第31話 テンプレ的に、取り調べを受ける俺。

 シンジは、応接間のような部屋に通された。お茶と菓子がすっと出される。


 アンリとふたりの副長は、ちょっと席を外しますと言って出ていき、部屋にはシンジとアイリスが残された。


 「みんなどうしたの?」


 シンジがアイリスに尋ねた。


 「たぶん、調書を取るために書類とかを取りに行ったんだと思います」


 「あ、やっぱり取り調べなんだ。じゃあ、これが必要かな?」


 何を思ったのか、シンジは部屋の隅に突然簡素なテーブルとパイプ椅子を取り出し並べると、片側に座って頭を抱えた。そして、突然立ち上がって叫ぶ。


 「僕はやってないッ!」


 「突然何を言っているんですか?」


 いきなり小芝居を始めるシンジを、アイリスは冷たくあしらった。


 「かつ丼は出ないかな? 電気スタンドを思いっきり顔に圧し当てたりとかは?」


 「だから何ですか? それは」 


 またもアイリスにあしらわれた。やはりシンジの扱いに慣れてきたらしい。


 「えー、だってタイーホされたら、これをやらないとテンプレが」 


 「いや別にシンジさんは犯罪を犯したわけではないので、逮捕とは違いますよ」


 「え? そーなの?」


 「逆に、何が犯罪に当たると思ったんですか?」


 アイリスがさも不思議そうに聞いてきたので、シンジは説明する。


 「いや犯罪には当たらないと思っているよ。盗賊を退治したのも土壁を造ったのも。これはあくまでテンプレおやくそくなので気にしないで」


 そう言いながら、ふとシンジは、ひとつだけ犯罪に近いものがあったことを思い出した。


 「あ、でも騎士が呼び止めたのに逃げ出したのは、まずかったかなあ」


 「それは騎士命令逃亡罪ですね。犯罪者です」


 きっぱりとアイリスが言った。


 「やっぱりタイーホだったんだぁ……」


 シンジがテーブルの上で崩れ落ちる。それを見て、コロコロとアイリスが笑いだした。


 「お待たせしました」


 そこへ戻ってきたアンリとトンプソンが部屋に入ると、テーブルに項垂れるシンジと笑うアイリスの姿があった。


 「……アイリス、何があったんだい?」


 そこでシンジが、項垂れながら両腕を突き出した。


 「自首します」


 「アイリス! 何があったんだいッ!?」


 アイリスの笑い声が大きくなった。




 ◇




 「いや大丈夫ですシンジ殿、確かにその条文はありますが、命令をしたわけではありませんから」


 事情を聴いたトンプソンが、必死でシンジをなだめる。


 「第一、盗賊退治の褒賞金も出るのに、その受取人を逮捕したら、今後盗賊退治する人いなくなりますよ!」


 「褒賞金は逮捕の罰金と相殺だ、とか?」


 「どんな極悪組織ですかそれはッ!?」


 トンプソンが頭を抱えた。


 「シンジ殿。貴方は姫を盗賊から救い、騎士たちを守り、それから細かい事情は後でお聞きしますが、魔物暴走スタンピードを防いだ騎士アイリスの協力者です。褒賞がダブルで出こそすれ、逮捕はあり得ませんよ」


 アンリが笑って請け負った。


 「ちょっと待ってください総隊長、魔物暴走スタンピードを完璧に防げたのはシンジさんのおかげですよッ!?」


 「とどめはアイリスさんが刺したじゃん」


 「それはシンジさんが……ッ! 村を守って魔物暴走スタンピード殲滅、さらに姫様を守ったなんて、もしかしたら騎士爵だって手が届くレベルの活躍ですよッ!?」


 「ま、いいっていいって。俺としては、もっとこの街を良く知って、まずは冒険者として生きていければ」


 これはシンジの本音である。貴族も悪くないが、もうちょっとこの世界に慣れて、足元を固めてからそういう段階に入りたいのだ。


 要するに、『いきなり貴族』はシンジの考えるテンプレではない。『成り上がり』を体感したいのだ。


 少なくとも、オークロードのレベルはわかった。魔物暴走スタンピードで、『中途現実ちゅうとりある』ではない本物リアルの一対多数も経験できた。


 そこから考えれば、だいたい中途現実ちゅうとりあるで培った実力の半分以上は現実でも発揮できそうだ。ならば、事実上無双が出来る。


 だったら焦って騎士爵に食いつく必要はない。もうちょっと功績を貯めて、一気に駆け上がりたい。その方が絶対楽しいだろう。……幼女が。


 何のかんの言っても、シンジは幼女に深く感謝しているのだ。あの・・現実世界からここへ連れて来てくれたのだから。


 それに、だ。


 シンジとしては、自分が焦って駆け上がるより、この世界で味方を増やしたいと思っている。


 自分の力も大事だが、最後にもの・・を言うのは、『人脈』なのだ。


 現実世界で味方がいなかった・・・・・シンジは、そのことを痛いほど理解していた。


 だったら、街の実力者らしいこの真面目な兄妹を味方に出来れば、安心して暮らせるだろう。


 このレベルの功績を譲るだけで叙爵されるなら、アイリスには是非騎士爵になって、自分の後ろ盾になってもらいたいとすら思っている。


 「サー・アンリ、この功績で、アイリスさんは騎士爵になれますか?」


 「私の立場では確実だとは言えないが、オークロードと1000匹レベルの魔物暴走スタンピードを、騎士がほぼ単独で、しかも村の被害ゼロで殲滅したというのが事実だと認められれば、普通なら叙爵されるね」


 「では、それで良いんじゃないですか? 私は生活の基盤が無いので、褒賞金だけは貰えるとありがたいですが」


 「それは私の名前で約束しよう」


 「ならそれで」


 アンリとシンジの間で、ポンポンと話が進み、固い握手が交わされた。アイリスは途中から展開に着いていけなくなったようで、口を半開きしにして唖然としている。


 「じゃあ、具体的な調書づくりを始めようか。シンジ殿、協力をお願いします」


 「アイアイ、サー」


 固まっているアイリスを尻目に、シンジとアンリの調書作成わるだくみが始まった。





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 「……ところでシンジ殿、本気でアイリスを娶る気はないかい?」


 「何言っちゃってんのこの人ッ!?」

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