15――これまでの日常とは違う、これからの日常のはじまり
週が明けて月曜日、今日からまた学生生活が始まる。私は早起きして朝食とミーナの昼食を作ってから、ミーナを起こしに行った。
昨日はお互いの事をよく知るために色々と雑談をしていたのだけど、あちらの世界でのミーナは結構寝起きはよかったらしい。でもこちらの世界に来てからのミーナは、声を掛けてもなかなか起きないので体を揺らして、それでもダメなら無理やりに上半身を起こすと諦めたように目を覚ます。
寝起きが悪くなった原因は女の子になったからなのか、それとも空気の中に魔力が含まれていないからなのかはわからないけれど、もうちょっと寝起きがよくなってくれると助かる。
眠そうに目をくしくしとこすっているミーナの髪をブラシで梳いて、みやが買ってきてくれた普段着に着替えさせる。うーん、もうちょっと買い足した方がいいのかな、トップスとスカートとかジーンズとか着回しができるものが欲しい。みやが選んだTシャツとセットになっているシフォンワンピはかわいいけど、これは外出着にしたい。サロペットなんかもいいかも、上だけ変えたら毎日印象変わるもんね。
着替えが終わったら一緒にご飯を食べて、冷蔵庫の中にお昼ごはんが入ってるからレンジで温めるように指示する。何かあった時に連絡手段として携帯電話があった方がいいのかも、でもこれ以上の出費はキツイ。同年代の子達に比べたら多めに仕送りをもらってるけれど、女子大生をやっているとなんだかんだと出費がかさむのだ。
使い古しの子供用ケータイでもあれば、格安スマホを契約してミーナに渡せるのにね。誰かお古持ってないかな。これについては、後日に要検討だね。
食事をしながら今日は魔力が回復したのかどうかを聞いてみると、ミーナはこくりと頷いた。やっぱり野菜が回復のカギなのかな、一度野菜を食べない日をつくって検証してみたらどうかと提案すると、ミーナがしょんぼりとしてしまった。よっぽど好きなんだね、野菜サラダ。
食事が終わるとミーナには先に歯みがきをしてもらって、私は洗い物を済ませておく。さすがに夕方まで放置するのは衛生的に気が引けるし、正直なところ帰ってからのひと仕事が増えるのは面倒だから。私も顔を洗ってから自分の着替えやら軽い化粧やらを済ませて、大学に行く準備は完了だ。
「じゃあミーナ、私がいない間にミーナがする事は?」
「誰かが訪ねてきても返事したりドアを開けたりしない、お昼ごはんはレンジで温める、あまり無理せず日本語の勉強をする」
私が昨日こんこんと言い聞かせた事を、指折り数えつつ思い出しながら言うミーナ。その答えに満足して頷くと、しゃがんでコツンとミーナのおでこに自分のおでこをくっつけた。
「ずっと家の中にいたらストレス溜まるだろうけど我慢してね、色々な事をちゃんとして外に出ても大丈夫になったら、あちこち連れて行ってあげるから」
「大丈夫ですよ、サナさん。むしろ迷惑を掛けているのはこちらなんですから、気に病まないでくださいね」
頬を赤くしつつ言うミーナがいじらしくて、最後にぎゅっと抱きしめてから『いってきます』と部屋の外に出た。ミーナのいってらっしゃいの返事を聞いてからドアを閉めて、私は駅に向かって歩き出すのだった。
学校で友達と会って、講義を受ける。他愛ない話をして、授業と授業の間に長い空き時間があったら、大学内にあるカフェでお茶を飲んだりして過ごす。
ミーナと出会って過ごした先週末が、まるで嘘みたいないつも通りの日常だった。でも実際にミーナは私の家にいて、自分が今できる事を頑張っている。なら私もちゃんと自分がやるべき事、例えば大学での勉強を頑張らなくちゃ。自分で選んだんだもの、しっかりしないと。
今日の講義を全部受け終わって、友達の遊びの誘いを『用事があるから』と断って駆け足で大学の敷地を出た。ミーナの服を見て、スーパーで買い物をして帰らないと。なるべく早く家に着くようにしないと、留守番初日のミーナが寂しがってるかもしれないし。
土曜日にみやに行ってもらった赤松本舗に行くために、電車に乗って移動する。私の服のコーディネートはほとんどがみやにやってもらって、私自身はあんまりおしゃれとかに頓着しないから簡素な服で気楽に過ごす事が多い。今日はおしゃれ着じゃなくて普段使いするための服をいくつか買うだけだから、私のセンスでも大丈夫なはず。まだミーナを外に出す訳にはいかないのだし、外に出るための可愛い外出着を買い足す必要はまだないだろう。
そんな事を考えながらお店の中を物色して、動物とかキャラクター物のイラストがプリントされたTシャツとか、ゆったり履けるショートパンツを買った。多分みやにはいつも通りに『クソださセンス』とかからかわれるんだろうけれど、これでいいんだ。ミーナだってひと目見て女の子用の可愛い服よりも、こういう男女兼用な物の方が気楽に着れるだろうしね。
最寄り駅を下りて、いつも使っているスーパーへ向かう。パスタなら簡単に作れるしソースもレトルトがあるから、それでいいかな。学校がある日はミーナには申し訳ないけれど、どうしてもこういう簡単なものになっちゃいそう。ごめんねミーナ、と心の中で謝っておこう。その代わり、野菜サラダはちゃんと買うからね。今日はもやしも買っちゃおう、茹でてサラダに足したら食感もプラスされるしいいんじゃないかな?
エコバックに買った物を詰め込んで、早足で家路を急ぐ。ちゃんと留守番できてるかな、本当なら慣らして様子を見てから留守番をお願いしたかったんだけど。ぶっつけ本番で、何か困った事が起こっていないか不安に思いつつ、自分の部屋の鍵穴にカギを差し込んだ。
ドアを開ける前にトタトタと軽い足音がしたので、ミーナにぶつからないように気をつけながらドアを開けると、にっこり笑顔のミーナが立っていた。なんか、誰かに出迎えられるのって久しぶりで、なんだか泣きそう。もしかしたらひとり暮らしを始めて、少しホームシックだったのかもしれない。
勝手に潤んだ瞳を見せない様にかがんでミーナを抱きしめながら、ミーナの耳元でただいまと呟いた。
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