12――魔力回復のヒント(予想)とひらがなの練習


 テーブルで朝ご飯を食べながら、私は今日の予定を考えていた。本当なら今日はもうミーナの魔法が切れて言葉が通じなくなっていたはずだから、1日掛けて家の中のアレコレの使い方を教えようと思っていた。もちろん火が出るものとかは危ないから、使い方じゃなくてそもそも触らないように教えるつもりなんだけどね。


 それが嬉しい誤算で今日も言葉が通じる状態で過ごせるのだから、大幅に短縮できるはず。その時間でミーナに日本語の勉強の仕方を教えてあげよう、多分ミーナは向こうの世界で跡継ぎの王子様だったから勉強もたくさんしてきただろうし、自分なりの効率のいいやり方があるかもしれないけどね。もしそうならミーナのやりやすい方法で勉強してもらえばいいや、こういうやり方もあるよっていう従来の方法がうまくいかなかった時の選択肢になればいいかな。


 目の前で食パンにジャムを塗るミーナは、どうやらこちらの食材の味を気に入ったのか、ずいぶんと嬉しそうだ。小さなお口を一生懸命に開けて、食パンにかじりついている姿になんだか癒される。小さい子が一生懸命に何かをしてる姿ってかわいいよね、それが美少女ならなおさらだと思う。


「あれ、ミーナ。今日はサラダにドレッシング掛けないの?」


「何もつけなくても充分甘くておいしいですから、食べ比べてみたらそのままの味の方が好みでした」


 昨日まではドレッシングを掛けていたのに、今日はそのままになっているサラダを見て私が聞くと、ミーナはふにゃりと笑いながら答えてくれた。


 そう言えば昨日もミーナは生野菜のサラダを甘くておいしいって言ってたよね、確かその時は日本の野菜はよりおいしくなるように品種改良されてるからだと思っていたんだけど、もし違う要因があったとしたら……?


「ミーナ、魔力が回復した理由って……もしかして、それじゃない?」


「……ふぇ?」


 口の中でサラダを咀嚼していたミーナが、気の抜けたような声で返事をした。もしかしたら他の要因があるのかもしれないけれど、これまでの食事で言えばサラダ以外は調理されていて、生でそのまま出されているものはサラダだけだった。加熱したりすると魔力って栄養素みたいに抜けるのかな? 昨日まではドレッシングを掛けていたから、調味料を加えるだけだと大丈夫ってことなのかな?


 もぐもぐと口の中のサラダをよく噛んでからゴクリと飲み込んだミーナは、『可能性はありますね』と頷いた。ただ私達ふたりのどちらも正解を持っていないので、これから検証していこうという事で話はまとまった。でもサラダを食べ過ぎると体が冷えてあまり良くないので、量は加減する必要はあるんだけどね。


 食事を終えて洗い物を済ませると、ミーナの服を着替えさせる。文句のひとつも言わずに女の子用の服を着てくれるミーナをいい事に、今日はワンピースを着せた。上着とスカートがセパレートしてないからお腹が出る事もないし、ミーナも気楽に過ごせるんじゃないかな?


 子供用の小さな歯ブラシに苺の甘い香りがする歯磨き粉を付けて、膝枕で歯を磨いてあげた。ミーナはすごく恥ずかしがって遠慮してたんだけど、磨かないと虫歯になるからね。やり方を教えつつ昨日の分もしっかりと汚れを落とした。ついでに耳かきもしてあげたんだけど、終始ミーナの顔が真っ赤で耳まで赤くなってたのがかわいかった。元王子様だし、こういうスキンシップをあんまりされなかったんだろうね、恐れ多くて。


 結果は大きいのがごっそりと取れて、恥ずかしがっていたミーナも終わった後はすっきりした表情を浮かべていた。何故末っ子の私が小さい子の耳かきが得意になったかというと、お正月の親戚達が集まる場で子供たちの面倒を見る係だったから。何人もの子供たちの耳をきれいにしていたら、どんなに不器用でも上達するというものだ。特に年上の従姉妹のお姉さんの娘、私からすると従姪(いとこめい)が特に懐いてくれてて、あの子が一番練習台になってくれてたなぁ。


 それでは早速ミーナに日本語の勉強を始めよう、まずはひらがなの書き取りからだ。日本語にはひらがなとカタカナというふたつの表記があって、音は一緒なのだけど基本はひらがなを使ってカタカナは外国の言葉の単語を表記する時などに使うという説明をした。


「それは全部ひらがなだと駄目なのでしょうか?」


「勉強して読み書きできるようになったら実感すると思うけど、ひらがなだけの文章ってすごく読みにくいの。カタカナを入れる事によって外国の言葉を表したり、言葉の印象を柔らかくしたり逆に強調したりもできて、読み手に書き手の意図がわかりやすくなるんだよ」


「……使われている文字がふたつもある方が混乱して、読みにくいと思うのですが」


 不思議そうに小首を傾げながらも、それを飲み込んでミーナは『あ』の文字を見本を見ながら書き取り始めた。ミーナがどれだけ言ったところで、日本語の在り方を変える事はできないもんね。それなら素直に覚える方に集中した方が効率がいいと判断したのかもしれない。


 とりあえず10個書いたところで『ここをこうした方がいいよ』と修正点を伝えて、ミーナがさらにノートに書き込んでいく。休憩を挟みながらお昼前まで続いた勉強は、ひらがなを半分ほど練習したところで終了することになった。あんまり根を詰めてもしんどいと思うしね。

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