005_いざダンジョンへ
ティスカたちが酒場で大暴れした二日後。俺たちはギラフィナ絶壁と呼ばれる場所に居た。
「やっと着いた……ここがギラフィナか……」
ギラフィナ絶壁はフィオーレの森と呼ばれる鬱蒼とした森を抜けた先にある、その名の通りの断崖絶壁だ。広大な森の半分を囲うように広がるその崖は、上と下とで世界を綺麗に二分している。
崖の下側に当たるこちら側からは上に広がる光景を覗くことはできないが、上から一望できるフィオーレの森は、腰を抜かすほどに美しいと聞く。そのうちお目にかかりたいものだが、今回の目的はそんなことではない。
「この先らしいわ。噂のダンジョンがある場所は」
先に森を抜けていたヒルダが告げる。そう、俺たちはダンジョン配信者。となれば本命はもちろん、ダンジョン配信だ。このギラフィナには最近、新規のダンジョンが発生したらしい。俺たちはそのダンジョンの探索に訪れたのだ。
ダンジョンとは、世界各地に発生する謎の巨大迷宮のことを指す。
古くは王国建国時から存在したらしいが、いつ、どこで、なぜ発生し始めたのか詳細は全て不明。
ダンジョンと一口に言ってもその性質はそれぞれ異なり、なかなか研究が進んでいないと言うのが実情だ。
共通していることと言えば、ある日突然姿を現すこと、内部は迷宮のように入り組んでいること、その深奥部にはダンジョンコアと呼ばれる物体が必ず生成され、コアを破壊されるとダンジョンは消滅すること、そしてダンジョンコアには魔素を集める性質があるということだろうか。
近頃では、ダンジョンとは魔物の一種なのではないか? とする研究さえ出てくるほどに、学者たちは昨今、ダンジョンとは何かを暴こうと躍起になっている。
ダンジョンにのみ発生する魔獣は、倒すと魔石だけを残して消滅する。この魔石は俺たちの生活を支える魔導機の動力となるため、今の社会には切っても切り離せない存在となっている。
そんな魔石の供給をダンジョンと言う正体不明のシステムに依存していることが、学者たちにはよほど許せないらしい。
だが現状では、その正体不明のダンジョンに発生する魔獣を狩るしか魔石を入手する手段が存在しない。だからこそ俺たち冒険者の出番と言うわけだ。
「ラルド……疲れた……休憩しよ……」
俺たちの最後尾を歩くメリーベルが、いつものようにフラフラと現れた。
「いつも言ってるだろメリーベル。ダンジョンの情報は鮮度が命。早くしないと他の配信者に先を越されちまう」
「うう……」
「私が荷物持つから、ラルドがメリー背負ってあげれば?」
そう言うのはティスカ。そして彼女は俺に手を差し出す。
「しゃーねえ、そうするか……」
背負った荷物を下ろし、ティスカに手渡す。するとティスカはそれを軽々と持ちあげ、スタスタと先に行ってしまった。
「荷物の飯、勝手に食うなよ」
「……」
「返事!」
「干し肉だけ! お腹すいたの!!」
やけに聞き分けがいいと思ったら……言っている時には既にティスカの手は荷物の中に伸びていた。そして俺が作っておいた保存食の干し肉が握られている。
俺がため息を付くとそれを承諾の意だと受け取ったのか、ティスカはにこにことかぶりつく。
「ほれ、行くぞメリーベル。急がねえとティスカが保存食全部食っちまう」
「うん……ありがとう……」
いつもの丈の長いローブをずりずりと引きずりながら、メリーベルは俺の背中に這い上がる。
その際、背中に柔らかい感触が伝うが、もう慣れてしまった。こうやってメリーベルを背負うのはこれが初めてのことじゃない。
意外とスタイル良いんだよなこいつ……
「それじゃあ私は先に行ってるわね。ラルドも急いで、情報が逃げちゃうわ」
わざとらしくそう言い残してヒルダはそのまま跳躍。ティスカの後を追う様に姿をくらました。
「それがわかってるんなら、普段からちゃんとダンジョン探索してくれよ……」
俺の呟きは、ヒルダに届くことはなかった。
正体不明で神出鬼没。何が起きるかわからないダンジョンにおいて、命を守るために必要なものは何より情報だ。
