14――みやからの電話


 お昼ごはんを食べたら、ミーナは昨日と同じように目をショボショボとさせて眠そうにしていた。あまり根を詰めて無理をして勉強しても、結局効率は落ちると思う。


 だから明日から私がいない間にお昼寝をする練習として、ひとりで歯みがきをしてベッドで眠ってもらう事にした。リビングのソファーでもいいんだけど、これから掃除機をかけたりしてうるさくするつもりなので起こしちゃったら可哀想だしね。踏み台を使って私の説明通りに歯みがきを終えたミーナは、眠気でフラフラとしながら私の部屋へと歩いていった。


 少し時間を置いてからの方がいいのかなと考えながら、とりあえずお昼ごはんに使ったコップやミーナのフォークとスプーンを洗う。布巾でテーブルを拭いて、そろそろいいかなと掃除機をかけていく。そう言えば洗濯物も結構溜まってたよね、ミーナの服もあるし洗っておいた方がいいかも。


 そんな風に思いつくまま家事をして一段落すると、少し休憩しようとリビングのソファーに腰掛ける。スマホで通販サイトやSNSなどを見ていると、手の中でスマホがフルフルと震え始めた。みやの顔写真と緑と赤のアイコンが表示されていて、私は迷わず緑のアイコンをタップした。


「もしもし、みや?」


「うん、昨日ぶり。ほら、今日からミーナちゃんと話ができなくなるって聞いたから、どうなったのか気になってね」


「心配してくれてありがとうね。実はね、今日もミーナと言葉が通じてるの。よくわからないけれど、今日も目が覚めた時に魔力が回復してるのがわかったんだって」


 私がそう言うと、みやは電話の向こうで怪訝そうな声をあげた。私の予想としては生野菜のサラダがミーナには甘くて美味しく感じるみたいなので、もしかしたらそれが魔力を回復させている原因じゃないかという事を伝えると、みやもそれには同意してくれた。


「食べ物から何某なにがしかの力を回復させるっていうのは、創作物でよく使われる方法だよ。ファンタジー小説なんかでも、そんな設定をいくつも見掛けた事があるからね。栄養素みたいに口から体に入れたものが、身体に吸収されて作用するのは当然の事だもの。ビタミン剤飲んだら肌荒れが治ったり、ローヤルゼリー飲んだら疲れにくくなるみたいなのと同じよ」


「だとすると、やっぱり野菜には魔力が含まれてるのかな? でも生まれてからこれまで、誰かが魔法を使ったなんて話は聞いた事がないけど」


「全然根拠のない思いつきだけど、やっぱり制御する訓練とかがいるんじゃない? 私達はそんなのした事がないから、食べ物から取り込んだ魔力を汗とか息なんかと一緒に、体の外に出してるのかもよ」


 みやの推理に、私は思わず心の中でおおーっと感心してしまった。ミーナは魔法がある世界から来たんだから当然制御の仕方も学んでいるし、もしかしたら体の中に魔力を留めておく方法なんかも知ってるのかもしれないよね。


「それはともかくとして、魔力が回復するならわざわざ日本語勉強しなくてもいいじゃん。ミーナちゃん、明日から留守番中にやる事あるの?」


「それがね、ミーナは真面目だから。ずっと翻訳魔法で魔力を消費するよりも、他の魔法を使わなきゃいけない時のために魔力を温存しておきたいんだって。だから日本語はちゃんと勉強するって、今日の午前中もひらがなの書き取り頑張ってたよ」


 私がミーナの様子を思い出しながら話すと、スマホの向こう側から微笑ましそうに笑うみやの声が聞こえてきた。


「でも、ミーナちゃんの言う通りだよ。何が起こるかわからないんだから、備えは大事だと思う。佐奈も何かあったらすぐに電話して来なね、なるべく駆けつけるから」


 なるべく、っていうところがみやっぽくて吹き出してしまう。でもそれは気軽に何でも言ってこいっていう、みやの優しさなんだよね。ありがとうってお礼と、そっちも何かあれば連絡してねって言って電話を切った。あ、みやは言わないだろうけれど、うちの家族にミーナの事について言わないでねって口止めするの忘れてた。


 こういうのは思い出した時に言っておいた方がいいと思って、メッセージアプリでお願いしておいた。するとすぐに返事が返ってきて、『言うつもりはないけど、言い難くなる前に話した方がいいと思うよ』と承諾と忠告が一緒に返ってきた。それは重々わかっているのだけど、今のミーナの状態だとまだ言えないよね。せめて片言でも日本語で会話が成立するぐらいになるまでは、私ひとりでミーナの生活を守らないと。


 しばらくして起き出してきたミーナは、再び勉強を始めた。あんまり最初から根を詰めすぎるのもよくないと思いつつも、せっかくのミーナのやる気を削ぎたくないので、ミーナに留守番を頼んで夕ごはんと明日の分の買い物に行く事にした。一応念のために外に出ないように言うと、ミーナは素直に頷いた。もちろん誰が訪ねて来ても開けなくていいしむしろ居留守を使って欲しいと言うと、何故だかミーナは真剣な表情で『はい』と返事をした。


 不安にさせちゃったかな? 危険な事は何もないよと安心させるように微笑むと、ミーナもホッとした笑みを浮かべてくれた。そんなミーナに見送られて、私は買い物に出かけるのだった。

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