22――事情説明の続きとこれからどうするのか


「今見てもらったのが魔法で、ミーナはこの魔法っていう力が当たり前にある世界で育ったの。でもある日事故でこの世界に飛ばされたみたいで、その衝撃で意識を失って倒れていたところを私が見つけたみたい」


 両親は『こいつは何を言ってるんだ?』みたいな顔で訝しげに私を見ていたけれど、なんとかその言葉をのみこんで口を開いた。


「それは地球とは違う星という事か? 外国とはまた違うのだろう?」


「ミーナが住んでいた国は……えっと、なんて名前だったっけ?」


 ついうっかり国名を忘れてしまった私は、ミーナに助けを求めた。だってミーナの国の単語って、この世界の人間には言いにくいんだもん。


「カーナルスン王国です、佐奈さんもご存じなかったですし、おそらくお父様とお母様も知らないと思います」


「カーナルスン……聞いたことないわね」


「つまりミーナちゃんも日本という国を知らなかった、という事でいいかい?」


 父がそう尋ねると、ミーナがこくんと頷いた。お互いの国を知らないという事は、それまで生きてきた世界にその国は存在しなかったというひとつの状況証拠になるだろう。あくまで、どちらかが嘘をついていなければという前提条件は必要だが。


 もちろんこの世界のようにどこにどんな国があって人口が何人でと詳細には把握できていないだろうから、もしかしたら同じような道筋を辿った昔の日本に似た国はあるのかもしれないけれどね。ミーナ曰く主な乗り物は馬車だったらしいから、技術の差はものすごくあるだろうし。


「話を続けるね。魔法を使うには魔力っていうエネルギーが必要で、酸素みたいに空気に含まれていたみたいなの。でもこの世界には魔力が存在しないから、魔力が空っぽだったミーナは魔法が使えなくて、さっきも言ったけど最初はボディランゲージでなんとか意思疎通してたんだよ」


 父がまた何か追加で質問してきそうだったから、『静かにしてて』と強い視線を向けて黙らせる。そうじゃないといつまで経っても話が進まないからね、後で謝っておこうっと。


 翻訳魔法のおかげで意思疎通はできるようになったけど、口の動きがズレていたりして変に思われる可能性があるのと、魔法なんて力を持っていると知られたら人体実験の材料にされそうだから、せめて日本語が片言でも話せて意思表示ができるようになるまで匿うことを決めたのだと説明した。


 ミーナの国の事情とか元男の子だったとか、そういうのは全部省く事にした。私は信じているけれど真偽を第三者視点で確認できないし、ミーナの見た目はどう見てもかわいい女の子そのものだもの。逆に私と同い年の男の子だったと説明した方が疑われそうなので、ミーナと相談して隠す事に決めた。ただミーナとしては頭では理解していても、ちょっとだけ不満そうだったけどね。


「私は大学へ行ってる間はミーナはおうちで留守番してもらって、日本語の勉強をしてもらったりテレビを見て日本の事を知ってもらってたりしてたの。そんな感じで日常を繰り返して、ミーナも片言ながら日本語が随分と喋れるようになったから、今回こうして動き始めたという訳です」


 さぁ、聞きたいことがあったらどうぞとばかりに手の平を上にして両親に向けると、母がコホンと咳払いをしてから言った。


「じゃあ質問させてもらうけど、どうしてミーナちゃんを見つけた時に警察に通報しなかったの? アンタだって一応女の子の端くれなんだから、事件に巻き込まれて危ない目に遭うとは考えなかった?」


「倒れていたミーナの様子から、そういう可能性も考えなかった訳ではないよ。でも夜に幼い女の子がゴミ捨て場に倒れてたら、普通は助けるじゃない。最近は警察官にだって、泥棒したり犯罪を犯したりする人がいるってニュースで見るでしょ。私が通報してやってくる人が、ちゃんとこの子に優しくしてくれるか信用できなかったっていうのがひとつ」


「いや、さすがにそういう警察官は極稀にしかいないと思うよ。それで佐奈、もうひとつの理由っていうのはなんだい?」


「ミーナが起きた時に日本語を喋られなかった時に、意思疎通ができなかったら適当な国に連れて行かれて放り出されちゃうんじゃないかと思ったの。現にミーナは日本語が話せなかったんだし、これについては英断だったなって自分でも思ってる」


 私が自慢気に胸を張って言うと、母が頭が痛そうに自分の額に手を当てて『まるで非常識行動力おばけね』と嘆くように言った。貶されてるのはわかるけれど、私は間違った事はしてないもん。


 父が『優しい娘に育ったのだからいいじゃないか』と私と母の両方をフォローしようとしているけれど、できればそれは母に集中的に言ってやってほしい。そりゃあ心配掛けたのは申し訳ないけどさ、ミーナを見て見ないフリするなんて、私にはできなかったんだもの。


「それよりもこれからどうするか、だ。佐奈はミーナちゃんと離れ離れになるつもりはないのだろう? 最初に通報しなかったから、出会った時の状況を捏造しなきゃいけなくなると思うんだが、それについては考えはあるのかい?」


「お父さん……協力してくれるの?」


「別の世界とか魔法とか、他の人には絶対に信じてもらえないだろうし、何より最初に佐奈が心配していたように人体実験なんかに使われたら目も当てられない。この国は人権を明確に持っている人間には法を守って対応するけれど、それ以外の者には当たりがきついからね。別の世界からやってきた不思議な力を持つ生き物なんて、屁理屈を捏ねて解剖なんかも始めるかもしれないよ」


 父は真面目な顔でそう言って、私とミーナに協力を約束してくれた。父の隣で母が『あなたがそんなだから佐奈が変に勘違いをして、国や警察を信じなくなってしまったのよ』と愚痴っていたけれど、可能性が低くてもそういう風に扱われる可能性はゼロじゃないのだから、対策は必要だと思う。子供の頃からお父さんにこういう事を吹き込まれていたのは、ホントの事だけどね。

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