クアトリアの冒険者―史上最強の問題児たちはダンジョン配信を始めるようです―

一代 半可

第一部 明けの四つ星

001_問題児パーティ結成

 あの頃の俺は、いずれ死ぬつもりだった。


 親は既に亡く、恋人や特に親しい友人もいない。借金を背負い騎士学校に通ってまでようやくなった騎士の職は、無実の罪を着せられて先日罷免されたばかり。


 騎士を罷免されたと言う過去は思っていたより世間体が悪く、行く先々で渋い顔をされて就職を断られる日々。


 何をするでもなく、何かしたいでもなく。行く宛もないまま目減りしていく貯金と共に、命のすり減る音がした。


 無い無い尽くしの人生だ。今更もう一つ無くしたところで、何も変わりやしない。


 貯金が無くなったら死のう。オルヴィスの求人を知ったのは、ちょうど漠然と、そう考えていた頃だった。


 ダンジョン配信者募集。年齢不問。性別不問。経歴不問。職業不問。ただ、実力のみを求む。


 その募集文は、何も無い俺に最後の機会を与えているように思えた。


 実力に自信があるわけでは無かったが、どの道これしか俺には残されていない。文字通り、これを最後にするつもりで俺は求人に応募した。


 だが俺の運命は、オルヴィスの採用試験会場で彼女と出会ったことによって転機を迎えた。


 彼女はその名前の通り、輝く星のような人だった。


 美しく、それでいて力強く。誰かのためでは無くただ己のために。黙々と研鑽を続けるその姿は、何も無い俺にはあまりに眩しくて。


 彼女の進むその道の先に、一体何があるのか……見てみたいと思うようになった。


 その後、何もかも諦めていた俺の元にオルヴィスの採用試験合格通知が届いた。


 不思議なことに、どうやら普通なところが評価されたらしい。

 正直意外だった。普通なところが俺の欠点だと思っていたから。


 そしてあの、輝く星のような彼女はと言えば――



◆――



「今日の反省会を始めるぞ」


 オルヴィスに就職してから早半年。俺はいつものようにダンジョン攻略後の恒例となった反省会の開会を宣言した。

 本日の反省会は冒険者たちの集う王都の酒場からお送りしている。


「今日もやるの? それ……」


「あったり前だろ」


「眠い……」


「今日くらいは反省会無しでも良いんじゃない? 私も疲れちゃったわ」


「今日と言う日だからこそ反省会するんだろ。すんませーん、注文お願いしまーす」


 項垂うなだれる三人を他所に、俺は酒場の店員を呼ぶ。すると店内を駆けまわる店員が「少々お待ちくださーい!」と声だけで返事していた。随分と忙しそうだ。


 店内を見渡してみれば、粗末な木製テーブルがいくつも並び、俺たちのように今日のダンジョン探索を終えた冒険者たちが思い思いに酒を飲み、料理をかっ喰らっている。


 店員の数の割りに店は随分広いが、これは多くの客が入れるようにすることはもとより、冒険者が大騒ぎできるだけの空間を用意する目的もあると前に聞いたことがある。


 そんなどんちゃん騒ぎの中で開催される反省会。本日の参加者は四人……つまり俺たちのパーティメンバー全員だ。


「良いかお前ら。もう散々言ってきてるし、俺だってもう言いたくない。けどな、俺たちはダンジョン配信者なんだ。視聴者がわっと驚くような映像を撮って、フォロワー増やして、金を稼がないといけないんだよ。わかるよな?」


 はいはい、とでも言うようにため息を付く音がした。


 三人の反応は様々だ。うんざりとした様子で天井を見上げるやつ。今にも寝そうになりながらうとうとするやつ。そして全く興味無さそうに自分の爪をいじるやつ。


 共通しているのは思い思いに俺の話を聞き流しながら、心底面倒くさそうな空気を醸し出していることだろうか。


「俺だって面倒なんだよ、こんな話を毎日毎晩するのはさ。けど、そうしないといけないんだよ。何でって? 二十一回だ。この回数が何の数字かわかるか?」


 俺が問いかけると、三人の問題児のうちの一人、先ほどまで天井を見上げていたティスカが口を開いた。


「ラルドの誕生日の回数?」


「そうそう。俺も今年で二十一歳だからな。誕生日の回数も丁度二十一……ってンな訳あるかァ!! 一昨日の配信の再生回数だ!! フォロワー三百人程度の零細配信者とは言え、たった二十一回しか再生されてねえんだよ!! コメントも相変わらず一人だけだし!! このままじゃ本当に俺たちは破産するぞ! オルヴィスが倒産するんだよ!! 危機感を持てって話してんだよ!!」


