16――試験勉強とミーナについて
季節は夏、そろそろ大学も夏休みに入ろうという頃。
私は残り少なくなったテスト期間をなんとかこなしながら、ミーナと毎日を過ごしていた。
「サナサン、ガンバレ」
隣で自分の勉強をしながら、片言の言葉でミーナも応援してくれる。2ヵ月ちょっとでこれだけ喋れるようになるなんて、うちのミーナってば天才かもしれない。
でも才能だけじゃなくて、それだけミーナが必死に頑張って勉強したって事なんだよね。努力家の上にかわいいなんて、将来は周りの男の子達が放っておかないぐらい魅力的な女の子になりそうだ。
そんなミーナもさすがに24時間ずっと家の中に缶詰にされているのはしんどかったみたいで、急に怒ったり何もない時に泣き出したりと精神的に不安定になっていた時期があった。そりゃそうだよね、休日は私もいるけど話し相手がはたったひとり、平日の大半の時間はひとりぼっちで留守番じゃしんどくなっても仕方がないと思う。
さすがにこのまま放置したらいけない事は私みたいな素人でもわかったので、休日にミーナを散歩へと連れ出すことにした。基本的には家の周りと近所にある小さな公園だけなんだけど、たまに駅前まで足を伸ばしてスーパーで一緒に買い物してみたりもした。
ミーナの天然できれいな金髪は目立つので、長い髪を編み込んだりしてまとめて、子供用のウィッグネットを使って黒髪のコスプレ用カツラを被せた。痛い出費だったけれど、ミーナの気分が沈んで辛そうにしているを見ているよりはいい。ヘーゼルの瞳はカラーコンタクトでどうにかできるとは思うけれど眼科で処方してもらわないといけないし、異物を目に入れなければいけないミーナの負担も大きいからやめておいた。
何故カツラについての知識があるかと言うと、高校時代の友達が演劇部に所属していて、よく手伝いに駆り出されていたんだよね。その時に舞台用のお化粧の仕方とかカツラの付け方とか、裏方の知識を教えてもらうことができた。舞台用のお化粧は普段のものに比べて濃いので日常的にする事はないだろうし、カツラを使うようなお洒落もするつもりはなかったので、高校を卒業してこんなに早く役に立つとは思わなかった。
外に出て気分転換するようになってミーナの情緒不安定はなりを潜めたのでホッとしたのだけれど、外に出た時にミーナの『あれは何?』という質問攻撃にさらされるようになって、私の方がちょっとまいりそうになったのは内緒だ。やっぱりこの子は好奇心がすごく強いみたいで、私にとっては当たり前の事ばかりのこの世界で、知りたい事を見つけるのがすごく上手だったりする。そんなミーナに付き合っているとなんだか私もこれまで全く気にしていなかった事を再発見できたりして、それが密かな楽しみになっている。
みやもたまに時間が空くと、うちにフラッと訪ねてきてミーナの話し相手になってくれた。やっぱり話し相手が私ひとりに固定されてたっていうのも、ミーナのストレスになっていたのかもしれない。
話し方や語彙なんかも人それぞれ違うから、日本語の勉強についてもみやはミーナの刺激になってくれたんだと思う。
そんなこんなで私が拾った時に比べると、翻訳魔法を使わなくても格段にミーナも自己主張ができるようになった。日本で生まれ育った5歳児に比べると辿々しいし語彙も少ないけれど、ミーナの意思を相手の人に伝える事は充分できるだろう。となれば、そろそろこのふたりで人の目から隠れ住む生活も終わりに近づいているという事である。
貯金もかなり減ってしまったし、私としてはこの生活を続けていたかったのだけれど、先立つ物がなければそれも難しい。絶対お母さんに叱られるし嫌だけど、実家に連絡を取る必要がある。お父さんとお兄ちゃん達が私にすごく甘いからと、お母さんは私にかなり厳しく接するんだよね。もちろん優しいところもあるけれど、家事を厳しく仕込まれたり習い事をたくさんやらされたりと、こう見えて実家にいた時は大変だった。
それでもミーナのためだもん、たかだか18歳の小娘がひとりで考えるよりも、家族にも相談して知恵を出してもらった方がいい。その方がきっとミーナにとってのこれからが、いい方向に転がっていくと思うから。例え、私とは別の場所で生活する事になっても。
「サナサン、ドシタノ? イタイ?」
これからの事を考えていたら勉強の手が止まってしまっていたみたいで、隣のミーナが心配そうに私を見上げていた。頼りなくとも大人の端くれである私が、ミーナに心配を掛けてしまうなんてちょっと情けない。そんな気持ちを気づかせないように笑顔を作って、ミーナのサラサラの髪をクシャクシャと撫でた。
「なんでもないよ、ミーナ。さて、勉強頑張らないとね。試験が終わったら、楽しい夏休みが待ってるんだから」
とにもかくにも、まずは試験を無事に終わらせなくちゃ。これで単位を落とそうものなら、それこそお母さんに雷を落とされそうだもん。
気合を入れてシャーペンを握ると、自分が書いたノートと教科書に向き直して試験勉強に取り掛かるのだった。
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