06――ミーナの事情
あ、しまった。さっきみやに下着を買ってきてもらったのに、履かせるの忘れてた。シャツを捲り上げた先には、幼少期の私と殆ど同じだった。決して兄達みたいな男の子特有の物がくっついていたりはしない、それなのにミーナが自分を男の子だというのはどういう事なのだろう?
「あ、あの……サナさん?」
うーんと頭を悩ませているとミーナの声が聞こえて顔を上げると、そこには顔を真っ赤にしたミーナがシャツを下ろそうとしているのだけど、力は私の方が強いから下ろせなくて困っているみたいだった。慌ててシャツの裾を下ろして、苦笑しながら『ごめんね』と謝っておいた。ついでにパンツとスカートを履かせておくのも忘れない。お腹が冷えたら可哀想だからね。
「何故そんなウソをついたの? 今の状況だと、下手をしたら今後何を言っても信用されなくなるリスクがあったのに」
急に視線を鋭くしたみやが、ミーナに尋ねた。その詰問するような言い方に口をはさもうとしたのだけれど、視線でみやに止められた。長い付き合いだから、こういう視線の時は『黙っていなさい』という事を言いたいのだとわかる。
「……若返りと性別の転化、これは魔法が当たり前にある私達の世界でも夢物語です。それを話したところで、おそらく信じてもらえないのではないかと考えたからです」
答えたミーナの目を、みやがジッと見つめる。まるで嘘はひとつも見逃さないぞと言わんばかりの鋭い視線だったけれど、しばらくすると普段どおりの視線に戻してため息をついた。
「嘘はついてないと思うから信じるわ、それに男の子が女の子になったっていう話は未だに疑わしいけれど、若返りの方は信じざるをえないわね。そんなにしっかりと自分の意見を流暢に話す子が、普通の5歳児な訳がないじゃない」
呆れたように言うみやの言葉に、私はこくこくと頷いた。たしかにそうだよね、ミーナがしっかりしてるからだと思っていたけれど、自分が5歳だった頃なんてミーナに比べるとすごく幼稚だった覚えしかない。
それはともかくとして、仕切り直すようにコホンと咳払いをしてミーナは自分の身に起こった事を話してくれた。普通なら信じられないけれど、ミーナ曰く生まれ育った世界では王太子という身分だったらしい。彼の両親が統治する王国はカーナルスン王国という国名で、小さな国だけど資源も自然も豊かで非常にのどかなところだったそうだ。代々国民達と和気あいあいと暮らしていた彼らだったけれど、ある日突然大国である帝国が侵略してきたんだって。
「我が国の貴族に野心を抱く者達がいて、帝国の前皇帝の頃から侵略の種は蒔かれていたそうです。小さな小国の一貴族で終わるよりも、大国で要職にと言われれば心揺れる者もいるでしょう。彼らは仲間を増やし帝国の軍を引き入れ、そしてクーデターを起こしました」
硬い表情でそう言ったミーナは、作ったように笑みを浮かべた。それが痛々しく思えて、これはきっと本当にあった話なんだなとすんなりと信じる事ができた。
「側近達が私を庇って斬り殺され、私も必死に抵抗しましたが多勢に無勢でした。敵の剣が私の体に何本も突き刺さって血と共に熱と力が抜けていき、最後の記憶は私の首を落とそうと帝国側の魔導士が風の刃の魔法を私に放ったところです」
『ごめんなさい、女性にこのような血なまぐさい話をしてしまって』と頭を下げるミーナに、何と言葉を掛ければいいのかまったく思いつかなかった。思わずみやの方に視線を向けると、彼女も戸惑ったような表情でこちらを見ていて、意図せず顔を見合わせてしまった。
「……こっちこそごめんね、辛い話を聞いちゃったね」
聞かなければいけなかったとは言え、辛いことを話させてしまった罪悪感から、私はそっと隣に座るミーナを抱き寄せた。彼女は自分を男だったと言うけれど、私にとっては昨日会ったばかりの女の子にしか見えない。異なる世界の話とは言え、故郷を他の国に侵略されて仲間を殺されて自らも死に追いやられて、更にこの世界の幼い女の子として存在しているこの状況は気の毒を通り越して不幸としか思えない。少しでも力になってあげたい、それが今の私の偽らざる気持ちだった。
「ミーナちゃんはさっき、最後の記憶は敵に魔法で殺されたところだって言ったわよね。じゃあ、何故私達の世界にこうして女の子として存在しているのかは、全然わからない?」
「ごめんなさい、ミヤコさん。おそらく魔法によるものだと思うのですが、予想に過ぎず確信は持てません。この状況に一番困惑しているのは、私自身だと思います」
申し訳なさそうな表情で、それでいてきっぱりとミーナはみやの質問に答えた。それはそうだよね、この世界になくてミーナの世界にあるものでパッと思いつくものは、魔力と魔法しかないもの。それが関係しているのかもと予想は付けられるけど、あくまでそれは憶測でしかないというのは私にでもわかる。
それに今話し合うべきなのは何故こうなったのかではなくて、これからどうするのかだろう。世界が違うという事は常識も生活様式も何もかも違う、現に先程ミーナはストローを見たことがない様子だった。逆にあちらにあってこちらにはない道具なんかもあるのだろう、まったく知らない世界をこれから生きていかなければいけないミーナにとっては、違う性別で幼い姿になったのは不幸中の幸いなのかもしれない。
「だって、幼ければ無知も許される事が多いと思うんだよね」
「ん? どうしたの、佐奈」
「ううん、これからの事を考えてたの。だって原因について考えていても起こっちゃった事はどうしようもないし、しばらくは……もしかしたら死ぬまで、ミーナはこの世界で女の子として暮らす事になるかもしれないんだもん。だったらこれから先どうするのかを考える方が、きっと建設的だよ」
こんな事をはっきりと言ってしまったら、ミーナを傷つけてしまうかもしれない。でもぶっちゃけた話、こうしてスムーズにミーナと意思疎通ができるのは、今日だけかもしれない。何故魔力が存在しないこの世界で、空っぽだったミーナの魔力がわずかでも回復したのかはわからない。もしかしたら回復手段があるのかもしれないけれど、まったく門外漢の私とこの世界について何も知らない幼女のミーナでは探すのも簡単じゃないだろう。
だから今後の方針を決めたり、この世界の常識をミーナに教えたりしたいとふたりに告げると、彼女達はこくりと頷いてくれた。
「佐奈はさ、国家権力にミーナの事を任せるって事は考えてないの? 入学したての女子大生には荷が重い話だと思うよ、正直な話ね」
みやはジッと私の目を見て、真剣な声で言った。それは重々理解はしているけれど、多分警察も児童相談所もこんな荒唐無稽な話は与太話としてしか聞いてくれない。日本の事を何も知らない、翻訳魔法が切れたら言葉も通じない外国人の幼女。その末路は火を見るより明らかだ、日本は法治国家なのだからそれも正しいことなのだろうけれど私はそんな未来は認めたくない。
それにミーナの事は一度懐の内に入れたのだからどういう結末であれ、彼女が落ち着くまで見届けたい。ここで知らんぷりができるなら、元々あのゴミステーションで彼女を見掛けた時に見て見ぬふりをしているだろう。そう私がみやに答えると、彼女は仕方がないなぁという表情で苦笑を浮かべた。
「そうよね、昔からおせっかいというか困ってる人を見過ごせないのが佐奈よね」
そんなにいい人ぶってるつもりはないのだけれど、どうしてかみやや友達にはそんな評価を受けている。ミーナがなんだか私の事を尊敬したような瞳で見ているから、本当にやめてほしい。
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