23――いねむりミーナと両親との話
父は積極的に、母は消極的に協力を約束してくれたので、早速ミーナに会ってからずっと考えていた計画を話す。
ミーナには記憶喪失という体にして、何も覚えていない上に片言しか日本語を話せないという事にする。倒れているところを私が見つけて救助したというのは一緒だけど、通報しようとしたらそれは嫌だと言って意識を失ったというストーリーを作ってみた。それを披露してみたのだけど、両親には不評だったみたいだ。
「叱られるだけで済むとは思うけれど、それだと佐奈がミーナちゃんを誘拐した事になるじゃない。突然意識を失ったのに救急車を呼ばないのも、おかしいと思われるんじゃないかしら」
「そうだなぁ……倒れていたところを見つけたなら、すぐに救急車を呼ぶのが普通だろう。そう考えると、倒れていたっていう設定は逆に過剰かもしれないな」
過剰も何も本当の事なんだけどね、と不満気に両親を睨むけれど、ふたりともどこ吹く風だ。結局記憶喪失でフラフラと彷徨っていたミーナを保護していたのだけど、コミュニケーションに難があって相談するのに時間が掛かったという事で押し通す事になった。記憶喪失だからミーナは自分の名前しか知らないし、事情もよくわからないという風にすれば、私達も答えようがないしね。
「それよりも、佐奈」
急に母が小声で声を掛けてきて、ちょいちょいと私の隣を指差す。つられて視線をそっちに向けると、こくりこくりと首を揺らしながら眠っているミーナがいた。体もゆらゆらと揺れていて、今にもコテンと倒れそうだ。
「お布団敷いてきましょうか、残念ながらベッドは空きがなくてね」
「うーん、ミーナは眠りが浅いからマット引いてあげて、そこに寝かしてタオルケット掛けてあげた方がいいかも」
動かすと多分目が覚めちゃうだろうから、朝も早かったし少し早いお昼寝だと思えばちょうどいいよね。母がマットを探してくれたのだけど、残念ながらなかったらしい。仕方がなく法事用の座布団を何枚か持ってきてくれて、4枚ほど借りて直線に並べる。私だとミーナが起きないようには抱えられないので、父がふわっという感じで軽々とお姫様抱っこすると、起こさないようにそっと座布団の上に寝かせてくれた。さすが3児の父、さすがに手慣れてると思った。
そこに私が母から借りたタオルケットを掛けて、気持ちよさそうに眠っているミーナを見つめる。うまくいくかどうかはわからないけれど、方針が決まってちょっと肩の荷が下りたような気がした。できるだけミーナが幸せなように話を持っていくけれど、私だってミーナを拾って面倒を見てきたのだ。ちょっとぐらいわがままを言ってもいいかもしれない。
「ミーナが独り立ちするぐらいまで、見守っていけたらいいなぁ」
ボソリと思わず口から溢れた呟きに、私は慌てて自分の口を塞ぐ。聞かれたかな、と両親を見たらバッチリ聞かれていたみたい。母がため息をつきながら、私にキッチンの方へ行くように手で合図した。父も一緒に移動するみたいで、親子3人ですぐそこのキッチンまで歩く。
母が先にダイニングテーブルセットの椅子に座って、私も対面に座るように促す。続いて父が私の隣に座ろうとしたけれど、母に『アナタはこっちよ』と冷たく言われて、ちょっとしょんぼりしながら母の隣の椅子に座った。
「さて、それじゃあ真面目なお話をしましょうか。佐奈、アンタはあの子の事をどうしたいの?」
「……どうしたいって?」
「さっき独り立ちまで云々って言ってたけど、子供が巣立つまで保護者として傍にいるっていうのは、アンタが考えているよりもすごく大変な事なのよ」
真剣な声音と刺すような母の視線に、経験に裏打ちされた子育ての大変さがすごくこもっていて、痛いくらいにそれが伝わってきた。たった数ヵ月だけど、ミーナと大学の両立は大変だった。でもそれでも一緒にいたいと、そう思ってしまうのは悪いことなのだろうか。
「ペットやぬいぐるみじゃないのよ、悪いことをしたら叱らないといけない。場合によっては引っ叩く必要だってある。それが保護者の責任であり、自分達の元を巣立つ子供が生活に困らないように常識を躾けるのが役目なの。アンタは子供を可愛がるのは前から上手だけど、厳しくするのは苦手でしょ。そういう苦手な事も責任もってできるのかって聞いてるのよ」
「き、今日も来る時の新幹線で靴のまま座席に上ったのを叱ったよ、私だってちゃんと躾けできるんだから!」
ミーナの精神が同い年ぐらいだからできてるんだってわかっているけど、両親はその事を知らないんだし知らんぷりで自慢気にしてもいいよね。母は『本当かしら?』と疑惑の目を向けてきているけれど、なんとか表情を変えずにやり過ごす。
「佐奈、お母さんも心配しているんだよ。お父さんとお兄ちゃん達が佐奈を甘やかしてばっかりだったから、お母さんは本当は自分も佐奈を甘やかしたかったのに、敢えて厳しくする方に回ってくれたんだ。そんなお母さんの子供なんだから、きっと佐奈にもミーナちゃんといい関係を築けるよ」
「良いことを言っている風だけど、そもそもあなたが家長として佐奈にも厳しくしてくれれば、私も遠慮なく佐奈を甘やかせたのよ。それにあなたの子供なんだから、ミーナちゃんを際限なく甘やかしそうで怖いのよ。それに子供がいたら結婚だって、普通に初婚の子よりも難しくなるでしょうし……」
「結婚なんて佐奈には必要ないよ! 大学を卒業したら家に帰ってきて、ずっと君の手伝いをしてもらえばいいんだ!!」
ああ、お父さんのいつもの発作が出た。私がお嫁に行くとか結婚するとか、そういう話を聞くと声が大きくなって絶対に嫁には行かせないと言い張るのだ。でも今は隣のリビングでミーナが寝ているのだから、大きな声で叫ばれても困る。私と母が揃ってシーッと指を一本立てて、声のボリュームを落とすように指示する。
またまたしょんぼりした父は置いておいて、『頑張るのでしばらくは見守っていてください』と母にお願いすると、本当に渋々了承してくれた。そもそも、まだ私がミーナとこれからも一緒にいられるかどうかは全然流動的なんだけど、両親が味方でいてくれると思うと頑張ろうと思う気持ちがどんどんわいてくる。
「ありがとう、お母さん」
「まぁ、やると決めたからには頑張りなさい」
母はそう言って、本当に子供の時以来久しぶりに頭をポンポンと撫でてくれた。その手付きが優しくて、なんだか目の奥が熱くなるのを感じていた。
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