008_冒険の始まり

「このダンジョン、第二階層までは踏破済みらしいぞ」


 ティスカがご機嫌に肉を喰らう横で、俺は店の店主から仕入れた情報の共有を行う。


「昨日聞いた話じゃ、踏破はまだ第一階層までだったんだけどな……ランクⅥとかの高ランクパーティが今、ここを探索してるらしい。この分じゃ今日のうちにも最奥部まで到達しちまうかもしれねえな」


「あら、大変ね。じゃあ急がなきゃ」


「そう思ってんならちょっとは協力してくれ。ティスカが飯食ったらさっさと進むぞ。出遅れて情報を逃す訳には行かねえからな」


「おかしいわね、私、凄く協力的なつもりなのだけれど」


 ヒルダの軽口をスルーして、ティスカの横で俺は適当に買った串焼きを喰らう。休める時に休んでおくのは冒険者の鉄則だ。次に休めるのがいつになるかはわからない。そういう世界で生きているのだから。


 ティスカはパリパリに焼けた皮と肉汁溢れる赤身を頬張り、満足そうな笑顔を浮かべる。試しに俺も一口食べて見たが確かにうまかった。


 ただ焼いただけでなく、味付けや火加減にも拘っているらしく、俺が調理してもこうはいかない。そう言う意味では買って正解だったな。


 そうして食事を終えた俺たちは、すぐさま荷物をまとめてダンジョンの奥を目指す。こうしている間にも高ランクパーティとやらが未知の情報を公開し尽してしまうかもしれない。ここからは時間との勝負だ。


 第二階層までの道順をご丁寧に案内してくれる看板に沿って進む。道中の魔獣は討伐され尽くしたのか、さっぱり気配もない。


 そのためサクサク進んでいると、やがて遠目からわかるほど大きな穴が壁にぽっかり空いていた。どうやらあの穴が第二階層への入り口らしい。


「げっ、やっぱ居るじゃねえかユニオンの奴ら。耳が早いことだ」


 そして第二階層の入り口には、見慣れた制服の一団と騎士の姿。冒険者なら誰もが知る、ユニオンの管理官たちだ。


 様子を見るに、どうやら検問を敷いているらしい。ユニオンは所属する冒険者たちに対して仕事を斡旋する、冒険者用の機関だが、その本分はダンジョンの管理だ。そのためユニオンが居ること自体は何も不思議じゃないのだが……


「ユニオン?」


 その時ティスカが、まるで初めて聞きましたとでもいう風にそう繰り返した。


「……まさかユニオンがわからない訳じゃないよな」


「……へへ」


 マジかこいつ。お前冒険者だろ。


「お前の持ってる冒険者証、発行してるところがあるだろ。あれがユニオンだ」


「ああ、あのユニオンランクがどうのっていう……」


「それからこないだの討伐依頼。あれもユニオンが発行した仕事だな。ダンジョン関連の仕事とかは全部、ユニオンが管轄してんだよ」


 実際はもっと色々とあるのだが、どうせ説明したところで理解できないだろう。


 俺が簡単に説明してやると、ティスカは納得したように頷いた。本当に理解できているかは疑問だが。


「ついでにこういうダンジョンにも、魔獣の強さに見合わないような低ランクの冒険者が紛れ込まないように、ああやって検問立てて冒険者のランクチェックしてるって訳だ。ご苦労なこって」


 因みに俺たちが稼ぎぶちにしようとしているダンジョン配信も、このユニオンの管轄だ。俺たち冒険者はユニオンに頭が上がらないため、面倒な検問にも文句ひとつ言えやしない。


「急いでんのになぁ……」


 そうして俺たちは、検問の前に並ぶ冒険者たちの列に続いた。


 列に並ぶ冒険者たちは、アイドルのような恰好をした者から筋骨隆々の大男まで様々。昔は冒険者と言えばむさ苦しく粗暴な奴らの代名詞のようなところがあったが、ダンジョン配信が商業化してからはその様相がガラリと変わった。


 配信映えを意識してか突飛な恰好をする奴、小ぎれいな美形、思わず振り返っちまうような筋肉を持つ大男など、特徴的な外見を持つ者が増えた印象だ。


 この間なんか頭に鳥の羽を生やした変人まで居た。そこまでするかね普通。と言っても見た目のインパクトだけなら、俺たちも負けちゃいないが。


「すげー美人……」


「隣のねえちゃんめちゃくちゃエロくね?」


「何だあの……黒い塊」


 外見だけは人間離れした美しさを持つティスカ。ボディラインが出る服装なせいで嫌でもその身体に視線が集まるヒルダ。そして黒ナメクジのメリーベル。この三人と一緒に居ると、嫌でも周りの視線を集めてしまう。


「なんであんな美人が地味男と一緒に居るんだ?」


 悪かったな地味で!


