015_転機
待て待て待て。画面に表示された数字がおかしい。どうなってる? ぶっ壊れたか?
「どうしたのラルド、変な顔して」
ヒルダが失礼なことを言っているが今は無視だ。それよりも表示された数字を改めて数えなおそう。ひいふうみい……
「……増えてる。フォロワーが」
「あら、よかったじゃない」
相変わらず興味なさそうに、今度は左手の爪を眺めるヒルダ。しかし俺は彼女の顔を見据えて、勤めて冷静に現状を報告した。
「いや、そうじゃなくて……増えてるんだよフォロワーが」
「……何を言ってるの? あなた」
片眉をあげて訳が分からないという顔をするヒルダに、更にもう一度現状を伝える。
「めちゃくちゃ増えてるんだよ! フォロワーが! 十二万人も!! 昨日の動画なんか三十万再生されてる!! 何だこれ!? 何が起こった!?」
「あら良かったじゃない。ラルドの努力が認められたのよきっと」
「呑気か! 怖いわ普通に! バズったなんてレベルじゃねえ! 何だこれ! 一体何が起きた!?」
ここまで来ると一週回って恐怖が勝つ。原因不明、正体不明の無数のフォロワーが寝て起きたら湧いて出た。何だこいつら、どこから現れた!?
いや、どこからかなんてわかってる。冒険者通信とキディキディの生配信だ。それしかない。
とにかく何が起きているのか状況を把握するために、俺は慌てて動画のコメント欄を開く。配信された映像にはこうして、フォロワーがコメントを書き込むことができる仕組みなのだが……
「うわぁ……」
そこには今まで見たことないほど、大量のコメントが溢れかえっていた。
なんだこれ。目がチカチカする。それに何て書かれているのか見るのが怖い。売名行為をするななんて叩かれてたらどうするよ。いやいや、フォロワーが増えてるっつうことは多少なりとも好意的にみられてるってことで良いんだよな……
「ええい、ままよ!」
画面から極力顔を放して、なるべく離れたところから薄目で内容を確認する。隣ではそんな俺の姿を見てヒルダが呆れているが構うものか。俺はお前らみたいな図太い神経をしていないんだよ。
薄めで一つ一つ、ゆっくり確認する。少しでも過激なコメントが見えたらすぐ画面を閉じるつもりだったが……内容としては概ね同じものだった。
つまり、『キディを救ってくれてありがとう』である。
『キディを助けてくれてありがとうございます!』
『あの時あなたたちが居なかったらどうなってたことか』
『キディが手出しできなかった化け物をたった三人で倒すなんて本当にすごい!』
大量のコメントの中に見えるキディと言う単語。
キディとは、キディキディのフォロワーがよく使う彼女の愛称だ。やはりこの大量のコメントとフォロワーはキディキディのところから流れて来たフォロワーらしい。
流石フォロワー二百五十万人を抱える大手配信者だ。二十万人程度ならすぐに動くらしい。
……いや、待てよ。ていうかもしかして……
「……俺たちってつまり、救世主ってことか? フォロワー二百五十万配信者の? それって……凄いことなんじゃ……?」
気付いてしまうと心臓がバクバクと跳ねる。もしかするとここから何かが変わるのかもしれない。そんな予感が湧いてくる。
改めて配信画面のコメントを読み直すと、やはりみんな同じようにキディキディについて書き込んでいた。
それどころか中には前回投稿した配信内容に触れてくれているものもあり、ティスカの戦いぶりに驚嘆するコメントやこれからも楽しみにしています、なんて好意的コメントも溢れていた。
これまではブーケさんしかコメントしてくれる人がいなかったのに、だ。
マジか。マジかマジかマジか。
待て、落ち着け。夢かもしれん。冷静になれ俺。
「ヒルダ。俺の頬を叩いてくれ」
冷静になるためにそんなことを口走った次の瞬間、奥歯が二、三本吹き飛んだんじゃないかと錯覚するくらいの衝撃が俺の右頬に走った。
