003_彼女たちの日常、或いは彼の危機
声のした先、俺の背後に視線を回すと、そこに立っていたのは五人の男たち。
どうやら彼らも冒険者らしい。皮製の防具や鉄の手甲など、一般的な冒険者が身に着ける防具をそのままに、酒を片手に赤く上気した顔でニヤついている。
いかにもすぎる展開に思わずため息が漏れ出てしまう。
彼らの視線の先には問題児三人。少なくとも俺のことは視界に入っていないらしい。
「……ヒルダ」
相手を頼む。但しやりすぎるな。そんな意図を込めてヒルダに視線を飛ばすが、ヒルダは楽しそうに「うふふ」と笑うばかり。わかってるのかわかってないのか……
あーいや、わかってないなこれは。ヤバイ目をしてる。例えるならネズミをなぶるネコの目だ。
「あなた達、冒険者?」
そんな目をしたまま、ヒルダは楽し気に男たちへ話を振る。すると彼ら五人の冒険者のうち、ひと際大きな身体をした男が名乗った。
「おうよ。ランクⅤのブレイゼスって聞いたことないか? この辺りでよくダンジョンを潰して回ってんだ」
筋骨隆々の大男、と言った風体のその男。確かに見た目は熟練の冒険者と言った風だ。ランクⅤと言うのもあながち嘘ではなさそうだ。
男の名乗ったブレイゼス、と言う名は、恐らく彼らのパーティ名だろう。冒険者は三人から五人ほどでパーティを組むのが一般的。彼らも恐らく、その例に倣っているのだ。
「あら素敵。強いのね、あなたたち」
「まぁね。僕らならランクⅥに上がるのも時間の問題かな」
冒険者の一人がご機嫌にヒルダの隣へ腰掛ける。当のヒルダはわざとらしい笑みを張り付けているが、酒を飲んでいるからかそのことに気付いた様子もなく、やけに体の線が細いその男はヒルダに微笑みかけた。
「お嬢ちゃんは俺と飲もうぜ」
「お腹すいたぁ……」
その横ではティスカの隣に別の冒険者が腰かける。一方のティスカは相変わらずの様子でお腹すいたと呟くばかり。彼らのことを意に介した様子は全くない。
「じゃあ俺はお姉さんかな」
続いて一番若い男がメリーベルの隣、メリーベルを挟んで俺の反対側に腰掛けた。メリーベルはそれを見てビクッと肩を跳ねさせ、俺の方へ僅かに寄ったが何も喋らない。と言うか喋れない。
そして最後の一人は初めの大男と共に、俺の肩に馴れ馴れしく腕を乗せると「あんた達のパーティランクはいくつなんだ?」と聞いてきた。
「……ランクⅣだ」
「ランクⅣ! すごいじゃないか。おめーみたいな地味男と美人三人でランクⅣなら上等上等! ガハハハハ!」
ランクⅣはランクⅤの一つ下。つまり、パーティランクだけで言うなら俺たちはこいつらより下と言うわけだ。それに気分を良くしたのか、最初に口を開いた大男は再び酒をかっ喰らう。
酔っ払いの相手なんかしたくないんだが……勘弁してくれ本当に。
「最近じゃダンジョン配信なんてもんが流行っちまったせいで、おめーらみたいなひよっこが勘違いしてダンジョンに潜るようになっちまった。ユニオンは一体何考えてんだか。なあ?」
「はぁ……大変っすね」
そういう俺らがダンジョン配信者な訳だけど……
「ねぇお姉さんたち、俺らとパーティ組まない? 僕らならこんな彼より、もっと稼げるよ?」
一方でヒルダの隣に座ったひょろひょろ男は、ヒルダの胸元にチラチラと視線を送りながら彼女をくどき始めていた。それを間近で見ていた他の奴らも続々と続く。
「そうそう。こんな奴より俺らと一緒に居る方が楽しいってきっと!」
「何ならもっと楽させてやれるぜ?」
そして大男が不意に俺の方へ向き「お前、ランクは?」なんて聞いてくる。
「俺のユニオンランクっすか? Ⅲッスね」
俺がそっけなくそう答えると、冒険者たちは大げさに驚いた。
「ランクⅢ!? おいおい、ルーキーもルーキーじゃねえか!」
「まぁ……まだ冒険者になって半年なんで……」
「なのにパーティランクⅣっつうことはお前、姉ちゃんたちにキャリーしてもらってんのか!? 男として恥ずかしくねえのかよ!」
「はぁ……そっスね」
そうやって適当に受け流していると「なっさけねえ野郎だな!」だの「こんな奴はやっぱダメだ!」だのと好き勝手言う冒険者たち。やがては「姉ちゃんやっぱり俺たちと一緒に来いよ!」「こんな地味男に美人三人は勿体ねえよ!」と言いたい放題。
やがて酒が回ってきたのか、ゲラゲラ笑う男たちはジョッキをドン、と勢いよくテーブルに叩きつけた。
その拍子に跳ねた酒が、俺の服へとひっくり返る。
「おわっ!」
幸い、いつも身に着けている皮の防具は、こんな時のために外していたおかげで災難は免れたが……
