24――外食への誘いとチャイルドシート


 母から『あんまり長くお昼寝させると夜に眠れなくなっちゃうから、ミーナちゃん起こしてあげなさい』と言われて、ぐっすりと眠っていたミーナを起こす。


 ほんの少しだけ髪が跳ねていたので、ブラシで梳いて整えてあげる。まだ本格的には起きていないのか、寝ぼけた表情で目をしょぼしょぼさせて、アクビをするミーナが可愛い。


 ウィッグを付けつつ、ちょうどお昼時なので父から外食しようと誘ってもらっている事を伝えると、今にも二度寝しそうだったミーナのトロンとした瞳が大きく見開かれた。


「外食など立太子してからは周囲に許してもらえず、市井の食堂のこのメニューがおいしいという噂話を聞いては、とても悔しい思いをしていたのです」


 そう嬉しそうに語るミーナは微笑ましいけれど、やっぱり次期国王ともなると食事を外で食べる事すら許されないんだね。確かに直接的に攻撃するよりも、食事に毒を入れて害した方が誰が犯人かもわかりにくいもんね。生きている以上、人間は絶対に食事を摂るんだから機会は何回もあるんだし。


 そんな物騒な事を考えつつも、ミーナの服を整えた。寝転んでたからちょっとだけシワが寄ってたりもしたのだけど、このくらいなら許容範囲でしょう。ミーナの寝相は悪いどころかむしろ良い方だから、寝返りが原因の大きなシワもなかったからね。


「ミーナは何が食べたい?」


「……わがまま言ってもいいですか?」


 もじもじと恥ずかしそうに言ったミーナに、私はもちろんと頷いた。本人は全然そんなつもりなんだろうけれど、今のミーナはすごくあざとかわいいんだもん。何でも食べさせてあげたいし、何でも買ってあげたくなる。もちろん私の全財産は大きく目減りしているから、買えるものだけなんだけどね。


「この世界に来てからこれまで、食べた事がないものを食べたいです……あ、あと野菜サラダも」


 そう言ったミーナに、『あー、確かに献立てが結構固定化してたもんね』と心の中で呟く。料理はそれなりにできるけれど、レパートリー少ないし学校の勉強もあるしで、カレーとかパスタとかレトルトや冷凍食品に頼ってたからね。帰る前にお母さんに何品か習おうかな、ちょうど夏休みだし普段よりも料理する時間はあるからね。


 そんな事を話していると、両親たちも準備ができたのかリビングに戻ってきて、早速出かけようという話になった。私も軽くメイクを直してカートに入れてきた、小さめのトートバッグにスマホや財布など必要なものを移してから庭に出る。


 実家の車はそろそろ10年選手の、7人乗りのワゴン車だ。その前が最近見掛けないセダンだったかな、私は小さかったから覚えてないのだけど、家族皆が狭かったと愚痴っていたのを思い出す。あ、そう言えばミーナの外見年齢だと、チャイルドシートがいるんだっけ?


「お母さん、チャイルドシートってある? ミーナの正式な年齢はわからないけど、多分使わないと警察に止められるよね?」


「そうねぇ、確かガレージに佐奈が使ってたのが置いてあったと思うんだけど、ホコリだらけなんじゃないかしら」


「じゃあ私が探してくるから、お母さんは雑巾を用意して」


 母の返事を聞いた後、ガレージに入ると確かにホコリっぽい。壁沿いに少し大きめの物置があって、引き戸を開けると色んなものがゴチャゴチャに詰め込まれている。手前の物から移動していくと、奥の方に私が使っていたジュニアシートが見つかった。うへぇ、これは雑巾だけじゃ無理かも。ホコリをくっつけるコロコロローラーも必要かもしれない。


 とりあえずシートを物置から出して、その他の物は元の棚に戻す。ホコリだらけのシートを持ってガレージを出ると、母が雑巾を持って待ってくれていた。でもシートの状態を見て、嫌そうな表情を浮かべている。


「佐奈、アンタ……服にもホコリが付いてるから、これで先に取っちゃいなさい。無理なら着替えてきた方がいいわ」


 どうやら母が見ていたのはシートだけではなくて、私の服も込みだったみたい。素直に返事をして、その言葉に甘えさせてもらう。その間に母がシートを拭いておいてくれるみたいだ。


 コロコロローラーのシートを何枚か使って、多分服に着いていたホコリは取れたと思う。でも手がベタベタするから、庭にある水道で手を洗った。その間に母が手際よくシートにコロコロローラーを掛けて、なんとか使える状態にしてくれていた。がっちり全身をホールドするタイプのチャイルドシートじゃなくて、底だけの補助シートみたいなものだから、多分ミーナも違和感なく座っていられるんじゃないかな。


「でもなんでこんな古いシート、捨てずに取っておいたの?」


「……一番上のお兄ちゃんが結婚したら必要になると思って、置いておいたのよ。そしたらいつまでも独身のままでしょ、まったく情けないったら」


 ああしまった、母の姑スイッチが入ってしまった。怒りの矛先を未来のお嫁さんじゃなくて、自分の息子に向けるあたり、まだ良心的なのかもしれないけれど。


 余計な反論をすると長くなるので、適当に相槌を打ちながらミーナのためにチャイルドシートを設置する。私達と離れたところで何やら話していた父とミーナに準備が出来た事を告げて、ようやく車に乗って出発する事ができた。

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