18――ミーナへの説明と帰省への出発


 ミーナに急な話だけどと話を切り出して、明日私の実家へと向かう事を伝えた。


「ジッカ……ナニ?」


「あ、ごめん。大事な話だから翻訳魔法を使ってもらってもいいかな? ほ・ん・や・く・ま・ほ・う!」


 実家という日本語の語彙がまだないミーナは、小首を傾げながらも頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。そんなミーナにも伝わるように一文字ずつ区切りながら言うと、理解できたのかミーナはそっと目を閉じた。


 すぐに目を開けたミーナが辿々しい先程までの言葉遣いではなくて、前に身の上を話してくれた時のように流暢に話しだした。最近はずっと片言のミーナとしか接していなかったからか、スムーズに言葉を話すミーナに違和感を覚えてしまう。そもそも見た目が幼女なんだもん、どちらかというと片言のミーナの方が自然に感じてしまうんだよね。


「ミーナ、魔力は大丈夫? 多分私の実家に行っている間は、ずっと翻訳魔法を使ってもらわなくちゃいけなくなるんだけど」


「大丈夫です。しばらく魔法を使っていなかったので、本来の魔力量の半分ぐらいは回復していますから」


 そう言えば6月に入ったぐらいには、もう全然翻訳魔法を使ってなかったね。毎日野菜も食べていたし、1日に回復する魔力量はわずかでもそれくらいにはなるのかも。


「ところでサナさん、実家とはサナさんの生家という事でよろしいですか? ご家族の方は住んでいらっしゃるのでしょうか」


「うん、そうだよ。私の両親と兄が住んでるの、もうひとり兄がいるんだけど、今はもう家を出て働いてるから今回はいないと思うんだけどね」


 でも上のお兄ちゃんは私が実家にいた頃は、必ず週末におみやげ持って帰省してたんだよね。もしかしたら、明日実家に帰ったら普通にいそうでちょっと怖い。


 私の家族の事は置いておいて、今回の帰省の目的をミーナに説明する。ミーナの日本語での受け答えも随分上達してきたので、そろそろミーナのこの国での立場をちゃんとしたいと思っている事。ただ私ひとりで考えていてもあまり具体的な案は浮かんでこないので、両親にも相談したい事も伝える。人脈とかも全然ないし、もしかしたら両親の繋がりで法律とか戸籍について詳しい人に頼れるかもしれないし。


「迷惑をお掛けして申し訳ないです、本当なら私ひとりでなんとかしなければいけない話なのですが……」


「迷惑な事なんて何もないからね、この世界にミーナがやってきたのは不可抗力でしょ」


「ですがこのように手厚く保護してもらう事自体が幸運で、本来ならスラムなどで泥をすすりながら生きていくのが当然だと思うのです」


「ないから! この国にスラムなんてないから、変な事を考えずに私のためにもお世話させてね。だってミーナが側にいないと心配で、何も手につかなくなっちゃうでしょ」


 とんでもない事を言うミーナにツッコミを入れつつ、後半は縋ってお願いするように言った。他の国ではその日の食事にも困る子供たちがいるのは事実で、日本にもご飯が満足に食べられない子達もいるそうだけど、少なくとも私の周囲にはそういう子はいない。せめてこうして縁が出来たミーナにはひもじい思いもさせたくないし、ちゃんとこの国に馴染めるようにサポートしてあげたい。


「いつかミーナがお嫁に行くまで、一緒にいてくれたら嬉しいな」


「……言っておきますけど、私は誰かに嫁ぐつもりはないですからね?」


 私の言葉にものすごく嫌そうな顔をしたミーナが、脱力したような口調で小さくそう呟いた。そっか、可愛くて将来美人さん間違いなしなミーナの外見についつい忘れがちになるけれど、ミーナは元男の子だった。そうなるとミーナがお嫁に行くのか、それともお嫁さんをもらうのかはわからないけれど、大人になっても繋がり続けていられたらいいなと思う。




 翌日は早朝にミーナを起こして身支度をして、片手には旅行用のキャリーを、もう一方の手でミーナと手を繋いで駅へ向かった。基本的に早起きなミーナだけど、今日はいつもよりも早いからしょぼしょぼとした目を擦っている。


 朝のひんやりとした空気を気持ちよく感じながら、いつもよりかなり人影が少ない駅の中に入る。始発だからね、チラホラと乗客はいるけれど数えるほどだ。


 ホームに電車が入ってくると、眠そうな顔をしていたミーナの顔が好奇心が溢れそうな表情で、食い入るように電車を見ていた。どうやら眠気は完全に吹き飛んだみたいだ、ずっと電車に興味があったみたいだもんね。今日は更にスピードが早い新幹線にも乗るのだし、ミーナにとっては楽しい1日になったらいいなと思う。


 目的の駅について、今度はいよいよ新幹線だ。在来線でも実際に乗車した時のスピードと揺れの少なさに驚いていたミーナは、今にも鼻息を荒くしそうになりながらも駆け出さずに私の手をぎゅっと握って隣を歩いている。


「新幹線楽しみだね、ミーナ」


「うん! さっきの電車より早いっていうのは信じられないけれど、サナさんが嘘なんて言うはずがないし」


 今日は翻訳魔法を使ってもらっているけれど、ミーナの外見と年齢で私にしっかりした敬語で話されると周囲の人に違和感を与えるだろう。そう考えて今日は敬語をやめてもらって、できるだけ気楽に話してもらうようにお願いしている。ミーナが頑張って意識して気安く話してくれているからか、いつもより子供らしくて微笑ましくなってしまう。


 インターネットで予約した乗車券を発券して、いよいよ新幹線が停車しているホームへとエスカレーターで上がっていく。


「わぁっ……!」


 新幹線の車両を見たミーナが、びっくりしたような嬉しそうな声をあげる。新幹線って在来線よりピカピカツヤツヤだし、何より車両がたくさん繋がって長いもんね。私にはただの乗り物でしかないけれど、子供にはどこかしら刺さる部分があるんだと思う。


 上ってきたエスカレーターがちょうど先頭車両に近かったので、ミーナを新幹線の前に立たせてスマホで記念写真を撮ってあげた。こんな風に色々なところに連れて行ってあげて、笑顔のミーナの写真がスマホの中にたくさん増えたらいいな。

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