第25話 テンプレ的に、スタンピード終焉を村に伝える俺。

 「あわッ!?」


 オークロードの背中に乗っていたアイリスが、風に煽られて力が抜けたようにペタリと座り込んだ。


 どうやらアイリスは、一気に魔力が押し寄せて吸収される、何とも言えない気持ち悪さと気持ち良さが同居したような、矛盾した感覚に襲われたのだろう。シンジも実力差がある魔物を倒した時に感じた事があるアノ感覚だ。


 「あー、魔素の風に中てられたんだね。わかるわかる。サブいぼ立つよね」


 そう、あれは生暖かくて、だが急に寒さも感じて、鳥肌が立つ感覚に襲われる。シンジはその時のことを思い出しながら、訳知り顔で語った。


 「サブいぼ……?」


 「ああ、羽を毟った鳥みたいな肌の事」


 「あ、雁肌ですか。確かにそうですね」


 「そういう表現になるんだ。へー」


 言葉のニュアンスは難しいものだ。異世界翻訳も完全ではないのだろう。


 (『サブいぼ』は方言だったんだな。知らんかった)


 それはともかく、魔物暴走スタンピード終結を村人に知らせなくてはならないだろう。他の村も警戒を続けているだろうし、援軍だって来てしまう。


 「アイリスさん、とりあえずオークどもを収納して、村に戻らない? 解決したことを知らせないとね」


 「あ、そうですねッ!」


 シンジは、土壁の近くで倒れているオークナイトの亡骸を、一気にマジックボックスに収納した。もともと首を斬り落としているので、血抜きは万全だ。それほど時間も経っていないから、食用にしても問題ないだろう。


 見ると、ナイトが持っていた剣が10本以上転がっている。ドロップアイテム扱いで残されたものだろう。これはアイテムボックスの方に収納する。傍から見ていると、変わらないのだが。


 さらにシンジは血にまみれた大地を一気に浄化した。血液が大量に残っていると、魔物がそれにつられて出てくるかもしれない。


 後片付けと言ってもそんなものだ。


 「じゃあ、すぐに村に向かいましょう!」


 アイリスはノアのあぶみを掴み、ふわりとジャンプした。そのまま2m近くまで跳び、その背に自然にまたがる。


 「あ、出来た」


 先ほどまでは、ノアの背が高くて、シンジが浮遊させないと乗れなかったのだが、何なく乗ってしまった。


 「うん、身体能力が上がったんだね。さっきの魔力の風で、使える魔力が増えたから、自然に身体強化の力も上がったんだと思うよ」


 「……そういうものなんですか?」 


 『魔素の風』は、倒した相手との相当なレベル差が無ければ、感じることはない。感じた場合は、一気に体内魔力が上がっている証拠なのだ。


 つまり、それだけオークロードの生物としての格が高かったという事だろう。それにほぼ単独でとどめを刺したのだ。


 「そういうもの。じゃ、後ろ失礼するねー」


 シンジは、先ほどと同様にふわりと浮いて、アイリスの後ろに並ぶように跨った。


 ノアは、それを待っていたかのように走り出した。




 ◇




 「皆の者ッ! モンスターの脅威は去った! 安心してくれッ!!」


 アイリスさんが、扉が固く閉ざされた教会の前で、オークどもの殲滅を声高らかに宣言した。


 「そ、それは本当ですかのッ!?」


 その声が届いたのか、しばらくガタガタと何か重いものを移動するような音がして、教会の扉が開かれた。


 そこには、杖を振り回すJIJY村長の姿があった。その周りでは、武器や農具を持った男たちが、狭い空間の中で必死に振り回される杖を避けていた。


 「ああ、この通りだッ!」


 アイリスは、マジックバッグから、オークロードの黒い生首を取り出し、右手で高く掲げた。


 教会を、男たちの歓喜する雄叫びが包んだ。


 「村長、すまぬがすぐに安全確保の狼煙を上げてもらいたい。村の鐘も鳴らしてくれッ!」


 「ははッ! 皆の者! すぐに取り掛かるのじゃあッ!! 手の空いたものは、地下から女子おなご衆を出してやってくれぃッ!!」


 村の男たちは、すぐに散った。非常に統率が取れている。大した村長なのだろう。杖持って暴れているが。


 見る間に緑色の狼煙が上がり、鐘がシャン、シャンシャン、シャン、シャンシャン、と独特のリズムでゆったりと鳴らされた。どうやら、これが安全確保の印になっているのだろう。


 しばらくすると、教会から女たちと、それに抱えられた子供たちが表に出てきた。まだ女たちは不安そうな顔をしていたが、子どもたちはすぐに親の手を離れ、走って建物の裏に向かった。未だ合図を流し続けている鐘と狼煙を見に行ったのだろう。普段は見られないものだから。


