004_オルヴィーズ、よろしく!

 暴れ始めた冒険者たちの中をくぐりぬけ、俺とメリーベルはそのまま転がるように店の隅のテーブルの下へ滑り込む。


 店の中心ではティスカとヒルダの大立ち回りだ。最初の五人(のうち大男は伸びたままのため他の四人)やその仲間たち、そして隣の席に座っていた冒険者まで参戦しての大乱闘が始まっていた。


「おらァ!!」


「金髪を止めろ!! こいつ強ぇ!!」


「ぐアッ!!」


 店の中心で男の一人が舞い上がり、そのまま俺たちが隠れる席の隣へ墜落。木製のテーブルを真っ二つに砕いて冒険者が伸びた。


「最悪だ。どうするんだよこれ……」


「ここまで来たら仕方ないので、ガツンとやっちゃってください。ガツンと」


「ガツンとって……え!?」


 声のする方、男がテーブルを叩き割った方と反対の席では、先ほど俺たちに注文を取りに来ていた店員が、俺たちと同じようにテーブルの下に隠れてそんなことを言っていた。


「いやいやいやいや、まずいっしょそれは流石に」


「まぁ冒険者向けの酒場なんてやってればこんなこと日常茶飯事ですよ。ね、店長!」


 彼女の視線の先、カウンターの方には筋骨隆々の男が腕を組み、静かに頷いていた。どうやらあれがこの店の店主らしい。

 いや、良いのかよ……


「それにあのブレイゼスって人たち、ちょっと態度が悪くて……ああやって他の冒険者にすぐ絡むから、結構苦情来てたんですよねー。あ、備品のことはお構いなく! ユニオンから補償金が降りるんで、思い切りやっちゃってください!」


「思い切りって……」


「ちょっとごめんなさいね」


 その時、大きく跳躍して天井すれすれのところを身体を捻り、弧の字に跳んだヒルダが俺たちが隠れるテーブルの上にふわりと着地する。相変わらず曲芸のような身軽さだ。これも魔導義肢だから成せる業らしい。


「ヒルダ、もうちょっと穏便に――」


「もっとガツンとお願いします!」


「うふふ。わかったわ、任せてちょうだい」


 俺の横から店員がそう口を挟むと、ヒルダはそれはそれは良い笑顔を浮かべて再び跳躍。乱闘する男たちの肩を、背中を渡り次いで、ティスカが暴れる店の中央まで戻っていった。


 丁度そこではティスカが腕を構え、ヒルダの足場を作っている。ヒルダはそれを踏み切って、そのまま大きく直上に跳ねた。


「おらァ!!」


 そこへヒルダを追って、男が二人突っ込んでくる。それを迎え撃つのはティスカだ。それぞれに腕を一本ずつ、ラリアットの要領でぶつけに行くと、そのまま彼らを押し返した。


「はァァァッッ!!」


 そして力いっぱいに振りぬき、二人ともまとめて押し倒してしまう。

 押し倒された男たちは勢いよく床に頭をぶつけて伸びてしまった。ご愁傷様。


 ティスカを相手に真正面からぶつかるのは愚の骨頂だ。その程度で倒せるなら、ティスカが俺たちのパーティに残れるはずもない。

 アイツの強さは人の枠を逸脱している。女だからとまともに当たる方がバカなんだ。


 一方、宙を舞うヒルダはティスカの背後から襲い来る冒険者に対して、華麗に舞い降りて踵落としを決める。


 更に音もなく着地するなり姿勢を低くし、身を屈めたまま突然駆け出す。その速さたるや、地を這っているかと錯覚するほど。


 踵落としをもろに喰らった冒険者の後ろから、ヒルダに飛び掛かろうとしていた男へ絡みつくように、鮮やかに関節技を決めた。


「うふふ、ダメよこのくらい抜けてくれなきゃ。ラルドなら簡単に抜けられるのに」


 そりゃあこの半年、訓練と称してあれを何回も喰らってるからな……


 ヒルダの手足は義肢。そのせいで本来、人体が曲がってはいけない方向にも平然と曲がる。そこから更に常人離れした力で締め上げられるんだから、初見じゃ対応のしようがない。


 案の定、ヒルダに絡みつかれた冒険者は「カッ……はっ」と苦しそうに息を枯らしながらそのまま床に倒れ伏した。


「あーもう滅茶苦茶だ……」


 ここまで来るともはや、誰が誰だかわからない。何ならティスカたちとは関係ないところで冒険者同士が喧嘩を始める始末。最初のブレイゼスって奴らはどこ行ったんだよ。


「……メリーベル。そろそろ止めるぞ、アレ」


「うん、わかった……」


 俺がテーブルの下から這い出ると、その後に続いてもぞもぞと出てくる黒い塊、メリーベル。


「とりあえず……青の第三階梯かいてい。全部沈めろ」


「うん……」


 しかし俺が指示した途端、メリーベルの目つきが変わった。


「あなたたち冒険者に見せてあげる。私の魔法、その真髄の一片を」


 いつもの猫背がまっすぐに伸び、唐突に流暢な物言いになったメリーベルは、身体を覆う黒いローブを大げさに翻し、今まで一切見せる事の無かった肌をむき出しにした。


 その服装はまるで水着のようだった。胸元や腰回り以外の全ての肌が露出し、華奢で線が細い、しかしスタイルの良い身体を堂々と見せつける。


 そう、メリーベルは魔法や魔導に関する時だけやたらと流暢に喋り出すのだ。そしてその態度も、普段のびくびくしたメリーベルからは想像できないほどに堂々としたものになる。


