006_オルヴィーズ、配信開始
そんな彼女の周りには、ファンと思わしき野次馬冒険者たちの姿がチラホラ集まっていた。
「うおすげぇ、生キディだ」
「後でサイン貰おうぜ、サイン!」
彼女のフォロワー数は確か……この間二百五十万人を越えたとか言ってたか。ダンジョン配信者四天王、なんてものに数えられるだけあって、フォロワーの数も圧倒的。
単純計算で王都に住む人口の約十倍もの人々が、彼女の配信を見るためにダンジョン配信契約をしていることになる。
「羨ましい限りだぜ。こっちなんか半年間配信して、やっとフォロワー三百二十八人だっつうのに。フォロワーが二百五十万も居ると月収入いくらになるんだ? うちの……七千倍!? っつうことは単純計算で……ひぇー! マジかよ!」
なんて額だ。もうダンジョン配信なんかしなくても生活できるんじゃないか? いや、企業側の取り分もあるからそんなには貰えないだろうが……それでも相当額だ。とんでもねえ。
羨ましい……俺もさっさと貯金作って、問題児たちの御守から解放されたいもんだ。
とは言え、たらればを言っていても仕方ない。
「俺たちもこの辺で挨拶だけ撮っとくか……ティスカはどこ行った?」
俺の荷物を持ったままのティスカの姿を探す。配信のために必要な魔導機は全て荷物の中だ。あれが無いと配信を始められないんだが……
「あの人も冒険者か?」
「あんな美人居たか……?」
「どこの所属だろう……配信やってないのかな」
そこへ、通り過ぎる冒険者たちの会話が聞こえる。もしやと思い彼らが来た方向へ視線を向けると、案の定そこに居た。
腰に刺した剣の柄に腕を乗せ、風になびく金の髪を抑える女剣士。彼女は視線を遠く、空の先へと向け、たそがれるような物憂げな表情を浮かべている。その横顔はまるで名画の如く。美しいという言葉以上に称する言葉を俺は知らない。
しかしその足元には俺の荷物が転がり、口元には干し肉が咥えられている。
「ティスカ!」
俺が声をかけると、その女剣士ことティスカは干し肉を咥えた振り向いた。顔が良いと何してても様になるんだから羨ましい限りだ。俺たちの姿に気付いたティスカは、足元の荷物を抱えて俺の元へ駆け寄ってくる。
「ラルド、こえおいひい!」
「食べるか喋るかどっちかにしろ」
「……」
食べる方を選んだらしい。知ってた。
背中に背負ったままだったメリーベルを降ろし、ティスカから荷物を受け取る。
中を漁って取り出すのは、配信のために必要な魔導機『キャプチャー』だ。
手のひら大のこの魔導機こそ、俺たちダンジョン配信者にとって命綱の次に大切な機材である。
「ティスカ、一回キャプチャー回すから肉食うのやめろ」
「んぐ、んぐ……」
もぐもぐと咀嚼するティスカの横で俺はキャプチャーを起動する。キャプチャーの中には動力となる魔石と映像を記録するための魔石がそれぞれはめ込まれており、そのうち動力を司る側の魔石が輝き始めた。キャプチャーが起動した合図だ。
「準備できたら並んでくれ。映像取るから」
三人に言いながらキャプチャーを構えると、三人はのそのそと俺の前に並び始める。露骨にやる気が感じられないが、いつものことなので今更どうこう言うつもりもない。
と言うか、言って治るなら俺はこんなに苦労していない。
ティスカもヒルダもメリーベルも、整った容姿をしているため、ダンジョン配信者として求められる容姿部分については申し分ない。そのため基本的に配信に映るのはこの三人だけ。俺はもっぱらキャプチャーと進行担当だ。
……まぁ、メリーベルはローブを脱がない上に姿勢も悪いから、黒くてでかいナメクジみたいな奴がいるようにしか見えないんだけど……
「じゃあ回すぞ。三、二……」
手で合図し、映像を取り始める。俺たちの配信は録画したものを編集して投稿する投稿型だ。キディキディがやっていたような生配信ではない。
