスピードでゆっくりと社に近づいていく。
「多分ですけど、魔力が流れ出ているのはこの中からだと思います。ただものすごく微量です、今にも途切れそうなぐらい」
「社の中って言っても、ガランとしてて何にもなさそうだけどね。薄暗いから奥の方はシルエットしかわからないけれど、あれって木彫りの像か何かかな?」
なんとなく丸っこい感じの人影が寄り添ってるような像だから、お地蔵さんなのかな? あ、神道だから道祖神になるんだっけ?
「……そう言えば、あちらの世界で教会の中で民草が祈るための女神像があって、その周りは魔力濃度が高いという話がありました。神官や巫女が奉仕作業として治癒魔法を貧しい民に掛けるのですが、像の周りでは治療魔法が強くなったり普段より多くの人を治療できるという噂の正体はそれが原因だったのかもしれませんね」
「つまり、魔力が発生した原因はお祈りってこと?」
「何故そうなるのかまではわかりませんが、真剣に神を信じて祈ることで対象物に魔力が染み付くのかもしれません」
もしそれが本当なら、魔力が途絶えそうになっている今のこの像の現状も納得できるような気がする。この国で宗派や宗教の種類はともかく、神や仏への信仰を持つ人は本当に少なくなったと思う。かくいう私もそのひとりだし、初詣なんかで神社やお寺を訪れるけど別に神様を信じてはいない。
原因としては科学の発展とか、今まで謎だった物事が次々と解明されていったことなんかが理由なんじゃないかな。昔なら神様の奇跡だと思われていた色々なことが、種明かしされたら全然神様の御業じゃないとわかってしまえば、神様への信仰心が薄れてしまっても仕方がないと思う。
「……せっかくなので、少しでもこの魔力を有効活用させてもらいましょう。体の中に取り入れて、わずかでも魔力が回復できますから」
神様を信仰するのが当たり前の世界から流れ着いたミーナにとっては、神々が忘れ去られた世界というのが寂しいのかもしれない。ちょっとだけ表情に寂しさを滲ませた後にそう言って、ミーナは再び静かに目を閉じた。
特に目に見えて何かが起こっている訳ではないので、ミーナが魔力を自分の体に取り込めているのかはわからない。でもしばらくしてミーナが深呼吸を繰り返すと、ふわりと風がミーナの周りに吹いてくる。まるでミーナを包み込むように、彼女の周りに風の柔らかい壁ができたように感じた。もちろん空気に色なんてついていないのだから、そう感じただけなんだけどね。
しばらくして吹いていた風が止み、ミーナがそっと目を開ける。ふぅ、と小さな口から少しだけ肺に溜まった空気を吐き出すようにしてから、私に向かって微笑んだ。
「結構残ってましたね、おかげで魔力が全回復一歩手前ぐらいまで溜まりました」
「大丈夫? 体におかしなところはない?」
「はい、ただあちらでは息をするようにできた事が、こちらの世界ではかなり集中しなければいけなかったので、少しだけ疲れてしまって」
確かにそう言われると、ミーナの額にさっきまではなかった玉の汗がいくつか浮かんでいる。私はハンカチを取り出して、そっとそれらを拭った。
「これからも魔力が必要だから、もしミーナが平気ならどこかの神社とかお寺とかを回って魔力を回復させようとか思ってたんだけど……それならやめておいた方がいいね」
なんかそんな事を考えていた自分が自分勝手に思えて、しょんぼりしてしまう。そんな私の腰の辺りをポンポンと優しく叩いて、ミーナが私を見上げながら笑った。
「翻訳魔法を使うのにも魔力は必要ですから、佐奈さんが一緒に付いて行ってくれるなら嬉しいです」
本心半分励まし半分に感じたミーナの言葉に、私は『ありがとう』とお礼を言ってミーナの前にしゃがみながら彼女を抱きしめた。
「それで? お父さんとお母さんは何やってるの?」
私とミーナが魔力について色々やってる間、両親はする事がないからとのんびり作り付けのボロっちいベンチに座っておしゃべりしていたらしい。仲良しなのはいい事だけど、ちょっとぐらい協力する姿勢を見せてくれてもいいと思う。
「まぁまぁ、佐奈。これにはもちろん理由があるのよ」
「……どういう理由があるっていうのよ」
「これからミーナちゃんの戸籍を作るにしろ、ミーナちゃんが持つ普通じゃない力の事を私達は知らない方がいいと思っているの。もし知ってしまったら、事情を聞かれた時に顔に出てしまうかもしれないから」
「お父さんもそう思う。ポーカーフェイスが上手ならいいんだけど、残念ながら自信はないんだよ」
母の言葉を受けて、父が頭を掻きながら照れくさそうに言った。うーん、それだったら一番顔に出るのは私だと思うんだよね、みやにもいつも指摘されてるし。
なんだか誤魔化されているような、からかわれているような気持ちを抱えながら、私達は神社を後にするのだった。
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