010_第三階層
第二階層を抜け、第三階層に到達する。ここにもユニオンの職員が立っていたため、第二階層に入る時のようなやり取りをした。
ユニオンの職員曰く、この先はユニオンランクⅤ相当の魔獣が出るらしい。ユニオンランクⅤと言うと、同じランク――相当ベテランの冒険者が、一人で倒せるくらいの魔獣ってことだ。
因みに冒険者の半分以上はこのランクⅤに行けるかどうかのところで冒険者としての生涯を終え、ランクⅤに上がった者の殆どがⅥに成れないまま一生を終えると言われている。つまり一種のボーダーラインと言うわけだ。
「第三階層でランクⅤか……この分だと最深層じゃランクⅦくらい行くんじゃないか?」
辺りを見回しても確かに、第二階層よりずっと冒険者の数が少ない。殆どがこれ以上潜るつもりがないのか、入り口付近で配信しているだけだ。
入口近くなら他の冒険者に助けてもらえる可能性も上がるし、戦闘に自信の無い冒険者たちにとっては丁度いいセーフティになるのだろう。
「大変ね。私たち、ランクⅣパーティなのに」
「その割には余裕そうだ」
「おかしいわね、そんなことないのだけれど」
ヒルダの軽口に付き合いつつキャプチャーを取り出し、取れ高を確認する。
時間的にはもう少し尺が欲しいところだが、見どころと言う意味では全くない。第二階層じゃティスカが突っ走って魔獣を瞬殺してただけだ。後は入り口や第一層で周りを撮ったシーンばかり。誰が見るんだこの配信。
「こっからは未踏破領域らしいし、ちょっと気を引き締めていくぞ」
言いながら俺は、今まで荷物に引っ掛けたまま構えてすらいなかった盾を荷物から取り出し、左手に固定する。
それほど大きくない軽量の皮盾だが、咄嗟に身を守るには充分な性能だ。
ここから先は未踏破の領域。先ほどユニオン職員に言われたその言葉は、気を引き締めなければならないと言う緊張に繋がる。
未踏破領域とは言葉通り、踏破が完了していない階層のことを指している。未踏破ゆえに想像だにしないような魔獣が出て来ることもあれば、どんな罠があるかもわからない。
もしかしたらこれまで世に出ていないだけで、地上では考えられないような現象が起こりうるかもしれない。そう言う場所だ。
だからこそ未踏破領域に足を踏み入れるのは相応の実力を持った冒険者だけであり、相応の準備と覚悟が必要なのだ。
だが、そう言うところには大抵、大きなドラマが待っている。つまりダンジョン配信向きと言うわけだ。
「ティスカ、腹は?」
「五分目くらい。そろそろ限界かも」
「了解、これでも食っとけ」
「やたー!」
「メリーベル、魔力は大丈夫か?」
「……余裕……」
「ヒルダ、辺りの状況は?」
「問題なしよ。人が少ないのが気になるくらいかしら」
三人とも大丈夫そうだ。改めてキャプチャーを構え直して「そんじゃ、真面目に行くぞ」と起動した――その瞬間だった。
「た、助けてくれー!」
ダンジョンに響く、助けを求める男の声。どうやら少し離れたところで誰かが助けを求めてるらしい。
面倒だなと、正直そう思った。
さしずめ無茶してランク不相応な魔獣に挑み、返り討ちになったのだろう。ダンジョン配信が盛んになってから頻発する問題の一つだ。
ダンジョン配信者の中には、配信の取れ高欲しさに自分の実力に見合わない階層に潜り、命を落とす者も少なくない。そんな過激な配信をして命を危険に晒す行為が、近頃社会問題の一つとして取り上げられている。
だからこそユニオンは厳重にダンジョンの入り口を見張るのだ。それこそ、見つかったばかりの新規ダンジョンにすら、真っ先に職員を送り込むほどに。
