011_冒険者アイドル

 ヴォイドという単語に、俺は思わず叫ぶ。


「ヴォイドだと!? 仲間を見捨てて来たのか!?」


「違う! 俺が一番足が速いから、助けを求めに! 頼む、仲間を助けてくれ!」


 ヴォイド。それはダンジョンに潜る冒険者にとって、最も耳にしたくない言葉の一つだ。


 元は何もない空間を意味する言葉だったが、これがダンジョンで使われた場合、全く別の意味に変容する。

 即ち、魔獣も人も寄りつかない空間が生まれたことを指し、転じて、本来この階層に現れないような強力な魔獣が発生した、という事態を意味する。


 ヴォイドの原因は様々。誰かが倒しきれない魔獣を上の階層まで引っ張ってくる場合もあれば、ダンジョンの深層で強力な魔獣が発生したことにより、逃げ出してきた個体が上の階層へ上がってくることもある。はたまた魔獣が迷い込んでしまっただけ、ということもあり得る。


 しかしそのいずれにしろ、本来そこに居てはいけないほど強力な魔獣が現れた、と言う意味には変わりない。

 そんな状況に巻き込まれたとなれば、残された者たちの命も危ういだろう。


「くそ! 敵のランクは!? 仲間は何人居る!?」


「ランクはわからん! ただ、ランクⅤの俺たちが手も足も出なかった……人数はあと五人だ!」


 ランクⅤが六人がかりで手も足も出ないとなると、ランクⅥ……最悪、それ以上の可能性もある。


「とんでもねえ化け物じゃねえか……」


「頼む、助けてくれ……! 頼む……!」


 俺に縋り付き懇願する冒険者。本来ならさっさと逃げ出すべきだ。ランクⅥ以上のヴォイドになんて巻き込まれちゃ、命を落とすのが当たり前。逃げ出せただけ幸運だと切り替えて、仲間の冥福を祈るしかない。それ以上を望むこと自体がおこがましいのだ。


 まぁ、普通は、の話だが。


「あんた、一人で地上に戻れるな? すぐにユニオンを呼んでくれ。怪我人も居るだろうしな」


「――ッ! あんた達は?」


「仲間が待ってんだろ。お前、運が良いよ全く」


「倒せるのか……!? あんた達、ランクは!?」


「ランクⅣ。オルヴィス所属の冒険者パーティ、オルヴィーズだ。ヨロシク」


 俺がいつもの挨拶を決めると、男は俺の腕を掴んで叫んだ。


「無茶だ! ランクⅣでどうやって……!」


 助けてくれっつったのは自分だろうに、面倒な奴だな……


「ヒルダ先行! ティスカは追え! メリーベル!」


 俺は男の叫びを無視して、三人に指示を飛ばす。


 次の瞬間には俺の声に合わせてそれぞれが再び動き出す。ヒルダは宙を駆け、ティスカは地面を踏み抜き、メリーベルは俺の背中に這い上がった。


「まぁ任せとけって。それよりそっちも急げ。仲間の命がかかってるんだろ」


 最後にそう声をかけると、男は逡巡するように視線を彷徨わせ、そして。


「ッ――! あんた達のこと、信じるからな……!」


 男は再び、ダンジョンの入り口を目指して走り出した。俺たちのランクを聞いて半信半疑の様子だったが、どの道頼れる相手は他に居ないんだ。俺たちに賭けるしかない。


「……ラルド、お人よし」


「金は取るっつったろ。それよりほら、ちゃんと掴まれ。モタモタしてたらティスカとヒルダが全部終わらせちまう」


「うん……」


 駆け出した冒険者の背中を見送って、俺たちもすぐにティスカたちを追う。目指す先はダンジョンの奥に発生したというヴォイドだ。


 それからしばらく、ダンジョンの中を駆け抜ける。足場の悪いゴツゴツとした岩場を抜けいくつもの角を曲がった先。人の気配すらない第三階層の奥深くで、メリーベルがか細い声を上げた。


「ラルド……!」


 直後、ティスカが何かを見つけたのか俺の視界の先で指笛を鳴らす。

 だが俺にはダンジョンの闇に覆われてその先に何があるのか全く目視できない。メリーベルは得意の魔法を使って闇の中も見えるようにしているのだろうが――


「状況は?」


「魔獣がたくさん……それから、人が居る……ティスカのほかに四人」


「一人足りねえな……クソッ!」 


 ――直後、魔獣たちの断末魔と何か固い物を切り裂くような、甲高い音が鳴り響いた。続けて、二度三度と剣を振るう鋭い音が耳に届く。そこまで来てようやく、俺の目にも状況が確認できた。