 俺としては配信の時もその調子でお願いしたいところなんだが……


「魔力によって魔素は結合し、結合した魔素は現象へと昇華する。人が魔法と呼ぶそれこそ、自然科学の一つの到達点」


 そして正面に両手を構えたメリーベルは集中を始める。

 メリーベルの集中に合わせて、ティスカたちが乱闘する店の中央、その天井辺りには、どこからともなく水が湧き上がった。


 そしてそれらはまるで、一つの意思を持つかのように、やがて一か所に集まり始める。


 メリーベルの言葉の通り、これこそが才を持つ者のみに許された力の結晶――魔法だ。


「おい……ありゃなんだ……?」


「魔法……!?」


 やがて水が肥大化して店の明かりを覆い始めると、乱闘中の冒険者たちも騒ぎ始める。薄暗い店内を訝しみ、次々に天井を見上げて気づくのだ。

 そこにあるのは天井を覆い尽くすほどの水の塊。今もなお肥大を続ける水の傘が、彼らの頭上いっぱいに広がっていることに。


「魔力の量、質、そして技術によって魔法の規模と威力は決定される。それは魔法階梯かいていと呼ばれるけれど、あくまでそれは目安の話。私の魔法は、魔法階梯かいていなんてもので測り切れる域にはないことを教えてあげる」


 メリーベルに指示した第三階梯かいていは本来、魔導士ならば誰もが扱える平均的な魔法階梯だ。


 しかし彼女の言葉通り、メリーベルの魔力の量、質、そして技術はその全てが常人から隔絶した域に到達している。そんな彼女が行使する魔法は、例え第三階梯かいていと言えど圧倒的。規模だけならば、第四階梯や第五階梯にも匹敵しうる。


「これこそ、人が有する力の行くつく果て。魔導の極致。今あなたたちはその極点を目にしているのよ」


 そしてゆっくりと、勿体ぶるように。メリーベルは構えた両手を床に向け、静かに降ろした。それに呼応して、手の動きに引かれるように、天井を覆い尽くしていた水の塊はゆっくりと舞い降り始める。


「うわっ!」


「逃げろ!!」


 慌ててしゃがみ、水の牢獄から逃れようとする冒険者たち。しかしその効果範囲は店の全域に及んでいた。範囲外なのは俺や店員たち、そして部外者たちが待機する店の隅だけ。逃げ出したところで当然逃れられる訳もなく、ティスカやヒルダさえも巻き込んで、乱闘に参加していた全ての冒険者たちを水牢は呑み込んでしまった。


「……ッ!? ……!!」


 冒険者たちは慌ててもがき、何とか水の牢獄から逃れようとするが、その場で手足をばたつかせているだけで全く前に進めていない。それもそうだ。これはただの水ではなく魔法によって生み出された水。その性質は魔法の使用者の思いのまま。

 泳いで逃げようったってそうはいかないのだ。


「水獄の中で眠りなさい」


 最後にメリーベルはそう呟くと、いつもの猫背に戻ってしまった。いそいそとローブをかぶり直し、見せた素肌を覆い隠す。黒ナメクジの完成だ。


 一方、そんな冒険者たちと共にまとめて水牢へ閉じ込められたティスカはと言えば、まだ腹に据えかねているのか腕を組んで不満げだ。他の冒険者同様に水牢に囚われているのに、全く意に介した様子もなく床に突っ立っている。

 意図を汲み取るなら、なんで止めるんだ……ってところか。


 これ以上お前を暴れさせたらいよいよ店がぶっ壊れるからだよ。


 そしてヒルダも同じように、水の中で動じることなく微笑んでいた。全く呼吸できない状況のはずなのに、ティスカとヒルダの二人は余裕綽々だ。


「メリーベル。そろそろ良いぞ」


 その後少しして、暴れていた冒険者たちが目を白黒させ始めた頃。俺は再びメリーベルに指示を出した。


 するとメリーベルは無言て手をふいと振る。その次の瞬間、まるで蒸発したかのように、水牢は一瞬で消滅した。

 後に残るのは空気を求めて床に這いつくばる無残な冒険者たちの姿だけ。


「ぶはっ!」


「はーっ……はーっ……」


「し、死ぬかと思った……」


「店の人も困っちゃうんで、この辺で手打ちってことで」


 俺がそう言って文字通り手を鳴らすと、冒険者たちは恨めしそうに俺の顔を睨んだ。しかし彼らの表情はすぐに一変。まるで怖い何かを見たかのように青くなる。


「……」


 隣を見ると、メリーベルが両手を正面に構えていた。そりゃあさっきのをもう一度は食らいたくないよな。


「なんで止めるのラルド」


 一方、口をとんがらせたティスカはズカズカと俺の元へ歩み寄ってくる。


「やりすぎだ。それに腹減ってたんじゃないのかお前」


「……忘れてた……お腹すいた……」


 だが空腹を思い出した途端、そのまま床の上に崩れ落ちた。


「彼らを死なせるわけにはいかないものね」


 そんなことを口走るヒルダも、相変わらずの笑顔だ。


「アンタたち何者だよ……ランクⅣの強さじゃねえだろどう見ても……」


 そんな俺たちを見上げ、床の上に転がる冒険者の一人が呟いた。丁度四人そろったことだし、折角だから宣伝もかねて名乗っておくか。


「俺たちはオルヴィス所属の冒険者パーティ、オルヴィーズです。ダンジョン配信者やってます、どうぞよろしく!」


「誰が見るか……!」


 そりゃそうだ。

 やれやれ……こんな調子で本当に、ダンジョン配信だけで飯を食える日が来るのかよ……

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