 アイリスは、女子供には見せないように、オークロードの首はすぐにしまい込んだようだ。


 「騎士様、今回はオークの来襲を防いでくださり、本当にありがとうございましたですじゃッ!」


 JIJY村長が、土下座せんばかりに頭を深く下げた。


 「あ、いえ、こちらのシンジさ、殿のご助力がを、あっての事。感謝なら、こちらの御仁に頼む」


 アイリスが謙遜し、シンジに水を向けると、JIJY村長が体ごとシンジの方を向いた。


 「シンジ殿ぉッ! 深く感謝いたしますぞぉッ!」


 「いや村長それちがいますからッ! シンジさんすみませんッ!!」


 アイリスの言い間違いを、そのまま村長が受けてしまった。アイリスが顔を真っ赤にして否定する。


 シンジは、それを見て思わず吹き出してしまった。続いて、村人たちも笑い出した。


 (さすがはコメディアンかん〇ーちゃんだねえ。いや、異世界に新喜劇はないはず。……ないよね? いやいや、あの幼女だから油断は……)


 シンジの心に、一抹の不安が訪れた。


 「で、では、村の畑の様子が気になるので、戦った場所を案内してもらうことは可能でしょうか? 騎士様たちにこのようなことを申し上げるのは無礼だと分かっておりますが……」


 笑いが収まったところで、村長の隣に立つ男が、恐る恐るという感じで、アイリスに問いかけてきた。


 「これッ! 騎士様に失礼じゃろうがッ!!」


 「だ、だがオヤジ、収穫前の畑が荒らされていたら、結局村がダメになるかもしれないんだぞ」


 どうやら、村長の息子らしい。あの、鐘を叩きに行った男だ。


 「ああ、その心配はいらない。オークどもは、すべて村の畑に入る前に倒している」


 アイリスも、特に怒るでもなく、普通にそう答えた。


 「ええッ!? わざわざ村の外で戦っていただいたんですか? こ、これで、収穫も心配しなくて済みます……」


 村長の息子が、ペコペコ頭を下げてきた。恐らく次期村長として、村の存続に責任を感じていたのだろう。


 「ええ、畑の外で戦ったので、問題ないはずです」


 「あ」


 シンジが思わず声を上げた。


 そう、壁を消すのを、すっかり忘れていたのだ。


 「ヤベ。ちょっと戻って壁を消してこないと」


 アイリスは、それを聞いてストップをかけてきた。


 「あ、いえ、出来ればそのまま残していただけると、この村も防備が固くなって助かると思うんですが」


 しかし、それを受け入れると、どうやって土壁を造ったのかという事が問題になる。シンジの仕業と知られれば、目を付けられやすくなってしまうだろう。


 「うーん、目立たない様にしたいんだけどなあ」


 「村長にお願いして、村で地道に造ったことにしておいてもらったら良いんじゃないですか? 石造りでもないし、時間を掛ければ実際に造れるわけですから」


 「す、すみませぬ、ち、ちとお待ちを。村の周りに、壁を造ったという事ですかな?」


 ふたりの会話に、村長が割って入った。


 「うん、そう。使い終わったから、消そうかなと」


 「いやいやいやいや、それはぜひ残しておいて欲しいですじゃッ!!」


 村長、いきなり必死である。それはそうだろう。オークの魔物暴走スタンピードを防げる壁だ。それがあれば、どれだけ村の防衛に役立つか。


 「えー、でも維持大変だよ? 単なる土壁だし」


 シンジの魔術で作ったのだ。雨が降ったくらいではビクともしないだろうが、長い時間が経てば、崩れてくるだろう。


 「イチから作ることを考えれば、維持くらいは何でもありませんですじゃッ!」


 それはそうだろう。維持だけなら、村全体で管理すれば何の問題もない。


 「私からもお願いしますッ! 村の皆が、安全に暮らせるようになりますッ!」


 今回の魔物暴走スタンピードはともかく、ここは魔の森近くの辺境である。村に魔猪ボアやゴブリンが侵入して来たりとかは普通にある。それで出ていた人的・物的被害だって大きいのだ。


 そこで、村の衆が女子供まで一斉に頭を下げてきた。村の安全のため、皆必死である。


 そう言われると、シンジだって壁を消したいとは言えなくなる。


 「んー、壁は村で造ったことにして欲しいな。それが条件。守れる?」


 「はいですじゃ、絶対に守らせますじゃ。守らない奴は、女子供であろうと、この杖で袋叩きの上、村から追放ですじゃ」


 村長が杖を握り締めながら請け負った。この村長ならヤる。絶対にだ。そう確信させるものがある。


 「んじゃあ、しょうがないから壁は残すよ」


 シンジがそう言った途端、村人から大歓声が沸いた。

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