第27話 テンプレ的に、アイリスさんと話をする俺。

 日は落ちて、焚火とかがり火で辺りが照らされる中、オーク料理がどんどん運ばれる。皆が飲み食いを始めている。


 老いも若きも、男も女も、生き残れたことを実感する。身を固めて閉じこもっていただけだが、辺境で命の危険は常に感じていたのだ。


 だが、明日からはその心配もない。


 オークの魔物暴走スタンピードはあっという間に退治され、村を守る強力な壁も出来た。畑仕事をしているときにも、もうゴブリンや魔猪、森魔狼に突然襲われることもない。


 村人が陽気に飲んで騒いでも、安全が保障されているのだ。


 こんなに安心して騒げるのは、開拓村を作り始めてから初めてだろう。


 「アイリス様、食べてますかー? これどうぞー、おいしいですよー」


 村娘たちがアイリスを囲んでいる。きゃぴきゃぴるんるん。男どもが近づこうとすると、猫のようにフシャーッ!! と威嚇する。


 「あ、ああ、ありがとう」


 少し引きながら、アイリスが頬を引きつらせて笑う。


 (ヅカ? ヅカキャラなの?)


 シンジはそれを見て、関西の某劇団を思い出してしまう。


 名前をヴァイオレットに改名した方が良いのでは、と思いつつ、アイリスに村娘が夢中になるのも無理はないと思う。


 「こちら飲みませんかー?」


 「い、いやごめんね、お酒は明日早いから……」


 アイリスが引きつりながら、村娘たちの接待攻勢を必死に躱していた。


 シンジとしては残念なのだが、明日はノアに乗って日の出とともに出発だ。飲酒をしたら起きられないだろう。


 お酒は二十歳になってからだが、シンジは100年以上17歳をしている。飲んだところで問題はない。ましてや、この地では二十歳縛りはない。だいたい15歳になると、成人とみなされる。こういうものは、文化的に寿命との比較だから仕方がない。


 そんなわけで、シンジは村人たちに酒を注ぐ役目を請け負っていた。


 「まあまあ、どうぞどうぞ。味の方はどーです?」


 若者たちは、こんなの飲んだことが無いとへべれけになって盛り上がっていた。 


 そして、歳が行った村人の顔には、笑いと、涙があった。誰もが笑って、泣いていた。


 今までのつらかった開拓や、魔物に襲われ、命を失った同胞たちの顔が浮かんでは消えているのだろう。


 シンジとアイリスは、一緒に語らって、盛り上がっている村人の輪からこっそりと抜け出した。ここからは、明日に感謝して生きる村人たちの時間だ。楽しく過ごしてもらおう。


 シンジたちは、先に休むと村長たちに告げてふたりで村長の家に戻った。


 さすがに野宿ではないので、騎士とは言え貴族の女性と同じ部屋には寝られない。一室ずつ借り、さて寝るかとアイリスに挨拶しようとしたシンジを、アイリスが留める。


 「シンジさん、お借りしていた剣をお返しします。本当にありがとうございました。この剣でなければ、とてもオークロードは倒せなかったでしょう」


 そうだろうとシンジも思う。アイリスの剣は悪いものではなかったが、所詮普通の数打ち騎士剣ロングソードだ。シンジの渡した魔剣とは比較にならない。


 「でも、剣折れちゃってるよね? 騎士なのに、それはまずくない?」


 「私が未熟だっただけの事です。お叱りは受けるつもりです」


 「そっか。でもダメ」


 「はい?」


 シンジは、容赦なく却下した。


 「俺、目立ちたくないって言ったよね? せっかくアイリスさんが倒したのに、剣無しでオークロードをどうやって倒したって言うつもりさ?」


 「あ」


 剣が無いのにオークロードを倒した? ……あり得ない。


 オークロードを倒した時に折れた? ……いかにも不自然だ。


 どう考えても、シンジが倒したと思われてしまう。


 まだ、シンジの予備の剣で倒したと言えば不思議ではない。それが魔剣だっただけだ。


 魔剣と言っても、一番ありがちなタイプだし、シンジの手持ちの氷の剣の方が格上なのだから、予備で持っていた剣を渡したという方がまだ許容範囲というものだろう。


 シンジとしても、今更普通の剣で戦うという選択肢は、命の危険がある以上絶対に出来ない。『ちゅうとりある』ではないのだから、目立ちたくないという理由で自分の命を危険に晒すつもりは全く無いのだ。


 何度も死んだシンジだからこそ、危険には敏感だ。本質は臆病者チキンと言っても良い。


 だとしたら、予備の剣が普通の魔剣というのは、目立つにしても許容範囲というものだろう。魔剣を普通と言って良いのなら。


 「そうだね、それじゃあその剣あげるよ。だったら問題ないよね?」


 「いやいやいや、金貨何百枚もする剣ですよッ!? そんなお気軽にあげるとか言われてもッ!!」


 シンジとしては、自作の剣だし、アイテムボックスに同レベルの剣は数百本あるので、特に惜しいとも思わない。


 「まあ、剣だって使ってもらった方が嬉しいだろうしねえ」


 「いやそういう問題では……」


 アイリスの眉毛が八の字になる。困ったときに出る癖みたいなものだろう。


 「んー、あ、そーだ。じゃあ、売るってのはどう? 正直、手持ちのお金が無いから、街へ行ったときにどうしようかと思っていたんだよね」


 盗賊を倒した時に礼金を貰っていないので、シンジはこの国の貨幣を持っていない。ちょうど良いかもしれない、


 「いや、それは確かに嬉しいですが、そんな高額のお金、持っていないです……」


 「分割でどう? とりあえず、街に着いたら手付で少し貰うという事で」


 「すぐには、小金貨数枚分くらいしか手元にありませんけど……」


 この国で小金貨と言えば、日本円にすると10万円くらいの価値がある。


 「ああ、それで問題ないよ。後は徐々にで。中古品だし」


 アイリスが使ったから中古になっただけだが。


 「いや魔剣に中古品とか無いですから」


 「ま、いいからいいから。じゃそーゆーことで」、


 「シンジさん」


 シンジがひらひらと手を振り、部屋に入ろうとすると、またアイリスが呼び止めた。


 「どうしたの?」


 アイリスが、じっと真剣な目を向けてきた。


 「シンジさん、私がこうして生きて帰ることが出来るのも、ノアが助けられたのも、すべて貴方のおかげです。本当に感謝しています」


 そして、胸に手を当てて、深々と最敬礼をしてきた。


 シンジは、にっこりと笑ってうなずいた。


 「うん、良かったよね」


 (でも、もしかしたら俺のテンプレに巻き込まれた可能性もあるんだよね)


 そう考えると、ちょっと罪悪感が沸く。……いや、幼女のせいだろう。たぶんきっとめいびーぱはーぷす。


 「じゃあ、明日は早いから。で、街に着いたら案内してね」


 「はいッ!」


 「じゃ、お休み」


 「シンジさんも」


 アイリスの笑顔を背に、シンジは部屋の扉を閉めた。

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