25――行きつけの洋食屋さんと神社


 こちらの世界に来てから食べた事がない料理を食べたいというミーナの希望を両親に伝えると、私が子供の頃からよく家族で行っている洋食屋さんに行く事になった。


 父が独身の頃から通っているお店で、オーナーさんとも仲がいいらしい。行く度にシェフのおじさんに楽しそうに話しているのを見ると、常連ぶってお店の人に迷惑を掛けてないかなと心配になるのだけど、お店の人も特に迷惑そうな感じではなかったのできっと大丈夫だと思う。


 駐車場に車を停めて店の中に入ると、顔見知りのウェイトレスのお姉さんが『久しぶりだね』と声を掛けてくれた。確かに私が最後に来たのって多分高校2年生の冬だった気がするから、1年と半年ぶりぐらいかもしれない。


「この子、もしかしてお孫さん? ついにお兄ちゃん結婚したの?」


「いえいえ、実は親戚の子をこの夏の間に預かってるのよ」


「あら、じゃあ旦那さんかお嫁さんが外国の方なの? ご両親はきっと美形なんでしょうね」


 母が否定すると、お姉さんは羨ましそうにミーナを見てからウイッグの髪をくしゃっと撫でた。髪はウィッグで黒髪状態なので多分お姉さんはヘーゼルの瞳を見て、ミーナを外国人だと判断したのだろう。ミーナが美形なのは実際に異国の姫だった訳だし、美少女度ではそこらへんの美少女では太刀打ちできないぐらいだと個人的には思っている。ひいき目だと言われそうだけど、ミーナはかわいいのだ。ああ、姫じゃなかった……元王子だったね。気品みたいなのが感じられるのは、王家の血が流れているからなのかもしれない。


 ミーナが住んでいたカーナルスン王国は内陸の国だったらしく、海鮮物はほとんど食べた事がないんだって。それを聞いて私がお気に入りのエビピラフを勧めると、ミーナは嬉しそうに『それにする!』と頷いた。その後にこっそりと恥ずかしそうに、『野菜サラダもお願いします』と耳打ちしてきたミーナが身悶えするぐらい可愛かった。


 私もミーナと同じものを注文して、父はいつも食べているミックスグリル定食を。母はハンバーグセットをそれぞれ頼んで、運ばれてきた料理に舌鼓をうった。久々に食べたけれど相変わらずおいしくて、ミーナも気に入ってくれたみたいで溢れんばかりの笑顔を浮かべていた。


「エビというものは初めて食べましたが、とてもおいしいものなのですね」


「日本は海に囲まれた島国だから、他にも色々とおいしい海の食べ物もあるから食べに行こうね」


 多分お魚とかも食べたことがないんじゃないかな。煮付けとか好きなんだよね、作れないけど。大学の近くにカレイの煮付け定食がおいしいお店があるって友達が言ってたから、ミーナが普通に出歩けるようになったら連れて行ってあげたいな。


 車に乗り込んでもう家に帰るのかなと思っていたら、父が急に『ミーナちゃんは、どこか行きたいところはあるかい?』と尋ねてきた。せっかく外に出たんだしね、知らない土地だしミーナも多少は羽を伸ばしてもいいと思う。


 父の問いにミーナはしばらく視線を彷徨わせて考えた後、はっきりとした口調で『行ってみたいところがあるのですが』と自分の希望を伝えた。それはこの世界の教会のようなところに連れて行って欲しい、という意外なものだった。


 どうしてそんなところに行きたいのか詳しく話を聞いてみると、自分はこの世界にとっては別の世界から異物だから、この世界の神にきちんと挨拶しておきたいらしい。なんて礼儀正しくていい子なんだろう、思わず感動してミーナの頭を撫でてしまった。


「この国で一般的に信仰されている宗教でいいかい? 一応外国からも宗教が入ってきてて、キリスト教とかイスラム教とかそういうのもあるけども」


「キリスト教の教会は一応あるけど、私達はあまり関わりないものね。寺か神社ならミーナちゃんを案内しやすいんじゃないかしら?」


「そもそも寺と神社って何が違うんだったか、仏教と神道の違い?」


 運転席の父と助手席の母がポンポンと会話を交わしているが、一般的な日本人の宗教観なんてこんなものだと思う。ちなみに高校の日本史の先生がそういうのに詳しくて、授業の余談で話してくれたうんちくによると、確か神社が神道で八百万の神を祀っているらしい。寺は仏教で悟りを開いた神を祀ってる……んだったかな?


 目を白黒させているミーナにそんな話を聞かせていると、父が『じゃあ神社にしよう』とハンドルを切った。昔からあるそれほど大きくない神社が近くにあって、地元のおじいちゃんおばあちゃんの散歩コースになっている。木々が生い茂っているから、日差しが強い時には木陰で休めるし休憩場所にちょうどいいみたいなんだよね。


 駐車場なんてものはないので、駐停車禁止ではない路上に車を停めて皆で降りる。私はミーナと手を繋いで、舗装されていない土がむき出しになっている道をゆっくりと歩いた。田んぼや畑のすぐ傍だから、細いあぜ道みたいな感じなんだよね。


 段々と社に近づくに連れて、何やらミーナが不思議そうな表情を浮かべる。『どうしたの?』と聞いてみたのだけど、『まだはっきりとわからないので』と言葉を濁される。そのまま神社の境内の中に足を踏み入れて、もはや朽ち果てるのは時間の問題と言わざるを得ない社の前に立つ。するとミーナが驚いた表情で、繋いでいた私の手をクイッと引っ張った。


「佐奈さん! ここ、魔力があります!!」

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