009_第二階層

 ギラフィナのダンジョン第二階層。

 そこは第一階層から打って変わり、自然に出来た石を埋め込んだような、ぼこぼこした道や壁によって築かれたダンジョンだった。


「キャプチャー起動するぞ」


 一応挨拶代わりに口にして、俺は荷物の中からキャプチャーを取り出す。魔石が鈍い光を放ち、キャプチャーが起動したことを俺たちに知らせる。


 最近じゃ空中に単体で浮遊する浮遊型なんてものもあるらしいが、そんな最新型を買える金もなく、うちは未だに手持ち型のキャプチャーを使用している。


 キャプチャーの起動を確認した俺は、早速お決まりの言葉を並べた。


「と言うわけでギラフィナのダンジョン第二階層へやってまいりました。いやーここも人が多いですね。最新のダンジョンって割に他の冒険者さんたちも耳が早いのか、第二階層も入り口は人で溢れてます」


 辺りを適当にぐるぐる映しながら、その様子をキャプチャーに収めていく。あっちでもこっちでも同じようにダンジョン配信をしている配信者ばかりで少々騒がしい。さっさと次に行っちまおう。


「では少し奥に進んでみましょう。それまでーカット!」


 キャプチャーの前に指だけ出して、チョキチョキとハサミで切る仕草をする。これがうちの配信でカットする時の合図だ。


 因みにここまで、ティスカもメリーベルもヒルダもキャプチャーをチラリとも見ていない。興味なさ過ぎるだろ流石に。本当に配信者かこいつら。


「この辺りは踏破済みなのでしょう? だったら第三階層を目指すってことで良いのよね?」


 そもそも配信をやっていること自体に気づいてなさそうに、ヒルダが俺に顔を向けてそう言う。

 まぁ、いつものことだから良いんだけどさ……


「ああ。第二階層でランクⅣってことは、結構難易度高めのダンジョンみたいだしな。奥に入れない冒険者がこの辺調べ尽くしちまってるだろうし、俺たちは奥に行こう」


 一応周りの様子をキャプチャーで映しながら、ヒルダに返事する。俺たちの強みは何より強さだ。というかそこしか取り柄がない。

 だからこそ他の冒険者が到達できないような深部にでも、比較的余裕を持って到達することができる。


 それなら何で俺たちのパーティランクはⅣなんだと言われれば、単純な話。パーティランクは実力ではなく、こなした実績によって決まるからだ。俺たちはまだ組んで半年。それでパーティランクⅣに到達できていることがむしろ凄い。普通ならまだⅡとかだろう。


 もちろん、ティスカたちが強いからと言って無理すれば、まず最初に俺自身が命を落とすことになるため無理押しはできない。しかし、逆に言えば俺さえ無事ならどこまでも潜れる。そのくらいこいつらの強さは一般人から逸脱しているのだ。


「ラルドー」


「どうしたティスカ」


「お腹すいた」


 ……さっき食ったばっかだろ、なんてセリフはこの一か月で言い飽きた。と言うかわかってた。あの程度の量じゃティスカの腹の足しにもならないことは。


「もう少し奥に行けば、魔石もでかい物が取れるかもしれない。でかい魔石が取れれば今夜は豪勢な晩飯にできるぞ」


「ぃよっしゃ! 戦いはこのティスカにお任せ!」


 途端に元気になり、剣を掲げて威勢よく歩き出すティスカ。俺はその背中を眺めながらキャプチャーを向ける。


 さながら、一人で戦いに赴く高潔な女騎士のようだ。その背中は威風堂々としており、頼もしささえ感じさせる。これが飯のための行動だと知らなければ。


 俺たちもその後に続いて、ダンジョンの中を歩き始める。すると。


「取ったァ!」


 突如ティスカが走り出し、声を張り上げた。どうやら魔獣を狩ったらしい。


 ただ、走り出してから魔獣の首を刎ねるまでが余りに早すぎて、俺の目には一体何が起きたのか全く見えなかった。

 一応キャプチャーを向けといて正解だった……アイツ、いきなり走り出すから戦闘撮り逃すことが多いんだよな……


「ラルド! 見て! 大物取った!」


 やがてティスカがズルズルと引きずってきたのは、たった今首を刎ねたため首無しになったばかりの獣型の魔獣。もう片方の手には、シカのような大きなツノを生やした頭がぶら下がっている。

 但しその頭には三つの瞳があり、死んでいるのにじっとこちらを睨んでいて不気味なことこの上ない。


 このダンジョンは仕入れた情報通り、獣型のダンジョンらしい。


 ダンジョンには獣型、虫型、植物型など、出現する魔獣の傾向が存在する。

 基本的にはこれらが複数種出てくることは無く、第一階層の魔獣を見れば傾向も掴むことができる。そのうち獣型の特徴は魔獣の足が速いことや群れを作る魔獣がいること、そして相手によっては毛皮に阻まれ、刃物の通りが悪いことなどだ。


 後は独特の獣臭さがダンジョン中に充満していて結構臭いことも獣型ダンジョンの特徴……と言うかデメリットだな。


 その代わり赤の魔法は通りが良いため、赤魔法使いにとっては楽な相手だろう。全色扱えるメリーベルにとっちゃ大して関係ない話だろうが。


「あ、消えちゃった」


 そうしているうちにティスカの手元から、やがて魔獣の死体がダンジョンの暗がりと同化するように解けて消える。


 魔獣は生物ではなく、生物の姿を模した魔素の結合体。だからこそ、死ねば身体は残らずに消滅する。


 本質的には魔法のようなものだが、実態を持ってしまったがために大きな傷を受けると、そこから魔素を結合させる魔力が漏れ出て形を維持できなくなってしまうのだ。


 そうして消滅した魔獣は、核となる魔石を残していく。この魔石を直接破壊しても魔獣は消滅するが、体のどこにあるかは個体ごとに違うため狙うのは困難。魔獣を倒すなら致命傷となる傷を与える方が早い。


「小物ね」


 カランカランと乾いた音を立てて転がり落ちた魔石を、ヒルダがひょいと拾い上げる。親指の爪ほどの大きさしかない魔石は、明かりを反射して薄い紫色に輝いていた。


「ま、ランクⅣじゃそんなもんだな」


 ヒルダから魔石を受け取り、魔石入れ用の袋に放り込む。この袋がいっぱいになったら大体ティスカの一食分を賄えるかどうかくらいの金になるという寸法だ。


 魔石の大きさは魔獣の強さに比例する。より強力な魔獣から獲れる大きな魔石は、一個で家が建つと言われるほどの価値を持つ。

 だからこそ冒険者たちは誰もがこの魔石を求め、あらゆるダンジョンに潜るというわけだ。


 とは言えそれだけたくさんの冒険者が魔石を求めてダンジョンに潜れば、当然採れる魔石の量も大量だ。特に、ダンジョンの表層からでも取れるような小ぶりの魔石程度では、まともな稼ぎになりはしない。


 そのため小物の魔石は大抵、個数ではなく重さで売買が行われる。この袋いっぱいになるくらいの魔石が集まれば、それだけの重量になり金になる。つまり、もっと金を稼ぎたいならもっと下の階層を目指せ、ってことだ。


「さて、次行くぞ」


 キャプチャーを構え直した俺たちは、再び第三階層を目指して進み始めた。

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