014_転がり出す運命
キディキディをダンジョンで助けた日の翌日。俺はオルヴィスの貸し寮で朝飯を作りながら、今朝の冒険者通信に目を通していた。
真っ先に探すのはもちろん、昨日潜ったダンジョン、ギラフィナの記事だ。
「ギラフィナギラフィナっと……トップ記事は……冒険者パーティのターネクス、ギラフィナのダンジョン第五階層を踏破。第五層はランクⅥ相当……しかしダンジョンコアと第六階層への道は見つからず……最深層へは隠しルートがある可能性……か」
記事を表示させて流し読みしながら、俺は焼いた卵を皿に盛り付ける。今日の朝食はパンと焼いた卵、それから温かいメルオーの乳。俺の朝食セットは大体いつもこの並びだ。こいつらが俺の一日の活力を生み出してくれる。
台所に立ったまま、本来は酒を入れるための木製ジョッキにメルオー乳を入れて飲み下す。独特の臭みがあるのが特徴だが、その臭みが癖になる。寝起きの内臓にメルオー乳のぬくもりがじんわりと広がっていく。
「昨日のことが無けりゃ、俺たちがここに載ってたかもしれないのになぁ……」
ぼやきながら、空になったジョッキに鍋で温めたメルオー乳をまた注ぎ、皿と一緒にテーブルへ向かった。
昨今の魔導機による進歩は目覚ましい。メルオー乳を温めるためにも魔導機が使われ、これまでのような魔法が使えない人間が石を叩いて火を起こす生活は遠のきつつある。
今俺が見ているこの映像魔導機ヴィジョンもまた、そうした魔導機の発展によって生み出された技術の一つだ。
キャプチャー同様に板状の形をしたヴィジョンは、床や地面に置いて起動することで空中に画面を映し出すことができる。
この浮いた画面はどういう理屈なのか直接触ることで操作できるため、ユニオンや王国が管理する巨大魔晶石に保存されているあらゆる記事や資料、そしてキャプチャーから送られてくる映像を、まるで本の一ページだけを切り取ってきたかのように閲覧することができるという訳だ。
今俺が読んでいる冒険者通信はもちろん、ダンジョン配信もまたこの機能を利用している。
とは言えこれら魔導機の値段はまだ高く、所有しているのは主に、暇を持て余した富裕層や貴族層ばかり。もちろん一般層にも広がりつつあるものの、完全に浸透するのはこれからになるだろう。
「せっかくの映像、全部なくなっちゃったんでしょう?」
皿をテーブルに置くと、先に椅子に腰掛けていたヒルダが全くもって興味なさそうに、自分の右手の爪を眺めて雑な質問を返してきた。もちろんこれもいつも通りの光景だ。
「あぁ……俺たちの激闘の記録は全損。残ったのは別の魔石で撮っていた第二階層までの映像だけ。中身はティスカの魔獣瞬殺シーン……って誰が見るんだよこんな配信……」
相変わらず微笑むヒルダを横目に、俺は自分の席に腰を下ろす。
一応、配信はいつも通り、編集後に公開したが……再生数には期待していない。と言うか期待なんかできるはずもない。
「残念だったわね」
「折角残念がってくれるなら、もうちょっと残念そうな顔をしてくれると嬉しいんだけどな」
「おかしいわね、充分残念な表情のつもりなのだけれど」
……どう見てもいつもの笑顔にしか見えない。何が違うんだか。
ジョッキに口をつけ、パンをかじりながらヒルダの表情に眉をひそめた。
俺たちオルヴィス所属の冒険者四人は、オルヴィスの持つ共同宿舎で衣食を共にしている。
部屋は別だがその他は共同。死刑囚であるはずのヒルダまで同じ屋根の下なのはどうなんだと言いたくもなるが、彼女の手足には小型の爆弾が仕掛けられているらしく、いざという時はそれらが破裂するため問題ないのだそうだ。
いや、全然問題あるが? それが爆発する頃には確実に一人犠牲が出てるだろ。そしてどう考えてもその一人目は俺になるだろ。問題しかないのだが?
そんなヒルダと共に過ごす愉快な宿舎は決して豪華なつくりではない。木造だし少し手狭だし何ならボロ屋と言って良い。
しかし、他に行き場のない俺たちにはそれでも充分すぎる住居だ。
唯一の不満と言えば、家事全般をできない奴ばかりなせいで、家事全般を俺一人でこなす羽目になってることくらいだ。
まぁその代わり、収入のほとんどは三人が戦って稼いできた魔石の代金だから、あまり強く文句も言えないんだけどな。
因みにティスカは先に俺が用意した朝飯に、俺の向かいの席で食らいついていて無言だ。今日の献立はティスカだけ魚を八匹に大量の野菜。そして山積みのパンとスープにした。
残りの一人、メリーベルはまだ部屋で熟睡中。いつも昼頃になるまで起きてこない。良い加減早寝早起きを身につけてくれると良いんだが。
「幸い、魔石を売った金で新しいキャプチャーも買えそうだし、しばらくは残りの金で食いつなげそうだけど……そろそろブーケさんも愛想つかすんじゃねえかな、この配信内容じゃ……」
俺がそうぼやくと、ヒルダが珍しく目を見開く。どうやら驚いているらしい。
「あら、その人まだ見てたの? いつも一人だけコメント残してくれるブーケさん、でしょう?」
「失礼な! 今もちゃんと見てくれてるわ! 何なら俺らの配信内容全く見てないお前らより、ブーケさんの方がよっぽど見てくれてるわ!」
「あらそう。奇特な人もいるものね」
奇特……! 悔しいが言い返せない……!
