05――話の前の準備と突然のミーナのカミングアウト


「はい、どうぞ。ミーナはオレンジジュースを入れてきたよ、おかわりもあるから空になったら言ってね」


 リビングのテーブルにクッキーが入ったボウルと、飲み物をそれぞれの席に置く。ミーナはお礼を言いつつもストローが気になるのか、指でつついたり蛇腹部分を触ったりしている。


「もしかしてミーナの世界にはストローってないのかな? 見たことない?」


「はい、これはどういう用途で使うのでしょう? 混ぜるのでしょうか」


 小さな手でストローを使ってオレンジジュースをくるりとかき混ぜる度に、カランカランと氷同士がぶつかる音が聞こえてくる。確かに混ぜる時に使う事もあるけれど、口を付けて吸うものという発想は出ないみたいだ。世界が違えば常識や道具も違うのかな、こちらの世界では紀元前のはるか昔から使われていたと聞いた事があるから、きっとミーナの世界にもあると思っていたのだけど。


 とりあえず使い方を教えるために、ミーナのグラスに顔を寄せる。口で説明するより、一度見せた方がわかりやすいよね。


「こうやって使うんだよ、見ててね」


 ストローの吸口側に口を付けて、少しだけ吸って見せる。ほんの少し口の中を湿らせるぐらいの量のジュースが口に入ってきたところで、すぐに吸うのをやめる。こうやるんだよ、とミーナの方を見ると、何故か彼女はほっぺを真っ赤にして私をジッと見ていた。


「あ、私が咥えたのじゃイヤだよね。新しいのに変えるね」


「いえ、サナ様! 大丈夫です、このままで大丈夫ですから!!」


「そう? それよりも、その佐奈様っていうのはやめてほしいな。私はただの大学生だし、別の世界とは言え一国の王女様に様付けされるのはおかしいよ」


 ずっとミーナが自分を様付けで呼ぶのが気になっていたのだ、これはいい機会だと指摘する。できればお姉ちゃんとか呼んでもらった方が外に出掛けた時に、他の人に不自然に思われなくていいのかもしれないけど、会って1日経ってない自分の事を姉呼ばわりするのは目の前の幼い女の子には難しいだろう。いや、見た目と比べて魔力がわずかに回復してからの口調はずいぶん達者だとは思うけれど。


「でもサナ様は私の命の恩人ですから、様付けでも違和感はないと思いますが……」


「ミーナには考えられない事かもしれないけれど、私達の世界には身分制度がないのよ。様付けされるのは基本的に国の象徴である皇族の人達ぐらいか、たまに芸能人の愛称なんかにも使われるけど一般人に様付けはおかしい事なんだよ」


 ミーナの反論に、みやが苦笑しながら諭すようにこの世界の常識を解説してくれた。見た目外国人の女の子に様付けされてるなんて、他の人に見られたら女同士だとしても警察に通報されるかもしれない。だから呼び捨てか、せめてさん付けにしてほしいという願いを込めてこくこくと頷いた。


「……わかりました、サナ、さん」


 どことなくしょんぼりしながら頷いたミーナの姿に罪悪感を覚えるけれど、仕方ないよね。ことわざの『郷に入りては郷に従え』を実践してもらおう、逆にもし私が世界を超えてミーナ達の国に飛ばされていたなら、きっと私の方がその国の常識に寄せられるように努力していたはずだもの。


「ところで、あなたは一体?」


「ああ、そう言えば名乗ってなかったわね。佐奈の幼なじみで親友の佐々木京よ、佐々木が家名ね。ミヤコと呼んでくれたらいいわ」


「なるほど、サナさんの親友の方なのですね。よろしくお願いします、ミヤコさん」


 何故だか淡々という感じに、ふたりは軽く自己紹介を済ませた。私にはもうちょっと感情を見せてくれるのに、みやには無表情なミーナを見ているとちょっと寂しい。でも仕方ないのかな、知らない世界にやってきて倒れていたところを拾った私と、その親友であるみやだとミーナの中では信頼度が違ってもおかしくないし。


 きっとこれから会う機会も増えるだろうし、仲良くなってくれたらいいんだけど。なんだかふたりの間に挟まれてるみたいで、ちょっぴり気を遣ってしまう。


「ミーナ、魔力の残量は大丈夫そう? 魔法が使えなくなる前に言ってね、お話は今日全部しなきゃいけない訳じゃないんだから」


「はい、お気遣いありがとうございます」


 お礼を言ったミーナは、何かを決意したように顔をあげて私とみやを見た。どうしたんだろう、確かにミーナの事情やこの世界に飛ばされる前の話なんかは聞かないといけないけれど、でも無理に聞き出すつもりはない。話したくなった時に話してくれたらいいかなと思っている事を伝えたら、ミーナは目を潤ませながら再びお礼を言った。


「まず、サナさんとミヤコさんには謝らなければいけません。私は先程自分の事を王女だと自己紹介しましたが、実はあちらの世界での私は男だったのです。それと、このように幼い子供ではなく成人を済ませた18歳でした」


 突然の告白に、私は思わず目を白黒させてしまった。だってどう見たってミーナは幼女だし、トイレで見たけど男の子のはついてなかったもの。もしかしたら魔法で見えなくしていたのかも、そう思い至った私はミーナに立ってもらうと着ている私のTシャツの裾を勢いよく捲り上げた。

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