20――両親との再会


「ミーナ、あれが私の生まれ育った実家だよ」


 段々と日が照って来て暑さに汗ばみ始めた頃、ようやく私の実家へと到着した。聞いた話によるとひいひいおじいちゃんが建てたらしい、古い日本家屋。おじいちゃんの代にかなりの補強や修繕をしたらしいので、全然頑丈なんだけれど住宅地の新しいおうちと比べると古臭さを感じる。


「こちらの家は道すがら見てきた建物とは、随分と様式が違うのですね」


「建てられたのがずいぶん前だからね」


「サナさんのご家族は古き物を大事にされてらっしゃるのですね、素晴らしい事だと思います」


 ミーナが向けてくる尊敬のまなざしに、なんだかすごく過大評価されてる気がして居心地が悪い。建て替えもせずにいるのはただ単に雨漏りもないし地震にも耐えられるし、問題なく暮らせるのに建て替えるのはもったいないというだけの理由なんだけどね。


 そんな事を話しながら敷地内に入ると、庭に見慣れた人影が見えた。ジョウロで庭にある鉢植えや家庭菜園に雑に水やりをやっているのが、私の母である。


「お母さーん、ただいま!」


「大きな声出さなくても聞こえてるわよ、おかえ……」


 私が手を振りながら近づくと、苦笑しながら返事をしていた母の言葉が不自然なところで途切れる。そしてせわしなく視線を私とミーナの間を何度も行き来させて、ワナワナと唇を震わせながら私に向かって叫んだ。


「佐奈! アンタ、都会に行ってコブ付きの男に貢いだのかい!?」


「ちょっとっ! 庭先で人聞きの悪い事言わないでよ、ご近所さんに誤解されたらどうするの!?」


 母に詰め寄られながら、私は周囲の様子を伺って後半は声を潜めながら言い返す。それで母も冷静になったのか、そそくさと私とミーナを家の中に入るようにと促した。小さい頃から密なお付き合いをしてるご近所さん達だから、聞こえてなければいいんだけど。


 玄関に入ると昔の家だから上がり框が高いので、ミーナにはちょっと辛いかも。靴を脱いでもらって一生懸命力を入れてミーナを持ち上げて、なんとか上らせることができた。


「……なるほどね、相談事はその子のことなのね」


「そうだけど、なんでわかったの?」


「アンタが子供好きなのは知ってるけど、それに輪をかけてその子を可愛がってるのは、見てたらすぐわかるわよ」


 ボソリと呟いた母に不思議そうに尋ねると、母は少し微笑むように笑って答えた。見てそんなにすぐにわかるものなのかな、確かにミーナを可愛がっている自覚はあるけどね。


 廊下をミーナと手をつなぎながら歩いてリビングに行くと、もしかしてとは思っていたけどお父さんがソファーに座っていた。多分お母さんから今日私が帰省すると聞いて、喜々としてお仕事を休んだのだろうね。


「ただいま、お父さん」


「おおっ! よく帰ったな、佐奈……ところで、その小さい子は誰だ?」


 機嫌よく返事をして私を迎えてくれた父だったけれど、目ざとく私と手を繋いでいるミーナの姿を見つけてそう質問してきた。お母さんも気になっているのか、早く話せという圧を感じる。でもここまで歩いてきてミーナも疲れてるだろうし、何よりウィッグの下は汗でびしょびしょになっていると思うんだよね。


 だから両親には『ちょっと待ってね』と言ってから、ミーナを連れて脱衣所へと向かった。もちろんキャリーの中に着替えが入っているから、それも一緒に持ってきた。


「ごめんね、暑かったでしょ。ウィッグ外そうね」


 帽子を脱いでウィッグを外すと、やっぱりミーナの髪がしっとりと濡れていた。ネットを外して編み込んでクルクルと円状に丸めているキレイな金髪をストンと下ろすと、編み込まれていたせいで少し強めのウェーブがついてしまっていた。ブラシで梳いてあげると、湿っているからかそれ程時間が経たずにある程度ストレートに戻る。


 備え付けのバスタオルで汗を吸った髪を挟んで水分をある程度取ってから、ドライヤーで乾かしていく。もしかしたら汗のニオイが残るかもしれないから、制汗剤を軽く吹きかけておく。


 この作業中にずっとミーナが『大丈夫ですから、自分でできますから』と遠慮してたのだけど、慣れてる私がした方が早いしミーナを可愛くできるならむしろ私にとってはご褒美だから全然遠慮する必要はないのにね。後は暑いからかミーナの顔が赤らんでいたので、タオルを濡らして軽く拭いてあげる。よし、これで準備OK。


 普段どおりの姿になったミーナを連れてリビングに戻ると、その姿を見て両親が驚いた表情でミーナを凝視していた。


「まさか外国人の子供だったなんてね、あれはカツラだったの?」


「そうなの……ミーナ、ご挨拶できる?」


 母の言葉に短く答えてから、ミーナの背中を優しく叩いて自己紹介するように促した。


「サナさんのお父様、お母様。はじめまして、私はミーナと申します。どうぞ、よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると同時に、ふんわりと乾きたてのミーナの金髪が舞う。そして頭を上げたミーナの大きくて零れ落ちそうなヘーゼルの瞳を見て、母はため息をついた。


「なんか長い話になりそうだし、お茶でも淹れてくるわ。ミーナちゃんは何が好きなの?」


「ミネラルウォーターがあればそれで、なかったら冷たいお茶をお願い」


 母の問いかけにミーナが答えようとしたけれど、私が先に普段のミーナが好んで飲むものを伝えた。うちのお母さんはせっかちだから、こうしてサッサと答えないと機嫌が悪くなるのだ。もちろん初対面の幼女を怒鳴りつけたりはしないだろうけれど、これからする相談の前にイライラされたらこっちも面倒な気分になるでしょ。


 ちなみにお母さんがそれぞれの飲み物をお盆に載せて戻ってくるまで、お父さんは空気のままだった。多分私に話しかけたい事もたくさんあったのだろうけれど、その前にミーナの姿を見て脳内がパソコンとかスマホみたいに処理落ちしちゃったんだろうね。

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