19――朝ごはんと佐奈の実家周辺へ
「ふわぁ……!」
早朝の新幹線だけあって、車内は私とミーナを含めて数人しか乗っていなかった。始発だしね、こんなに早く移動する人なんてそんなにいないよね。
ミーナは椅子の上に膝立ちになって、ものすごいスピードで後ろに流れていく景色を、とても楽しそうに眺めている。最初は靴のまま椅子の上に上ろうとしたので、慌てて靴を脱がせて靴下の状態にした。元々あちらの世界はアメリカとかの外国と同じで、家でも靴を履きっぱなしの生活らしい。そういう生活だったら、椅子の上に上る時は靴を脱ごうっていう慣習は不思議に思うよね。
他の人も座る椅子だから汚さないように気をつけようねと言うと、ミーナは目から鱗が落ちたような表情で『確かにそうですね』と納得していたからよかったけど。
おそらくミーナは王族という立場から誰かと物を共有する事もなければ、もしあったとしてもすぐにメイドさん達が掃除をして使えるようにする環境にいたのだと思う。違う環境や常識にいきなり完璧に適応できるはずもないのだから、これから一緒に行動する事で日本的な考え方を学んでいってもらえたらいいな。
2時間半ぐらいの旅程の半分ぐらい、ミーナは心地よい振動を感じながら眠っていた。朝起きたのが早かったからね、眠くなっても仕方がない。目的の駅に到着した頃には朝の8時を少し過ぎたところだったので、駅の構内にある飲食店で朝ご飯を食べることにした。
ミーナに食べたいものを聞いたけれど私に任せるという事だったので、お手軽なファーストフード店に決めた。お店の中に入って空いている席を見つけて、ミーナに座っていてもらう。ついでに荷物も席のすぐ側に置いて、既に私達が席を取っているというアピールをしておいた。
とりあえずサラダがあれば他は何でもいいとミーナがいうので、朝の時間帯限定で販売されているソーセージマフィンとハッシュドポテト、それと飲み物をふたり分購入した。もちろん頼まれたサラダも忘れずに買ってある、ファーストフードのものにしては見た感じ新鮮そうに見えた。
「はい、ミーナ。今日は朝からお疲れ様、まだここから普通の電車に乗らないといけないけど、ひとまず休憩しましょう」
「は……じゃなくて。うん、お姉ちゃん」
周りに他人の目があるからか、昨日お願いしたように敬語じゃなくてくだけた口調で返事をするミーナ。カップサラダをミーナの前に差し出すと、嬉しそうな表情でフタを開けてプラスチック製のフォークを突き刺して食べ始めた。けれども机が微妙に高いのか、ミーナが食べにくそうにしている。そこで私が出番とばかりに膝抱っこしようと立候補したのだけれど、残念ながら少し憮然としたミーナに却下されてしまった。
お風呂は最初から渋ってたけど、最近とみに世話を焼かれる事を嫌がるんだよね。『実はミーナに嫌われているのでは』と残念な気持ちになりながらも、おいしそうにマフィンを頬張るミーナを眺めながら私も食事をするのだった。
食事を終えて休憩やお手洗いを済ませて、地元に向けて今度は在来線で移動する。通勤時間の真っ只中なので、人の数もこれまでより多くなっている。ただ夏休みなので学生よりも、社会人の人達の方が多いかな。ミーナとはぐれないように手を繋いで、なんとか満員電車の中でスペースを見つけてそこに入り込んだ。
しんどいだろうにミーナに『大丈夫?』と尋ねると、笑顔で『平気だよ!』と返事をしてくれた。そのいじらしさにキュンとしながら、少しでもミーナが楽なように私の身体へともたれ掛けさせてあげる。ただ私も背が高くない方だから人混みに埋もれちゃうし、あんまり頼りにならないのが申し訳ないけれど。
40分ぐらいその苦行に耐えて、なんとか実家の最寄り駅に辿り着いた。ここからは徒歩だから、人混みに潰されるような事はない。ミーナにそれを説明して、ふたりで思わず安堵のため息をついてしまった。
「ここからはのんびり歩いていこうね、特に坂もないからしんどくないし、散歩みたいで気持ちいいよ」
私がそう言って歩き出すと、満員電車にストレスを感じていたミーナがパァッと笑顔になって頷いた。ふたりで手をつなぎながら歩き始めると、しばらくしてミーナが不思議そうに小首を傾げる。
「サナさんの自宅の近くに比べると、確かに植物が多いですね。それに建物の高さがあちらより低い気がするのですが、何故なんですか?」
やっぱりミーナは好奇心が強いんだね、他の人よりも周りをしっかりと見てるんだと思う。そうじゃないと普通気づかないもんね、すごい子だなぁと感心してしまう。この辺りは緑の多い街づくり特区になっていて、都会みたいに著しい高さのビルの建設は制限されているのだ。この先にある大きな公園を目的に、県の内外から訪れる人もいる。住んでいる私達としてはもう慣れてしまっているから、この光景が当たり前になっているのだけどね。
それを説明すると自分の故郷と私の自宅周辺を頭の中で比べてたのか、しばらく何かを考えるようにした後で小さく頷いた。
「確かにこの国は緑が少ないような気がしますね、頑丈そうで立派な建造物があるのは民としては安心でしょうが、植物がなければ人々は生きていけませんから」
周りに誰もいないからか、先程から私への口調が敬語に戻っているミーナ。それも相まってか、国を治める立場にいた人間特有の言葉の重さのようなものを感じていた。
ただ一言だけミーナに言いたい。ミーナはこの国の極々一部しか知らないでしょ、島国だけど結構広いんだよ。そう言うとミーナは照れたように笑うと同時に、もっと色々なところに行ってみたいと楽しそうに言ったのだった。
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