002_オルヴィスの冒険者たち

「メリーはどうするのー?」


 その後も片っ端から注文を追加していたティスカは、満足したのか俺の隣に座る黒い塊に話しかけた。


 メリーと呼ばれた黒い塊は、先ほどまでうとうとしていた頭を跳ねさせて「あ……うう……」と、低い女のうめき声を上げる。


 夕闇の森の中でその湿っぽい声を聴けば、誰もが怨念か何かかと勘違いしたことだろう。


 だがこれは闇世に響く怨嗟の声などではなく、うちの魔導士が言葉に詰まってどもっている声だ。


「……メリーベルは何食べるんだ?」


 黒い塊こと、黒いローブで全身を覆ったメリーベルにうんざりしながら問いかけると、彼女はぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。


「サラダと……フィレー」


「……」


 しかし店員は反応しない。どうやらメリーベルのか細い声は、店員までは届かなかったらしい。


 やれやれ……またか。


「サラダとフィレーをお願いします」


「かしこまりました。お飲み物は如何なさいますか?」


「飲み物は?」


「……果実ジュース」


「果実ジュースで」


「かしこまりました」


 直接話せよ! と怒ってはならない。これでも成長した方なのだ。俺たちがパーティを組んだばかりの頃なんか、俺と話すことすらできなかったんだから。あの時から考えれば意思疎通できるだけまだマシだ。


 そんな彼女、メリーベル・アンブロシアもまた、俺たちのパーティメンバーであり、問題児の一人である。


 問題点は……言わずともわかるだろう。


「メリーベルはもう少し、配信で喋れるように頑張ってくれ。人と話さなくて良いから、せめて視聴者に向けてさ」


「うう……」


 見ての通り、メリーベルは重度の人見知りだ。どのくらい重度かと言えば、他人はもとより半年一緒に冒険している俺以外の二人とすら、まともに会話できないくらいだ。


 その上不摂生と生活習慣の乱れが祟り、気付けばいつもうとうとしている。


 当然配信映えなんかするわけもなく、俺たちの配信ではいつも画面の端で黒い塊がもぞもぞしている。ダンジョン配信するために集められたはずなのに、人と喋れない奴が居て良いのかオルヴィスよ。


 とは言え実力のみを見るオルヴィスに採用されただけあり、魔法と魔導に関する知識、そして技術は本物だ。

 もし彼女ほどの魔導士を探そうとするならば、国中の魔導士を集めてそこから一握りの天才を選び出し、更にそこから最も優れた一人を選ぶくらいのことをしなければならないだろう。


 本当に、魔法と魔導に関してだけは凄いんだけどな……


「あと、店の中だからフードは外しとけ。不審者にしか見えないぞそれ」


 するとメリーベルはもそもそと、フードをゆっくり外す。

 黒いフードの下から現れたのは横一列に切り揃えられた黒い前髪と、日焼けしないせいで異様なまでに青白い肌。そして色素の薄い唇。


 明らかに虚弱な印象通り、長いまつ毛が生えた目の下にはクマがくっきりと浮かび上がり、相変わらず彼女の不規則な生活を物語っていた。


「じゃあ私はヴィレーユにするわ。ラルドは?」


 フードを外す際に乱れてしまったメリーベルの髪を整えていると、不意に名前を呼ばれた。

 声の主に視線を向ければ、そこに居たのは最後の問題児のヒルダだった。


「あ、じゃあ俺もヴィレーユで……」


「かしこまりました、少々お待ちください」


 俺たちの注文を一通り入力し終わったところで、店員は一礼して立ち去っていく。その背中を見送った後、ヒルダが再び口を開いた。


「このお店、ヴィレーユが自慢らしいわ。ヴィレーユって何かしら、食べたことないのよね私」


 ヴィレーユか。そう言えば昔、騎士団にいた頃食った覚えがあるな。


「あれは確か、アルビアだったか。そこで食った記憶があるな。魔物の肉を煮た煮物で、結構うまかった」


「あら、そうなの。それも騎士団にいた頃の経験かしら」


「昔アルビアに配属されたことがあってな。その時に――ってぅオイ! 話を逸らそうったってそうはいかねえぞヒルダ! 反省会はまだ終わっちゃいねえ!」


 危うくヒルダの話術にかかるところだったが、なんとか軌道を修正する。ヒルダはと言えば「おかしいわね、そんなつもりじゃなかったのだけれど」なんて言いながら、楽しげで妖しい笑みを浮かべていた。