 勢いあまって立ち上がった俺を、ティスカは心底面倒くさそうな表情をして見上げる。


「もー終わったことだし良いじゃーん。それよりお腹すいた。ごはん食べよーよ」


 そうして引き締まった手足を、まるで子供のように放り出した彼女は椅子の上に大の字に広がる。


 いつもの軽鎧を脱いだ彼女は、半袖に短パン姿だ。おかげでその白肌が存分にむき出しとなっている。


 いつもの軽鎧はこれまたいつものように脱ぎ散らかされ、先ほど俺が回収したばかり。


 ティスカの鎧は冒険者が良く身に着ける一般的な物で、肩や手足、胸元などの要所だけを守り、関節部は布で覆われただけの代物なのだが、それでもティスカにとっては自分の動きを制限する不愉快な拘束具であることに変わりないらしい。


 男の俺としては目のやり場に非情に困る格好だ。良い歳の淑女がそんな格好をするんじゃない。しかし当のティスカはそれを気にしている様子もなくぶー垂れる。


 その様はまさに子供。だからこそ俺は、改めて腰を下ろしながら口を酸っぱくして続けた。


「いーや、今日という今日はダメだ。と言うかお前が一番問題なんだぞティスカ! なんであれほど言ってるのに魔獣を瞬殺するんだよ! 今日のやつなんかランクⅥだぞ!? 普通、手慣れの冒険者が五、六人集まってようやく倒せるような相手なんだよ! お前一人で瞬殺して良い相手じゃ無いんだ! わかるか!?」


「だって出来るんだから仕方ないじゃーん。それに、あれでも手加減した方でしょ。剣を振ったらなんか斬れるんだから、どうしようもないって言うかさー」


 やれやれとでも言いたげに両手のひらを天井に向けて首を横に振るティスカ。彼女がそうやって頭を振るたび、彼女の美しく長い金髪も一緒に波打つ。店の明かりを反射する金の髪はキラキラと輝いていた。


「だとしてももっとこう、苦戦する雰囲気とか、空気とかさ! あるだろもっと! なんでお前、魔獣と出会った瞬間に『邪魔』とか言って瞬殺しちまうかな!? お前が瞬殺したあいつ、今日の配信の目玉だったんですけど!! 今日の撮れ高、三秒で終わったんですけど!!」


「だって、討伐依頼が出る魔獣があんな弱いと思ってなかったから……」


「いかにもな雰囲気纏ってただろ! 二本足で歩く牛! しかも超巨大で筋骨隆々! 鼻息も荒い! 見るからに強敵だ! それを一太刀で切り捨てやがって……お前の剣筋、早すぎて全く映らないんだよ! 見てるこっちからすると突然魔獣が倒れたようにしか見えねえし! こんなんで配信の見どころなんて作れるかァ!!」


 息が切れ、肩で息する俺を他所に、彼女の腹がぐぎゅるるるると返事した。


「……もーお腹すいた。お腹すいたお腹すいたお腹すいた!」


 続けて、ティスカのいつもの奴が始まる。


 ティスカは見た目だけなら間違いなく絶世の美女だ。涼しげな顔立ちと青い瞳。そして整ったプロポーション。ひいき目を抜きにしてもティスカより容姿の整った美人はそう居ない。


 見た目だけなら間違いなく、絶世の美女と言って良い。


 では中身はどうか、というと……一言で言えば、子供。幼稚で短絡的で単純バカ。挙句バカほど物を食う。バカでも食わないほど食う。とにかく大量の飯を食う。


 一体どれだけ食うのかと聞かれたなら、俺たちの生活費のうちの殆どがティスカの食事に消えている、と言えば伝わることだろう。


 きっとティスカは世界を食えるものかそれ以外でしか判別できていない、そんな暴食の獣なのだ。


「ご注文はお決まりでしょうか」


 そこに丁度現れた酒場の女店員。最近流行りの胸元を強調した、やけにフリフリの服装で、注文を入力するための小型の魔導機を手にしている。

 店員に対してティスカはすぐさま返事する。


「はい! ブラージェスのステーキとジェレミーのソテー。それからトゥラーニアスープに、あとチャーギューも! それとー……」


 次々とティスカの口から紡がれるこの店の料理名。その余りの量に、店員がドン引きしている。

 そして確認を取るかのように視線で大丈夫かと訴えかけてきたが、俺は静かに首肯することしかできなかった。


 冒険者ってやつは昔から、宵越しの金は持たずその日稼いだ分をその日の夜に全部使ってしまう、そんな奴らばかりだ。きっとティスカもそんな冒険者の一人に見えたのだろう。


 幸い今日の仕事の報酬でティスカが飲み食いする分の金はあるが……これだけあれば本当なら、俺たち四人が一週間は生活できるんだぞ。わかってんのかこいつ。


 これで何の役にも立たないなら問答無用でパーティから蹴り出したところだが、その圧倒的なまでの強さと容姿のせいでそういうわけにもいかないのが面倒なところ。


 たった三百人ちょっとしかいない俺たちのフォロワーにも、ティスカのファンがちょいちょい居るのだ。

 おかげで俺はこの暴食獣の面倒を毎日毎晩見るハメになっている。勘弁してくれ、本当に。

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