とは言えそれでもバカは後を絶たない。と言うかそもそも、その程度で辞めるようなバカは居ない。ランクが一つ上くらいの魔獣なら、人数を揃えるか戦い方さえ考えれば何とかなる。そのせいでユニオンとしても無理な突入を防止することが難しいんだ。
だからこそ、そんな奴らに対する世間の目は冷たい。批判されることはあれど、同情されることはほとんどない。残念だが、身の程をわきまえない冒険者の最期はいつも悲惨だ。
遠くからまたも悲鳴が響き、声の主の危機を伝え続けている。だが、案の定入り口付近にいる冒険者たちはそれぞれが視線を交差させるばかり。誰も声の主を助けに行こうとはしない。
いや、正確には行けないのだろう。彼らにこの先に進めるほどの実力があるなら、こんなところでたむろなどしている訳がない。この階層を進めるような実力者たちは、とっくに先に進んだはずだ。
「た、頼む……! 誰か……!」
先ほどより弱々しくなっていく男の声。自業自得だ、仕方がない。そもそも助けて何になる。金にもならないし、人助けのシーンを撮っても取れ高にはならない。ダンジョンじゃそんな出来事は日常茶飯事だからだ。
そんなことより、さっさと第四階層を目指した方が良い。こうしている間にも他の冒険者が未踏破領域である第四階層の探索を進め、新たな発見をするかもしれない。
それはつまり、俺たちのフォロワー獲得チャンスを潰すことに等しい。
「……」
……そんなことは言われずとも重々わかっちゃいるんだが……!
「クソがッッ! どこの大馬鹿野郎だ! 絶対金を請求してやる! ヒルダ、先行! ティスカはヒルダを追って魔獣の掃討! メリーベル、背後の警戒! 急げ!」
「了解!」
「ふふっ、お人よしね。嫌いじゃないけれど」
「……わかった……」
直後ヒルダの姿が消える。否、魔導義手の手首から先を打ち出し、内臓されたワイヤーを使って上に跳んだのだ。そのままヒルダはダンジョンの天井擦れ擦れを、壁蹴りしながら突き進んでいく。飛行型の魔獣が居ないこのダンジョンの上空は、もはやヒルダの独壇場だ。
続けてティスカが走り出す。人外染みたその身体から放たれる脚力で、瞬く間に遠くまで駆け抜けるティスカ。すれ違いざまに現れた魔獣を目にも留まらぬ速度で切り裂き、真っ二つにしてヒルダの後を追う。残されたのは首を綺麗に落とされた、角の生えたトラのような魔獣の死体だけ。
「追うぞメリーベル、乗れ」
「うん……」
身体が闇に溶けていく魔獣をしり目に、俺はメリーベルを背負って走り出す。騎士団仕込みの脚力だ。メリーベルのもやしのような身体を背負った程度じゃ何の問題も無い。戦場じゃ走れなくなった奴から死ぬと脅されて、散々鍛えられたからな。
そしてティスカが切り捨てた魔獣の死体を目印に二人を追う。するとしばらくして、ヒルダが鳴らしたと思われる指笛の音がした。どうやら助けを求めていた冒険者を見つけたらしい。
続けて更に指笛。今度のはティスカのものだ。恐らく合流した、と言う合図だろう。そう遠くはなさそうだ。俺も返事代わりに走りながら指笛を鳴らす。メリーベルもそれを真似するが、息を吐く音がするばかりで音はならなかった。
そうした後すぐに二人の姿が目に入る。傍には傷だらけで座り込む男の姿。だが死んではいない。
「生きてるか? 生きてるんならさっさと立て、逃げるぞ。後で救助料請求してやる」
そばに駆け寄りながら辺りを警戒する。どうやら特段、魔獣も居ないらしい。大げさな奴だ……コイツのせいで俺たちの未踏破領域探索がチャラになったらどうしてくれるんだ。
しかし、座り込む冒険者の男はあろうことかとんでもないことを口走ったんだ。
「ヴォイドが出た! まだ奥に仲間が居るんだ!」
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