013_ヴォイド②

「第六階梯魔法が使える冒険者なんて見たこと……! それに直撃じゃないとは言え間近で受けたのよ!? なんで戦えるのよ!!」


「こっちが聞きてえよ、出来るんだから仕方ねえだろ。だったら理屈は抜きにして、できる前提で戦うだけだ」


 キディキディが悲鳴のような声を上げて問いただしてくるが、そんな理屈を俺が知るわけもない。

 出来てしまうんだから、それなら出来る前提で戦うだけ。あいつらに理屈や常識が通用しないことは、この半年で嫌と言うほど学ばされた。


「あなたたち……めちゃくちゃね……」


「心外だな。めちゃくちゃなのはあいつら三人で、俺はただの一般人だ」


「そのめちゃくちゃな人間を使いこなしてる時点で――」


 直後、始めに聞こえたような不気味な唸り声と共に爆炎の中からあの長い首が現れ、あろうことかその首を振り回してヒルダを弾くように殴りつけた。


「ヒルダ!」


 ダンジョンの石壁に叩きつけられるヒルダ。その表情は珍しく苦悶に歪む。一撃の重さを表現するかのように、ヒルダが叩きつけられた石壁はたちまちひび割れ、砕け散る。


 さらに続けて、尻尾と思われる触手のような何かを振り回し、ティスカ目掛けて魔獣が振り下ろした。先端は槍のように鋭く、まるで雨のように激しい連撃をティスカに浴びせていく。


 それをティスカは弾き、かわし、次々襲いくる一撃を紙一重のところで捌いていく。それはまさに、芸術とも言うべき見切りだった。


 そこまで激しい反撃を見せる魔獣だが、しかし魔法が利かなかったわけではないらしい。メリーベルの火球が着弾した胴体には痛々しく抉れた火傷痕。あれが効いて怒ったか。


 どうやらあんな化け物でも、獣型には赤魔法が効きやすいという一般論が通用するらしい。ならばやるべきことは一つだ。


「メリーベル、次も赤で行くぞ。赤の第六、今度は鞭だ」


「うん」


「二人とも正面開けろ! 鞭を使う!」


 再びメリーベルが赤の第六階梯を構えた。

 但し今度の魔法は、両手にそれぞれ火球を生み出し、それを細く、長く伸ばしていく。やがて地面に到達するほど伸びた赤い鞭はダンジョンの床を焼き焦がし、石の板を熱で炎上させる。


「アンタたちも離れてくれ。巻き込まれるぞ」


「え? わ、わかった……」


 巻き込まれないよう、キディキディたちと一緒に俺もメリーベルから距離をとる。ここから先はメリーベルの独壇場だ。

 

「ハァッ!」


 メリーベルはまず、右手の鞭を振り上げた。


 すると炎の鞭はまるで意思を持つ生物かのようにしなり、真っ直ぐ魔獣目掛けて先端を伸長させる。直後、直撃した途端響くのは鞭打つ激しい衝撃音と炎上音。放たれた炎の鞭は魔獣の胴を切り裂き、触れた部分を焼き尽くしていく。


「シッ!」


 更にもう一度、勢いよく空気を吐きながら今度は左手の鞭を振り下ろす。


 長く伸びた鞭は天井を引き裂き、焼き焦がしながら魔獣の頭に到達。叩き割るように首に絡みついた。


「――ッ!!」


 魔獣の動きが一瞬止まったところに、追撃とばかりにティスカが、そしてヒルダが襲いかかる。二人の斬撃は魔獣の身体をあちこち引き裂き、魔獣は苦悶の雄叫びを上げた。


 普通ならとっくにくたばっていてもおかしくない。今回の魔獣は文字通り、一筋縄ではいかないらしい。


「しぶとい……!」


 吐き捨てるようにティスカが呟き、何度目かわからない跳躍と共に今度は魔獣の首筋を切り裂く。


 しかし体を覆う長い体毛に阻まれて上手く刃が入らないのか、ティスカが思い描いたであろう一撃には至っていない。厄介なことにあの毛は燃えにくいらしく、メリーベルの魔法でも多少焦げるだけで焼き尽きてはいなかった。