「次」


 そんなこんなやっているうちに、いつの間にか俺たちの番になっていた。


「所属と名前」


 心底面倒くさそうに対応してくれたのは男のユニオン職員。こんなことを毎日やってるんだろう。扱いが多少雑になるのは仕方ない。


 元騎士の俺も同じような経験があり、何となく同情してしまう。


「オルヴィス所属の冒険者パーティ、オルヴィーズのラルド・ヴィレンスです」


 言いながら冒険者証を取り出す。手のひらより一回り小さいサイズのこのカードがユニオンの冒険者証だ。ユニオンに所属している証拠であり、冒険者の身分証にもなる優れもの。冒険者を名乗る以上は必須のアイテムと言って良い。


 冒険者証に記載されているのは持ち主のユニオンランクや所属するパーティ名などの個人情報。これを照会することで持ち主がどんな人物なのかを調べることもできるという訳だ。


「オルヴィーズ……ユニオンランクⅣ。ラルド・ヴィレンス、ユニオンランクⅢ。この先はランクⅣ相当の魔獣が出るが大丈夫か?」


 ユニオンの職員が俺の冒険者証を見てそう告げる。

 個人のユニオンランクとパーティのユニオンランクは別々に設定されているため、パーティのランクとしては問題ないが俺個人で見ると少々格上の相手というわけだ。


「はい。戦うのは殆ど後ろの三人なんで」


 そんな職員の問いに視線を後ろに向けながら答えると、三人がそれぞれ名前を名乗る。


「同じく、オルヴィーズのティスカ」


「……メリーベル……」


「ヒルデガントよ。ヒルダで良いわ」


 そうして三人も俺に続いて冒険者証を取り出した。


 三人の顔を見て俺を二度見するユニオンの職員。言いたいことはわかる。何でお前みたいな地味男がこんな美人と一緒に居るんだって言いたいんだろ。だったらあんたがこいつらと一緒に冒険してくれよ。


「ティスカ……姓は無し。ランクは……Ⅵ!?」


 その瞬間、先ほどまで気だるそうに作業していたユニオン職員の表情が一変する。


「何か?」


「い、いえ、失礼致しました!」


 そして俺の時とは露骨に変わる態度。だが無理もない。ランクⅥなんて王都ですらごく少数しか居ない強者の証だ。


 だがティスカの場合、本人の素行や知識に問題があるためランクⅥにだけで、戦闘力だけで言えば更に上。これだけでもティスカがどれだけ規格外の強さをしているのかが窺える。


 こいつが前線に出ればまず負けない――空腹時以外では。


 そしてティスカに続き、メリーベルの冒険者証を確認したユニオン職員はまた声を上げた。


「こちらは……メリーベル・アンブロシア……ユニオンランクⅥ!?」


「……う……」


 因みにメリーベルもランクⅥだ。まぁ、そりゃそうだ。何せ、事実上最強の魔法階梯かいていである第七階梯かいていまで使うことができるんだから。何ならそれ以上のランクでもおかしくない。なお本人の素行が以下省略。


 ユニオンランクはより高いランクになるほど、本人の人間性や品格など強さ以外の部分が求められる。そのためどんなに強くとも、問題がある人間は絶対にランクⅥ以上になることはできない。


 本当によくできた仕組みだと思う。もしこんな奴らがランクⅦや、まかり間違って人類最強の称号であるランクⅧにでもなっちまったらと思うと……もはや世も末だ。


 そんなやり取りを聞いていたのか後ろの冒険者たちがざわつき始めるが、俺は無視してヒルダを視線で促す。さっさと行こうという合図だ。

 何せ一番ヤバイのはこいつだからな。


「こちらは……ヒルデガント・ダリアンジュ……ユニオンランクは……剥奪……?」


 ほら始まった。照合の時間だ。

 ユニオンの職員は後ろにある大掛かりな魔導機にヒルダの冒険者証を刺すと「少々お待ちください」とお決まりの定型文を口にし、直後。


「――ッ!?」


 目を見開いて俺とヒルデを二度見した。俺はすぐに自分の口元に人差し指をあてて静かにするようジェスチャーする。

 そりゃあ驚くに決まってる。何せ、恐らく彼が見たのは特別死刑囚の文字だろうから。


 因みにヒルダも実力的には恐らく、ユニオンランクⅥ以上。だが例によって素行不良――と言うかそもそも犯罪者であるためユニオンランクは剥奪されている。酒場で暴れる程度なら厳重注意で終わる冒険者のユニオンランクが剥奪されるような事態など、余程重大なことを仕出かさない限り起こりえない。それこそ、複数人の命を奪うくらいの何かだ。


「訳アリなの。察してくれると助かるのだけれど」


「は、はい! 照合完了致しました! 問題ございません、行ってらっしゃいませ!」


 そうしてヒルダに冒険者証を返却したユニオンの職員は、一番最初の俺に対する態度はどこへやら、見とれるような美しい敬礼と共に俺たちを見送ってくれた。

 そんなユニオン職人の姿に、俺はやるせない社会の一端を見た気がした。

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