 ティスカが背中に庇っているのは女の冒険者が一人と男の冒険者が三人。メリーベルの情報通り、あと一人足りない。


 ――とその時、ティスカの頭上、天井に張り付くように。闇の中から魔獣の姿が現れた。


 ティスカは未だ、その存在に気づいていない。


「ティスカ、上だ!」


 俺が叫ぶが早いかと言うところで、魔獣が天井から落下する。目指す先はティスカの頭上。速度は速く、間もなくティスカの頭目掛けて魔獣の爪が振り下ろされた。


 しかしティスカはそれをチラりとも見ずに、俺の声に反応した直後に地面を蹴り上げて宙を舞う。身体を捻り、横に倒すことで魔獣の一撃をすれ違う様に回避すると、続けてその回転を活かして剣を振るった。


 回転するように振り下ろされる剣によって、瞬く間に魔獣の死体が一つ増えた。


「ヒルダは先行った!」


 続けざま、俺の思考を読んだようにティスカがそう叫び、目の前にいた別の魔獣を更に切り伏せる。よく見れば敵は狼のような姿をしていたが、口からむき出しになるほど巨大な牙が生えている魔獣だった。


 こいつらじゃない。こいつらは恐らく、ヴォイド個体から逃げてきただけの小物だ。だったら本命は――


「ヒルダ!」


 嫌な予感がして俺が声を張ると、直後に聞こえる指笛の音。回数は……短く二回。意味は救援求む。どうやら当たりらしい。


「ティスカ、スイッチ!」


「了解!」


 ティスカがすぐに走り出し、闇の中、ヒルダが先行したと思わしき場所へ向かう。そして代わり際に俺がティスカと魔獣の間に身体を入れて、剣を引き抜く勢いでそのまま振るう。


 俺の剣程度では魔獣にさえ動きを見切られるが、距離を取らせるには充分だ。


「あんたたち、無事か!?」


 魔獣たちの方へ盾を構え、メリーベルを降ろしながらチラリと後ろに視線を向ける。先ほどまでティスカが庇っていた四人は全員無事のようだった。


「だ、大丈夫だ! 助かった、感謝する!」


 そのうち一人がそう声を上げ、すぐに俺の隣へ並んだ。一緒に戦うということだろう。幸い、ランクⅢの俺にはランクⅤの魔獣は強すぎる。情けないが助かった。


「礼ならあんたたちの連れとティスカに言いな。あいつらが居なけりゃとっくに……ってそっちに居るのは」


 盾を構えなおし、周りの状況を確認するために視線を巡らせたその瞬間、俺の目に飛び込んできたのは彼らの中で唯一女の冒険者の姿。その顔を見て、思わず叫んだ。


「ミスキリスのキディキディ!?」


 それはダンジョンに入る前に入り口で見かけた、フォロワー数二百五十万人越えの冒険者アイドル、キディキディだった。


 俺たちの方が先にダンジョンに入ったと思っていたが、どうやら第一階層で買った肉をティスカが食っている間に抜かれていたらしい。


「あ、あなたは……!?」


 キディキディに問われて「おっと」と声が出る。そりゃそうだ、俺はキディキディを知っているが、向こうは俺たちのことなんか知るわけがない。


「オルヴィス所属の冒険者パーティ、オルヴィーズのラルドだ。んでこっちの黒いのはメリーベル。アンタと同じダンジョン配信者だよ。但し、とびっきりド底辺のな」


「た、助けてくれてありがとう……! でも、あの魔獣はまずいわ! ランクⅤの私たちじゃ手も足も――」


「アンタの仲間から聞いた。ランクⅥ並みのヴィジョンらしいな」


「あなたの仲間がダンテを助けに一人向かったわ! 急いで援護してあげて!」


 ダンテ、と言うのはキディキディのパーティの残り一人だろうか。冒険者アイドルなんてふざけた名前を名乗っちゃいるが、キディキディの腕は本物だ。その彼女が言うのだから、相当強い魔獣なのだろう。


 見れば向こうのパーティは全員既に満身創痍。横に並んでいる男も、肩で息をしていた。小物とは言え、このまま魔獣と戦い続けるのはまずいか。


「とりあえず、状況の立て直しを――」


 その時だった。まるで底冷えするような、不気味で低い、地の底から揺れるようなうめき声が、ダンジョンの奥の闇の中から響いてきたのは。

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