どんな魔獣が発生するのか、どんな物が採取できるのか、内部構造はどうなっていて何階層まであるのか。ダンジョンに関する情報は、例えどんなに些細な物でも取り逃せば命に係わる。
そして逆に言うなら、それらの情報は金になるということでもある。
以前の冒険者たちはこの情報も商材として活用していた。ユニオンに新規の情報を販売したり、これからダンジョンに潜ろうという同業者へ金と引き換えにその情報を渡したりと言った具合だ。
しかし、今の流行りはもっぱらダンジョン配信。
新たなダンジョンに潜る様を配信することで、それらの情報を口伝ではなく映像で届けられる。そしてその情報は視聴者の興味と関心を惹き、それらがフォロワーの数に繋がり、フォロワーの数はそのまま俺たち配信者の受け取れるリワードに直結するという仕組みだ。
このリワードをとにかく増やし、多額の利益に繋げるのが俺たちダンジョン配信者の目的であり、俺たちが所属するオルヴィスのやろうとしていることだった。
新規ダンジョンの配信は、そんなダンジョン配信の中でも定番中の定番だ。他の配信者の手あかが付きまくる前に、少しでも新しい情報を配信に乗せなければならない。昔の人は言った。時は金に勝るほど貴重だと。まさにその格言通りだ。
メリーベルを背負ってヒルダたちの後をすぐに追う。するとその場所は簡単に見つかった。
「新ダンジョンだってのに、もうこんなに冒険者が来てやがる……」
延々と続くように思えたギラフィナの絶壁が、突然途切れたように大きな口を開ける。
そこはまるで美しい崖に後付けされた洞穴。辺りの景色に対してやけに不自然に浮き上がる。
あれこそギラフィナに現れたダンジョンの入り口に違いない。
そしてそのダンジョンの周りには、既に何人かの冒険者が集っている。中には配信者らしき集団の姿もあり、早速先を越されているようだった。
「ラルド。どうやら有名な人が居るらしいわよ」
そこへヒルダが舞い降りるように現れる。どうやってんだその動き。
「有名配信者?」
「あそこよ。生憎私、あまり詳しくなくって」
ヒルダが指さす方へ視線を向けると、確かに人だかりができている。ダンジョンの入り口から少し外れたところで、何やらちょっとした騒ぎになっていた。
その集団の中から聞こえてきたのは、女の声。
「こんチャロチャオー! ミスキリス所属、歌って踊って戦える冒険者アイドル! キディキディでーす! ギロ、ギロ! 本日は最近見つかったばかりの新ダンジョン! ギラフィナから生配信を行いたいと思いまーす!」
鮮やかなワインレッドの長髪を二つにまとめ、そのまとめた髪の根本にどでかい目玉を引っ付けた、一度見たら忘れないトンデモ外見をした女。目玉のアクセサリーを掛け声と共にギロギロ動かす彼女の姿に、俺は思わず息を呑む。
「マジかよ、キディキディじゃねえか……」
「ラルド、知り合いなの?」
「え? 知らねえの?」
思わず声が出るが、ヒルダが知る訳ないかと思いなおす。と言うか俺以外の三人は、仮にもダンジョン配信者をやっているくせにダンジョン配信にトンと興味が無い。ダンジョン配信をやっていればキディキディの名前は嫌でも耳に入ってくるが、それを知らないとなれば筋金入りだ。
冒険者アイドルのキディキディと言えば、ダンジョン配信ブームが巻き起こると共に真っ先にダンジョン配信事業へ参入した企業、ミスキリスに所属する今を時めく冒険者の一人だ。
毎日星の数ほどのダンジョン配信者が現れるが、その中にあっても燦然と輝き続けるダンジョン配信者の一番星。
彼女の人気は凄まじく、その奇抜な見た目とキャラからは想像できないほど手堅いダンジョン探索を見せてくれる彼女の配信は、配信を見るだけの視聴者から直接ダンジョンに赴く熟練の冒険者まで幅広い支持を得ている。
ダンジョン配信ランキングでは週間ランキング五位以内に常駐するほどの人気っぷりだ。
今日も相変わらずドギツイメイクと目がチカチカするような色彩の服装で、ボリューミーな髪にこれでもかと言うほどアクセサリを引っ提げて、キディキディは元気に配信しているようだった。
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