「ハハハハハ! いいぞ! もっとやれ!」
「やられっぱなしかよ情けねえな!」
気付けば俺たちの周りには、最初の五人以外の冒険者たちも集まり始めている。どうやらこいつらの知り合いらしい。どいつもこいつも酔っぱらいばかりだ、面倒くさい。
「ちょ……ティスカ、ヒルダ、帰るぞ」
これ以上ここに居ると面倒事に巻き込まれそうだ。そう思った俺は二人に声をかけ、席を立つ。するとその瞬間、酔っぱらった大男に「おい待てよ!」と腕を掴まれてしまう。
「いって!」
「ガアッ!」
見た目通りの強い力で腕を引かれて思わずふらつく。その瞬間、ついバランスを取るために振った肘が男の顔面に綺麗に入り、男が雄たけびのような悲鳴を上げた。
「あ、すみませ――」
「テメェやりやがったな!!」
いや誤解ですう……! なんて言う暇もなく、立ち上がった男に胸倉を掴まれる俺。そして。
「ゴアッ!?」
「ティスカ!?」
ガシャン! とテーブルの上で何か跳ねた音がした次の瞬間には、俺の胸倉を掴んでいた大男の横顔にティスカの膝蹴りが入っていた。
どうやらテーブルの上を踏み越えて、ティスカが跳んできたらしい。ティスカの膝蹴りが顎にもろに入った大男は白目をむいて体勢を崩した。
そして俺の胸倉を手放しながらそのまま隣の客のテーブルの上へ。大男が倒れ込んだテーブルで食事をしていた冒険者たちはテーブルの上の料理をめちゃくちゃにされて「はあ!?」とお怒りだ。
あー、これはまずい。
「さっきから黙って聞いてれば好き勝手言ってくれてるけど、私、ラルドが居なかったら冒険者なんか辞めるから。大体、口だけの弱いやつって嫌いなのよ」
床に着地したティスカは立ち上がりながら、周りの冒険者を睨みつける。うん、凄くカッコいいこと言ってくれてるところ悪いけど、俺逃げるからね。
「この女やりやがったな!」
「テメェ覚悟しやがれ!!」
途端に他の男たちは席から立ちあがり、怒りの形相を浮かべる。それは良いんだけど、なんで君たちの怒りの視線が俺にも向いてるの? 違くない? ティスカですよやったの。
「まぁまぁ、ここはお互い落ち着いて……」
「おいお前ら、喧嘩なら他所でやれよ! 俺たちの料理どうしてくれんだコラ!」
「ざけんじゃねえぞクソが!」
あーあーあー、お隣さんも参戦だ。当然のように俺たちの方を向いているぞ。よく見りゃ周りでも他の冒険者たちが俺たちの方を見てやんややんやと騒ぎ立てている。見世物じゃねえぞ!!
「うわッ!!」
その時、今度はティスカとは反対側で声が上がり、俺たちが先ほどまで座っていたテーブルがひっくり返る。驚いてそちらに視線を向ければ、ヒルダの隣に座っていた線の細い冒険者が綺麗に背負い投げされていた。
「どさくさに紛れて私の身体を触ろうとしてたからつい。ごめんなさいね」
おいおいおい勘弁してくれよー! これ以上騒ぎを大きくしないでくれよー!!
「それから、私もティスカの意見に同意するわ。特に、ラルドと一緒じゃないとってところに。彼、こう見えて私を満足させてくれるのよ。色々と、ね」
そして意味深にそんなことを口走るヒルダ。結局それって俺をからかって遊んでるだけだろ、とツッコミを入れる前に他の冒険者たちの視線が俺に集まった。
「随分と良い思いしてるみたいじゃねえかテメェ」
「だったら俺たちも可愛がってやるよ!」
「なんで俺ぇ!?」
叫びも空しく、冒険者たちが一斉に俺に向かって殴りかかってくる。思わず腕で顔を庇い、目を閉じるが……来るはずの衝撃が俺の元へ到達することはなかった。
「……?」
恐る恐る目を開くと、その直後に再びガシャン! と何か重い物が遠くに転がる音がして、音の先では俺を殴ろうとしていた冒険者が床に転がった。
「いでででででででで!!」
更にもう一人は、ヒルダが腕を捻り上げて床に組み伏していた。
「ティスカ、ヒルダ……!」
「ラルド、下がってて」
「安心して、殺しはしないわ」
こうなったらもう止まらない。俺にできることと言えば、二人の邪魔にならないように隠れるだけだ。
「メリーベル、逃げるぞ!」
「う、うん……」
さっきから完全にビビって動けなくなっていたメリーベルを連れて、俺は店の隅へ逃げる。するとほぼ同時のタイミングで、ついに戦いの幕が上がった。
「ナメんじゃねえぞ!!」
「やっちまえお前ら!」
「かかってきなさい、相手してあげる」
「ふふ、楽しくなってきたわね」
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