ブーケさんは俺たちがダンジョン配信を始めた半年前頃、割と初期の配信からいつも見てくれている常連フォロワーさんだ。
コメントにはいつも「今日も楽しかったです」と残してくれる。そのコメントに何度俺が救われてきたことか。
だがなんでこんな見どころの無い配信をいつも見てくれているんだブーケさん……!
せめてブーケさんに愛想つかされるその前に、何としても迫力ある映像を撮って配信に乗せなくては……
「……まぁいいや……他の記事は……ん?」
その時目に留まったのはあるタイトル。記事の名前は『キディキディ、危うく命を落としかける』だ。
これってもしかして……
俺が記事を開くと、画面いっぱいに映し出されるキディキディの奇抜な姿。そして記事の詳細。
「……やっぱこれ、昨日のことじゃねえか」
記事の中身はやはり、昨日キディキディがヴォイドに襲われた件についてだった。推定ランクⅥ以上の強力な魔獣に襲われ、命を落としかけたと記載されている。
「しかし、命を落としかける寸前、キディキディ氏を救った冒険者がいた……俺らのことじゃんこれ」
「あら。ついに冒険者通信デビューね私たち」
「その詳細は偶然にも……キディキディ氏が生配信中だったことで、映像に残されている……!? マジか!?」
そして記事の下部には、あの時の映像と思わしき配信の切り抜き。一分ほどの長さに切り取られた配信映像を覗き見ると、そこには確かに昨日の映像が流れていた。
場面は魔獣が最期の一撃を放ち、そしてティスカにトドメを刺された辺りからだ。
『嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……終わった……終わりだ。俺たちの配信業、今日で終わりだ……』
『あんな化け物を倒しちゃうなんて……あなたたち、本当に何者なの……? ……あの?』
『あ、あぁ……俺たちはオルヴィス所属の冒険者パーティ、ランクⅣのオルヴィーズだ……ダンジョン配信者やってます、どうぞヨロシク……』
そこに映し出される、血の気の引いた表情をした俺の顔。その手には砕けたキャプチャーと魔石の姿。目は虚ろで唇は真っ白。
紹介文には『キディキディ氏を救った冒険者パーティオルヴィーズの戦いとラルド氏』と記されていた。
「えぇ……俺、こんな顔してたのかよ……やっば……」
「あら、男前じゃない。素敵よラルド」
「どこがだよ……しかも都合よくヒルダたちは画面外だし……俺だけ晒しものかよ……」
こういうのって普通、許可とか取るんじゃねえの? いや、生配信なら今更許可取られたところでって感じだけどさ……
「あら、あのダンテって人、助かったのね」
更にヒルダが記事を読み進めてそう呟く。
そこにはダンジョンから助け出された後の、キディキディ達の動向が記されていた。
どうやらヒルダが助け出したあの瀕死の冒険者も、無事一命を取り留めたらしい。
俺たちは昨日、キディキディ達を助けて救援を呼んだあと、そのまますぐに彼女たちと別れた。と言うか、いちいち気にしているほど精神的余裕が無かった。キャプチャーがぶっ壊れたから。
一晩寝たお蔭か、だいぶ精神的には落ち着いたが……
「よかったわね。昨日の映像も残ってたし、宣伝もしてくれたわよ」
ヒルダに言われてはっとする。確かに、俺が名乗るシーンが使われているということはこの記事を読んだ人たちが皆、俺たちの存在を認知してくれたことになる。
しかもその記事の元はあのキディキディだ。もしかすると二百五十万のフォロワーたちが、俺たちオルヴィーズに興味持ってくれたのでは……?
「ま、まぁ? 少しくらいはフォロワー増えてるかもしれないし? 一応確認しとこうかな? 一応な?」
その記事の最後に続く、ヴォイドは一体どこから現れたのか? 最深層はどこに? と言う記事を流し読みした後、高鳴る胸を鎮めながら俺たちの配信画面へ移動する。
これで全く増えてなかったら肩透かしも良いところだ。なるべく期待せず、落ち着いて――
「……ひゅっ」
――そしてその数字を見た時、俺の口から空気が漏れ出た。
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