21――ミーナの魔法披露
コトン、とそれぞれの前にグラスを置いて、お盆を自分の傍らに置きながら母はラグの上に腰を下ろした。処理落ちから復活した父は、私がどんな事を言い出すのかと不安に思っているのを、温かいお茶を飲むことで体の奥底に追いやろうとしているみたい。
「それじゃ、最初から話すね」
私もひと口だけお茶を飲んで、喉を潤してから話を始めた。ゴールデンウィーク明けの週末、学校終わりに友達と遊びに行った帰り、ゴミ捨て場の網かごの上に倒れていたミーナを見つけた事。服はブカブカ、下着も身に着けていない状況だと事件の臭いしかしないのだけど、怪我もしてなかったし眠っているだけだったみたいなので、事情を聞いてからどうするか決めようと自分の家に連れて帰ったと説明。
次の日に目覚めたミーナは日本語を喋ることも理解することも出来ず、意思疎通はボディランゲージだけでなんとか頑張ったことを話すと、そこで母が一旦ストップを掛けた。
「日本語がわからなかったって、さっきの挨拶はとてもそんな風には見えなかったわ。佐奈がミーナちゃんを拾って2ヵ月ちょっとぐらいでしょ? 普通はここまで流暢に話せるようにはなれないわよ」
「そこがね、私がお母さん達に今日まで相談できなかった理由なの。まぁ色々と引っかかるところはあると思うけど、最後まで聞いてから質問してほしい」
何故か『嘘を見抜いたぞ』みたいな感じで自慢気に言った母にちょっとだけムッとして、質問は話を全部聞いてからにしろとピシャリと言った。なんだろう、母は粗探しがしたいのだろうか。私としては嘘は何ひとつ言ってないので、変な茶々を入れるのはやめてほしい。
朝食を食べてミーナが昼寝をしている間に、みやに頼んでミーナの身の回りの物を買ってきてもらい、みやにもミーナの事情を話している時に突然ミーナが普通に喋りだした。信じられないだろうけれど、と枕詞を置いてから魔法についても簡単に併せて説明する。時折ミーナが補足を入れてくれたのだけど、それでも父も母もちんぷんかんぷんだと言いたげな顔をしていた。
「言葉で説明してもなかなか納得はできないでしょうから、目に見える魔法を見せます。今使っている翻訳魔法では、判りづらいですしね」
ミーナはそう言ってリビングの大きな引き違い窓に近づいて、窓が開いている事を確認すると網戸も開けた。よいしょよいしょと頑張るミーナを見るのは癒されるけれど、魔法を使って魔力がどの程度失われるのかが心配だ。せっかくこの2ヵ月ぐらい、ミーナは無駄遣いせずに魔力を頑張って溜めたというのに。
リビングの前の庭には小さな家庭菜園があって、きゅうりやトマトがそれなりに育っている。ミーナはそれを確認すると、両親に向かって『この畑にお水をあげてもいいですか?』と尋ねた。
「いいけど、じょうろは庭に置いてあるよ」
「いえ、じょうろを使っては魔法を見せる事にはならないので。見ての通り、私は何も持っていないですよね」
父の言葉に首をふるふると振った後に、ミーナはまるで見せつけるように両手を前に突き出して両親に向かってアピールする。ミーナのぷにぷになお手々をじっくりと見た両親は、その勢いに押されるようにコクリと頷いた。
両親が納得したのを確認すると、ミーナは再び庭の方に向き直って両手を前に構えた。部屋が濡れると思ったのかトテトテと歩いて、窓のすぐ側まで近づく。
「それじゃあ、水を出しますね」
ミーナがそう言うと手から水が現れて、まるでホースから出てきたように家庭菜園へと向かっていく。そのままの強さだと土が抉れちゃうかもと心配していたら、水の勢いが一気に緩んでまるで霧雨のような細かさで作物に降り注いだ。まんべんなく菜園に水が行き渡るようにして、ミーナは魔法を止めた。
「……これが魔法かい?」
「はい、雷を落としたり炎の矢を飛ばしたりもできますが、魔力をたくさん使うのでこのような魔法を使いました。あまり派手ではないので、お父様とお母様が信用できないと思うのも仕方がないと思います」
父の問いかけをミーナは疑われていると感じたみたいで、丁寧に理由を説明していた。でもうちの両親は疑っていた訳ではなくて、何もないところから水が現れて途中で勢いや降り注ぎ方まで変わった不思議現象にびっくりしていただけなんだけどね。
母が立ち上がってミーナの前でしゃがみこむと、腕を優しく触ったりジッと見つめたりしている。念のために手品の仕掛けとか、そういうのがないか確認してるんだと思う。母はなんでも原因をはっきりさせたい気質の人だから、ミーナがどうやって水を出したのかその方法が気になってるのかもしれない。
ミーナから戸惑った視線を向けられているのを見て、母は誤魔化すように笑うと自分がさっきまで座っていたところに戻った。ミーナはどうしていいのかわからずに慌てているみたいなので、手招きして戻っておいでと呼ぶとすぐに隣に戻ってきた。
「ミーナ、今の魔法で魔力はどの程度使ったの?」
「今は魔力が大体半分ぐらい溜まっていて、その10分の1より少し多いぐらいの魔力が無くなりました。やっぱりあちらの世界で魔法を使うよりも、こちらの世界の方が魔力の減りが大きいみたいですね」
やっぱり大気に魔力が含まれないからか、魔法を使うのはものすごくコスパが悪いみたいだ。とりあえずお疲れ様の意味も込めてミーナの額に浮かぶ汗をハンカチで拭ってあげて、説明を続けるべく両親へと向き直って居住まいを正した。
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