 その時、炎の鞭を鬱陶しく思ったのか、首を二度三度振るった魔獣はその赤い瞳でメリーベルを捕らえた。


「クソッ!」


 直後、大きく開かれる下顎。うめき声のような音と共に、黒い輝きが魔獣の口元に収束していく。その黒い輝きは次の瞬間には一筋の閃光となってメリーベル目掛けて放たれた。


 魔獣の瞳がメリーベルを捕らえた時点で嫌な予感がしていた俺は、その一撃が放たれる直前にメリーベルを抱えて横に転がる。その僅か一瞬の後を魔獣の放った閃光が貫いた。


 文字通り間一髪。もう一瞬でも動き出しが遅れていれば、もろとも焼き払われていたかもしれない。


「とったァ!」


 一方で、その開いた魔獣の口目掛け、ティスカが剣を突き立てた。


 さすがに口の中までは毛で覆われていないらしく、先ほどと比べて明らかに剣の滑りが違う。一切抵抗無く貫いたように見えるティスカの一撃は、そのまま横に一閃された。


 それから少しの間の後に、ごとり、と重い音を立て、魔獣の頭の上半分が地面に転がった。


「頑丈さだけはランク相応みたいね、手が痺れちゃった」


 それを見届けながら、軽快な足捌きで地面に着地するティスカ。その言葉に応えるように、魔獣の巨大な身体がぐらつき、地面へ沈む。どうやら魔獣は力尽きたらしい。


「久々に死ぬかと思った……大丈夫かメリーベル?」


「うん……ありがとうラルド……」


 俺たちも地面から起き上がり、辺りを見渡す。結局、魔獣の最期の一撃になってしまったあの光線は地面を抉り、しばらく先の壁を貫いていた。


 道中にはその光線に巻き込まれたと思わしき魔獣たちの死骸。回避が遅れていたらあそこに俺たちも加わっていたことだろう。


 ……と言うか、他に巻き込まれた奴居ないよな? 巻き込まれてたとしても俺たち悪くないよな……?


 まぁ、その時は不運だったと思ってもらう他無いか……


「ティスカ、怪我は――ッ! 後ろだ!」


 起き上がる俺の目に入ったのは、ティスカの背後から迫る魔獣の尾。槍のような先端がティスカの胴体目掛けて振り下ろされようとしていた。

 まだ生きてやがったかあの野郎――ッ!


 ――しかし、結局その一撃が振り下ろされることは、とうとうなかった。


「あら、ごめんなさいね。横取りしちゃったかしら」


 言葉とは裏腹に全く悪びれた様子もなく、魔獣の尾をいくつにも切り裂いたヒルダは、当然のような顔をしてヒールの音と共に俺たちの元へ戻ってきた。


 その後ろではついに力尽きたらしい魔獣が、闇にほどけるように消滅していった。


「……お見事」


 今度こそ、本当に討伐完了だ。


 ふう、と一息ついて辺りを見渡す。他に魔獣が襲ってきそうな雰囲気は――ってうわあッ!?


「オイ嘘だろ!? 俺のキャプチャーが……!!」


 俺の目に映ったのは、先ほど置いたキャプチャーの無惨な姿。どうやら魔獣の最後の一撃によって砕けた岩壁が、あろうことかキャプチャーの真上に落ちたらしかった。


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……」


 力が抜けそうになる膝をなんとか動かしてキャプチャーだったものの残骸を拾い上げるも、既にそれは破損した魔導機以外の何者でもない。


 しかもダメ押しとばかりに、映像を保存していた魔石までが見事に粉々に砕けている。これではもう、今日撮った映像を引き上げることすら出来やしない。


「終わった……終わりだ。俺たちの配信業、今日で終わりだ……」


「ラルド、この魔石すごく大きいわよ。お金になるんじゃない?」


「ラルドお腹すいたー! もう動けないー! うーごーけーなーいー!」


「私も……疲れた……ラルド、おぶって……」


 愕然とする俺を他所に、思い思いに喋り出す三人。こいつらはこれが、どれだけ大変なことかわかってないんだ。

 最悪、キャプチャーは買い直せば良い。だが、今日の撮れ高は全部オシャカ。あれだけの大物との激闘だ。数字が跳ねることさえ期待できただろうに……せっかくのチャンスが……


「あんな化け物を倒しちゃうなんて……あなたたち、本当に何者なの……?」


 そんな俺たちの様子を、呆然とした様子で眺めるキディキディ。


 いつもの頭のねじがぶっ飛んだようなキャラを忘れたのか、口調はただの人になっていた。

 見ればダンテは治療され、呼吸も安定している。どうやら彼女のパーティメンバーも生き残ったらしい。


 しかし心は壊れたキャプチャーと失われた映像のことに囚われたまま。無くしたものは仕方ない……そう思っても諦めきれない。


「……あの?」


「あ、あぁ……俺たちはオルヴィス所属の冒険者パーティ、ランクⅣのオルヴィーズだ……ダンジョン配信者やってます、どうぞヨロシク……」


 いつもの奴をとりあえず決めておき、砕けた部品をひと欠片ずつ拾い上げる。こいつは冒険者を始めてから、ずっと俺たちと一緒に戦ってきた仲間だったのに……!


 本当、ついてないよな俺……

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