「ぶふェッ!? も、もうふこひ、加減ほかないのかお……!」
見れば既に、ヒルダの左手は振り抜かれた後だった。
「あら、ごめんなさい。これでもだいぶ加減したつもりだったのだけれど」
痛みのあまり涙目になるが、それでも配信画面の数字は変わらない。つまりこれは……夢じゃない。
「夢じゃない……夢じゃない! 俺たちの半年の努力が……ついに報われたんだ! ぃよっしゃあッッ!! バズったあッッッ!! バズったんだよヒルダ! 昨日の件が! 生配信で!!」
「よかったわねラルド。おめでとう」
相変わらず、心の底からどうでも良さそうにそう告げるヒルダ。しかし今更俺の心はそんなことでは収まらない。
ガッツポーズして家の中を跳ね回り、それでも抑えきれずに「うおおおおお!」と雄叫びを上げてみる。そうして一頻りしたところで会社用の連絡端末に知らせが入っていることに気づいた。内容は簡潔にただ一言。
『配信の件について、社長がお呼びです』
送り主名はラギナ。俺の知るラギナと言えば、オルヴィス社長補佐のラギナだけ。となれば間違いなく、俺たちが所属するオルヴィスの社長からの呼び出しだ。
この半年間、社長からのお呼出しなんて一度も無く、精々ラギナに定期報告をするために出社する程度だった。
それがこのタイミングでの呼び出しだ。内容は間違いなく、この大バズの件についてだろう。
まさか……この件が評価されて給料アップ……? 昇格? 昇給? 支援金増額? そんなことまであったりするのか……?
そうなりゃ俺たちはもう……!
俺がそうやって浮かれていると、突然いつもの大声が響き渡る。
「ラルド、おかわり!」
もちろんティスカの声だ。しかし今はそれどころではない。俺たちの輝かしい未来が待っているのだから。
「飯食ってる場合じゃねえ! 着替えろティスカ! 会社行くぞ!」
「え、何で……まだ腹二分目なのに……」
ぶすっと不満げに呟くティスカ。どうやら今までの話を全く聞いていなかったらしい。普段ならおいおいとなるところだが……今日は非常に機嫌が良い!
「安心しろ、これからうまいものは山ほど食えるぞ!」
「ほんとに!? なんで!?」
「バズったんだよ! 登録者数十二万人! いや、これからもっと伸びるぞ! そうすりゃ金だって手に入る! 何でも食える! 大金持ちだ!!」
それを聞いた途端、ティスカの目の輝きが変わり、席から立ちあがって興奮気味に続けた。
「じゃあご飯の量増やしても良い!?」
「増やせ増やせ! 二倍でも三倍でも好きに増やせ!」
「美味しいお肉いっぱい食べたい!」
「山盛りの特上肉を食わせてやるよ!」
「ご飯の後にデザートもつけても良い!?」
「朝昼晩全部つけてやる! 好きなだけ食って良いぞ!!」
「やたーーーー! 待ってて、すぐ着替えてくるから!」
そしてバタバタと自室に戻るティスカ。その背中を見送り、俺もこうしちゃおれんと身支度を整える。
因みにヒルダはいつもいつでもあのピッチリボディスーツ姿のため準備は万端だ。
「……んぅ……うるさい……」
そこへもぞもぞと這い出てきたのは、黒ナメクジことメリーベル。こんな朝早くに起きてくることはまずないため、相当うるさかったのだろう。だが今日ばかりはそれどころじゃない。
「メリーベル起きろ! 会社行くぞ! 急げ!」
「……んぶぇ……」
何が何だかわからないと言った様子で、そのままどちゃっと床に転がるメリーベル。だがもう今更、そんなことはどうでも良い。なぜなら今日は、全てが変わる日になるかもしれないからだ……!
「忙しくなる……忙しくなるぞ! これから忙しくなるぞお前らァ!! 俺たちは……大金持ちだアアアアアー!!」
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