04――突然日本語を話し出したミーナ


「あ、あの……ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったんです」


 しょんぼりとした表情でこちらを見るミーナだけど、私はそれよりもすごく気になる事があった。


「に、日本語!? ミーナ、日本語喋れたの?」


 早足で歩み寄って、しゃがみ込みながらそっとミーナの肩に手を置いて言った。日本語が喋れたなら、なんで朝の時に普通に話してくれなかったんだろう。やっぱり警戒されてたのかな、それは当然なんだけどこんなに小さな女の子に警戒されたとなると、少し心がぎゅっとなった。


 でもミーナは私の言葉にふるふると首を横に振って、肩に置かれた私の手に自分の小さな手を重ねた。


「違うんです! さっきまで確かに私の魔力は枯渇していて、翻訳魔法も使えなかったはずなんです。ただサナ様が作ってくれたおいしいご飯を食べて眠ったら、ほんのわずかに魔力が回復していて、自分でも驚いたんです」


「……翻訳魔法?」


 突然この子は何を言い出したのだろう、魔法なんてものはファンタジーの産物でこの世界には存在しないものなのに。でもさっきまでたどたどしい喋り方だったミーナが、まるで私達と同年代みたいに難しい言葉を使って日本語を喋っている姿を見ると、何か超常的な力が働いているのかもしれないと考えてしまう。


「口の動きと声のタイミングが合ってない」


「えっ?」


 みやがポソリと呟いた言葉に、思わず振り向く。そんな私に構わず、みやはミーナに『自己紹介して』とつっけんどんに言い放った。不思議な事を言い出したミーナだけど、まだ幼い子供なんだからそんなに冷たく言わなくてもいいのに。


「ミーナヘルト・ヴォミリナフ・カーナルスンです、カーナルスン王国の第3王女として生を受けました。名前が長いので、ただのミーナとお呼びください。ええと、生まれ故郷のカーナルスン王国は内陸にある国で、お父様が国王・お母様が王妃を務めています。王族を含めた貴族は魔法が使えるのですが、平民は魔力そのものを持っておらず使えません。ただ貴族から平民に落ちた者達が子を成して、魔力を持つ子が市井に存在しているのですが、我々としては問題を起こさない限り平民としての行き方を尊重して、いないものとして扱っております」


 これまで生きてきて聞いた事もない国の名前や、魔力という言葉が耳に入ってきたけれど、私がびっくりしたのはそこではない。いや、そっちも十分びっくりしたんだけど、それよりも重要なのはミーナの唇の動きだった。確かにズレてる、日本語が聞こえているのに唇の動きの方が長くて、言葉が終わっているのに口がパクパクと動いているのがすごく不自然に見える。


「詳しい話を聞きたいんだけど、ミーナの魔力はどれくらい持ちそう? 長時間持ちそうにないなら、回復を待って少しずつ話を聞かせてもらう事になるけど」


 硬い声でみやがそう問いかけると、ミーナは困ったような表情で首を再び横に振った。


「おそらく今日が終わるぐらいまでは、魔力は枯渇しないでしょう。ですが、元々この世界には魔力というものが感じられません。故郷では息をするように大気から体内に取り入れられたものが、この世界の大気にはまったく含まれていないのです」


「……えっと、つまり魔力が何故ほんの少しでも回復したのかもわからないし」


「今後回復させる手段もわからないって事ね」


 締めくくるように言ったみやの言葉に、私達3人は大きくため息をついた。せっかくお話できるようになったのに、今日だけなんて嫌だなぁとしょんぼりしてしまう。


「と、とりあえずそんなところに立ってないで、こっちに来て座って。長い話になりそうだし、お茶を入れるね」


 暗い空気を押しやるように努めて明るく言って、私は起き上がるとまずリビングの出入り口で立ったままのミーナの背中を押して、リビングのテーブルのところまで連れてきて床に座らせる。あれ、王女様を床に座らせるとか不敬罪になったりするのかな? でも本人が微笑んで『ありがとうございます』ってお礼を言ってくれてるから問題はなさそう。


 私とみやはティーパックの紅茶でいいか、ミーナにはみやが買ってきてくれたオレンジジュースを入れてあげよう。まだ冷やしてないけど、氷を入れたらすぐ冷えるだろうしね。


「佐奈、缶入りのクッキーも買ってきたから一緒に出して。話をするにしても、小腹が空いてたら頭も回りにくいから」


「確かに私はあんまりファンタジーの知識はないから、一生懸命頭を働かせるために糖分が必要かもね。そう言えばみやはそういうジャンルの小説とか、好きだったっけ?」


「夢がある話でしょ、違う世界に行って強い力をもらって人生をやり直すって。まぁ現実にそうなった子の前で言うのもなんだけど、実際に起こってみるとやっぱりそんなにうまくいかないみたいね」


 みやはそう言うと、ちらりとミーナに視線を向ける。その視線に気付いたミーナは、うまくいかないという言葉に小さく苦笑を浮かべた。


「そうですね、違う世界に飛ばされてそこが魔力のない世界だったとか、私が今まで培ってきた常識とはかけ離れていて少し困っています。でも、サナ様に拾ってもらってこうしてご飯を食べられるだけでも、私はきっと幸運なのだと思います」


 そんな健気な事を言うミーナに、胸のどこかがキュンとときめく。未だに別の世界とか魔法とか降って湧いたファンタジーを受け入れられてはいないけれど、少しでもこの世界でのミーナの拠り所になれればいいな。心の底からそう思った。

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