理由は……この問題児たちを前に、なぜなんて問える奴が居るのか逆に聞きたいくらいだ。
「はい、オルヴィス所属冒険者パーティ、オルヴィーズです。今日は最近話題のダンジョン、ギラフィナに潜ろうと思います。えー、それでは皆さん意気込みをどうぞ」
「……頑張ります」
「……」
「私も頑張るわね」
「それではダンジョンの中まで、カット!」
そしてキャプチャーの映像を俺は止める。そして、沈黙の後に一言。
「あのさぁ。もうちょっと楽しそうにできねえかな」
俺は思わずそう呟いた。
「だって……余計なこと喋るなってラルドが」
「お前は食い物のことばかり喋りすぎなんだよ……見てくれは良いんだからもう少しまともな話をしてくれねえかな」
「……」
「メリーベルは……頑張ろうな」
「私も頑張るわね」
「……いや、ヒルダが喋ると変なこと口走るし……」
ダメだ。こいつらが小粋なトークで盛り上がっているシーンを想像できない。
口を開けば腹減ったしか言わない
人選ミスにも程があるだろ。
「ねえラルド。そもそも私、オルヴィーズってパーティ名が嫌なんだけど」
「……ダサい」
俺が頭を悩ませる一方で、露骨に不満たらたらですとばかりにぼやくティスカとメリーベル。
その意見には俺も賛成なのだが……
「うるさいぞダンジョンレストランに魔導研究会」
かと言ってこいつらが挙げたパーティ名候補はと言えばこんなのばかりだ。
「いいじゃないダンジョンレストラン! おしゃれだし! オルヴィーズよりずっと良いでしょ!」
「魔道倶楽部でも良い……」
「お前らがそれを好きなだけで俺たち全体でそれをやるわけじゃないだろ!」
「そうよ二人とも。もっと私たち全員の魅力を伝えるような、そんなパーティ名にしなきゃ」
「いや、まともなこと言ってるようだけどヒルダの鮮血猟兵団が一番最悪だからな」
「あらそう? 素敵だと思ったのだけれど」
「こんなんで本当にフォロワーが増えるのかよ……」
俺は思わず頭を抱える。視聴者に受ける配信内容とか、配信者はどうすれば良いだとか、そういう一般論はこいつらに通用しない。
このままじゃ本当に底辺配信者から抜け出せないまま、オルヴィスが破産しちまいそうだ。
そうなれば当然、俺の抱える借金も返済の宛てが無くなる。
今はまだ騎士時代に貯めた貯金が残っているから何とか月々の返済を続けているが、それももうじき尽きる。そうなった時、まともな働き口が無い俺は一文無しになってしまう。
そんなもん、黙って許容できるわけがない。
だから俺たちはそうなるよりも先に、ダンジョン配信を軌道に乗せて安定した収入を手にしなければならない。
「とにかく、今はダンジョンに潜るぞ。魔石さえあれば最低限の生活費は稼げるんだ。後は……なんとかするしかない」
それでもこの半年間ダンジョン配信を続けていられたのは、ダンジョンから持ち帰った魔石を換金することで何とか生活費程度は稼ぐことが出来ているからだ。
だがそれは、不意の出費――武器の破損や怪我など――があれば、すぐに成り立たなくなる綱渡りの生活であることに変わりない。
頼みの雇用主、オルヴィスも、明日にも倒産しておかしくない状況だ。正直、もう時間は残されていない。
何としてもこのギラフィナで結果を出す。俺は今回のダンジョン配信には特に気合を入れていた。
一方、そんな俺の言葉を聞いた三人はと言えば。
「はぁーい」
「……わかった」
「楽しみね、ギラフィナのダンジョン。どんな敵が居るのかしら」
まるでピクニックでもするかのような気軽さでダンジョンの入り口に向けて歩き出していく。
……本当にこいつらで大丈夫なのかオルヴィスよ。絶対人選間違えてると思うぞ
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