10――夕ご飯とお風呂


 ご飯が炊けたのでミーナの勉強を中断して、夕ごはんの準備をする。プレートにサラダを盛って、レトルトのハンバーグを湯煎すると同時に目玉焼きを焼く。


 みやが買ってきてくれたプラスチック製の子供用お茶碗を洗って、ご飯をよそった。朝はミーナにミネラルウォーターを飲んでもらったのだけど、お水ばっかりじゃ味気ないかな。みやが買ってきてくれたジュースもまだ残ってるけれど、ご飯にジュースじゃ合わないよね。


 お水かほうじ茶のどちらがいいか、本人に聞いてみたらお水でいいとミーナは言った。お茶碗と同じくプラスチック製のミーナ用のマグカップにミネラルウォーターを注いで、私はほうじ茶にすることにした。


 リビングのテーブルを拭いて食器も運び終えて、ミーナと並んで座る。私が手を合わせていただきますと言うと、ミーナは組もうとしていた両手をピタリと止めて小首を傾げた。


「サナさん、朝も思っていたのですがその挨拶はこの国では一般的なのですか?」


「うん、この国では多分ほとんどの人がご飯の前にはこう言ってから食べると思うけど……どうして?」


「もしかしたら、私もサナさんやミヤコさん以外の人の前で食事をする事があるかもしれません。その際に私が普段行っている神への祈りをしては、目立ち訝しがる視線を受けるでしょう。ならばこの世界に迷い込んだ私が、こちらの世界の作法に合わせるべきだと思ったのです」


 しっかりと私の目を見ながらそう言ったミーナを見て、自分が大変な目に遭っているのにそれでも自分にできる事を考えているその強さに、きゅうっと胸が締め付けられるような気がした。


 私は普通のなりたて女子大生だから荒事は全然ダメだけど、私も自分ができる事をして一生懸命でかわいくて賢いこの子を守ってあげたい。これまでもそう思っていたけれど、更に強く決意した。


「サナさん?」


「あ、ううん。何でもないの、それじゃ一緒にやってみようか」


 きょとんとした様子のミーナに呼ばれて、考え事をしていた私の意識が現実に引き戻される。取り繕うように笑って手を合わせると、ミーナもそれを真似てパチンと自分の両手のひらを合わせた。


 声を合わせて『いただきます!』と唱和して、ミーナはさっそくフォークを握って食事を始めた。私もはしたないけれどグーッとお腹が鳴ったので、箸でハンバーグを切り分けて口に運んだ。


 ミーナの気持ちを汲むなら、子供用の矯正箸を買ってあげた方がいいのかな。もうちょっと幼かったら先が丸いフォークとスプーンでも違和感はないけど、5歳ぐらいになったら大抵箸を使っていた記憶がある。あくまで私の家や同い年の子達は、という事で全員そうだと言ってる訳ではないけれどね。


 子供にしてはお行儀よく品を感じさせる所作で、ミーナはもしゃもしゃとサラダを食べる。朝もそうだったけど、この子野菜が好きだよね。あまりに美味しそうに食べているものだから、思わず口から言葉が飛び出ていた。


「ミーナは野菜が好きなの?」


「どちらかと言うとお肉の方が好きだったのですが、こちらの世界に来てサナさんに出して頂いた野菜はとても甘くて好きになりました。すごく美味しいです!」


 言葉通りに美味しそうに食べているミーナを見ると、それが本音だという事が強く伝わってくる。でもそんなに甘いかな? 食べ慣れているからか、いつもと同じ味に感じる。


 もしかしたら日本で食べられている野菜は品種改良されているから、同じような野菜でもミーナには甘く感じるのかもしれない。まぁ、美味しく食べてくれてるなら良い事だよね。


 幸せそうに食事をするミーナを見ながら、私もいつもより美味しく食事を済ませる事ができた。ひとり暮らしを始めてからひとりぼっちの食事が多かったから、この部屋で誰かと一緒に食べる食事が楽しかったからかもしれないけれどね。




「ミーナ! ほら、早く来ないと風邪引いちゃうよ」


 先にお風呂場に入ってシャワーの水がお湯になったのを確認していたんだけど、いつまで経ってもミーナが現れない。どうしたのかなと小首を傾げていると、何故か両手を自分の目の上に置いて目隠ししているのが不思議だ。今にも足を滑らせて転びそうなので手を下ろすように言うと、今度はぎゅっと目を瞑ってしまった。どうしたのかなと思いつつも、風邪を引いたらいけないのでミーナに近づき手を引いて、シャワーの傍に連れてきた。


「サナさん、私はひとりで入れますのでどうか! どうか御身を大事にして頂きたいのです!!」


「御身って、私はただの平民だよ? むしろミーナの方が王族だったんだから、私にお世話されてお風呂に入るのが当たり前じゃないの?」


「女性王族は侍女に体を磨かれますが、男性王族は基本ひとりで入ります! もしも他の者の手を借りなければならない時は侍従か侍女にも頼みますが、あくまで服を着たままですし今のサナさんのように何も身につけずに異性と湯を共にするなどありえません!」


 顔を真っ赤にしながら必死にそう言うミーナには申し訳ないけれど、叱られているのに可愛いミーナの姿に身悶えそうになる。確かにあちらの世界ではミーナは王太子だったのかもしれないけれど、今は幼い女の子で同性なのだから構わないのにね。これからしばらく一緒に入ってたら、ミーナも段々慣れてくれるかな?


 とりあえず目をキツく閉じてくれているのは好都合なので、そのままでいてねとお願いしてミーナの長い髪をシャンプーする。最初は泡立たなかったけれど、二度目三度目と繰り返すと泡の色も白のままで黒く汚れる事もなくなった。泡をキレイに洗い流して、今度はコンディショナーをなじませていく。自分用のコームを使ってミーナの髪を梳いてから、しっかりと濯いでいく。すると洗う前もキレイに見えていたミーナの髪が、神々しく光り輝いているかのようにツヤツヤになっていた。もしかしたらミーナが住んでいた世界は、天使が住む場所だったのかもしれない。なんておバカな妄想をしているくらい、神秘的に見えた。


 顔や体も泡を作って、私の手で磨き上げていく。あんまり何度も洗うのはよくないので二度だけにして、ある程度汚れが落ちた頃にはくたびれたのかミーナがぐったりとしていた。


 一緒にバスタブに入ると、入浴剤で色がついたお湯に好奇心がくすぐられたのか、少し元気になったミーナにちょっとだけホッとする。あんまりお風呂で顔を真っ赤にしていると、血圧が高くなりすぎて体調を崩しそうだし、早く慣れてくれたらいいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る