 彼女の名はヒルダこと、ヒルデガント・ダリアンジュ。

 赤い唇を弧に歪め、蠱惑的な笑みを浮かべた彼女は、俺たちのパーティの最後の一人だ。


 ヒルダはいつも、少女にも見える童顔で楽しそうに笑う。その笑みの裏にどんな感情が渦巻いているのか俺にはわからないが、ヒルダが笑み以外の表情を顔に出したところを今まで見たことがない。


「そうやってヒルダはいつもいつも話を逸らすけどな。一番やばいのはヒルダだからな。自覚ないだろ」


 俺がそう言うと、肩辺りで切り揃えられた、ウェーブがかった赤毛を弄り、ヒルダは言葉を紡ぐ。


「ないって言うより、何が普通なのかわからないって感じよね、私の場合」


 一見すると俺たちの中で唯一まともに会話できる、数少ない良心に見えるが……とんでもない。むしろこいつが一番ヤバい。危険人物と言って良い。


「じゃあ何でそこまでわかってて、戦闘中に突然自分の腕切り落として囮にしたりするのかなぁ!? 見てるこっちの心臓が止まりそうになるんだけど!!」


「でも義手よ? これ」


「だとしてもだよ!! あと魔獣をバラバラに解体するのもやめろ! グロすぎて映せねえ!!」


 ヒルダの問題点、それは道徳や道理、常識といった類が一切欠如したその倫理観だ。


 おかげで彼女の選択肢には必ず、飯を食うくらいの気軽さで他者の命を利用するという選択肢が封入されている。


 そして、そんな危険な思想を持つヒルダの経歴は――元死刑囚。


 いや、元なんてついちゃいるが、特別に出歩くことを許されているだけで今もなお死刑囚のままだ。こんな危険人物を出歩かせるなんてこの国の司法はどうなっているのか。


 そんな過去が影響しているのか、彼女の四肢は魔導義肢であり、自前の手足は失ったと言う。

 その事実を笑顔で語り、そして義肢という利点を存分に活かす彼女の戦い方は猟奇的とも言って良い。


 挙句にこいつは平然と、たまたま同じ場所に居合わせただけの冒険者を囮にしたり、魔獣の攻撃を避けるために盾にしたりとやりたい放題。自由にさせるとろくなことをしない。その度俺が謝罪する羽目になるんだ。


「今日だってこれみよがしに怪我した冒険者に魔獣の群れぶつけようとするしよぉ……」


「だってあそこであの人たちを囮にすれば、私たちは楽に魔獣を処理できたでしょう?」


「言っとくけど仮にそれが成功したとして、その後憲兵所送りになるのは俺らなんだからな?」


「あら、目撃者を全員消せばバレないわよきっと」


 言いながらヒルダは艶めかしさ溢れる、体の線が浮き出るボディスーツ姿で足を組みなおす。


 ヒルダがいつもまとっているこの藍色のボディスーツは、なんでも魔導局が試作開発している特別品なんだとか。温度の変化や強度に優れ、身につけている者をあらゆる危険から守る優れものらしい。


 しかしその安全性が証明できていないため、こうして死刑囚であるヒルダで文字通り人体実験を行なっている……とかなんとか。


 そんな曰く付きのボディスーツは顔以外の露出が一切ないと言うのに、深い藍色の素材で彼女の女性的なボディラインをくっきりと浮かび上がらせ、非常に煽情的だ。正直、目のやり場に困る。


「皆消せばってお前……簡単に言うけどさぁ……」


 その時ふと、周囲からの視線を感じて俺は後ろを振り向いた。


 見れば近くで飲んでいる冒険者たちが、チラチラとこちらに視線を向けている。その視線の先には煽情的なヒルダの身体。少々鬱陶しいが、いつものことだ。


 ヒルダもティスカほどではないとは言え、美人であることには変わりなく、そんな美人が扇情的な格好をしていれば誰だって視線を取られてしまう。


 俺だって相手がヒルダの本性を知らなければ、きっと彼らのうちの一人になっていたに違いない。


 やがてそのうち、酒の力を借りたらしい冒険者たちが、俺たちの周りにわらわらと集まり始める。


「なあ姉ちゃんたち、よかったら俺らと飲まないか?」


 ほーら始まった。今日も面倒事の時間だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る