第18話 テンプレ的に、お茶会を始める俺。

 「おー、来た来た。たかが1000匹でも、結構迫力あるよねえ」


 シンジが見下ろす先、すでにオークどもは森を抜け、草原を整然と、とまでは言えないが、それなりに秩序だって、ひとかたまりに進行している。


 真っすぐこちらの村へ向かってきているようだ。オークの鼻もバカにできない。


 するするっとシンジが地面に降り立つと、アイリスとノアが近づいてきた。


 「シンジさん、どうですか?」


 「あと2、3時間……じゃなくって、えっと、1しょうってところじゃないかな」


 世界大百科によると、この世界では3時間に1回神殿で鳴らされる鐘が時間の基準になっている。6時、9時、12時、15時、18時と鳴らされるのだ。


 もちろん1日は24時間となっている。この辺は、幼女がテンプレに基づいて設定したようだ。


 神殿には、ようじょから授けられたと言われる時計があるらしい。


 「そうですか、その間にしておくことはありますか?」


 そこでアイリスがシンジに問いかけると、ノアがシンジに近づいてきた。


 「ん? ノアさんどうしたの?」


 シンジが問いかけると、ノアはアイリスが持っているマジックバッグを顎で指し、ブルブルともの言いたげに訴えてきた。


 「え? ノアさんもマジックバッグ欲しいの? もしかして、オーク退治やりたいの?」 


 ノアがブルブル言いながら、首を縦に振った。


 「リベンジしたいのね。うん、わかった。大容量のヤツあげる」


 シンジは、腰のポシェットから肩掛けカバンを取り出して、ノアの首に掛けた。


 「これならね、ノアさんが踏んだり蹴ったりして倒したオークは自動的に収納されるから、便利だと思うよ?」


 ノアは、満足したようにヒヒン、と嘶いて、シンジに顔を擦りつけてきた。


 「うんうん、ノアさんもよろしくね!」


 「いや完全に意思疎通が成立しているのが不思議なんですが……」


 アイリスが、また眉を八の字に下げて困っていた。


 「まあまあ、どうせしばらく掛かるし、お茶でもしようかね」


 シンジは、ほいさっと掛け声とともにテーブルとイス、白磁の茶器を取り出すと、紅茶を入れだした。紅茶にはレモンと角砂糖が添えられている。もちろん茶器も紅茶も角砂糖も、『ちゅうとりある』で作成したものだ。幼女にも褒められた一級品である。


 「な、なにを……?」


 「まあまあ、飲んでみて?」


 アイリスがこんな時に良いんでしょうか? と言いつつ、紅茶に口を付けると、驚いて紅茶を見た。


 「うわ、すごい香りですね。良く見たら、このカップも薄くて真っ白ですごい……」


 「蜂蜜もジャムもあるよー」


 シンジがすかさず蜂蜜とジャムの入った器とスプーンを用意する。マメである。


 「あ、ノアさんは角砂糖が良いよね? これ、食べる?」


 シンジが紅茶に添えた角砂糖をひとつ摘まみ、ノアの口元に持ってくる。ノアは、シンジを信用しているのか、そのまま軽く口を開けた。シンジがそこに角砂糖を放り込む。


 ノアが角砂糖をほむほむと口の中で転がす。次の瞬間、目を見開いてノアの動きが完全に止まった。しばらくすると、うっとりするように目を半開きにし、口がほむほむ、ほむほむ、とせわしなく動く。だんだん口の動きが小さくなり、やがて完全に止まると、目を閉じて余韻に浸るようにひーんぶるる、とため息交じりの嘶きを漏らした。


 直後、ノアは目を見開き、体ごとグリンッと俺の方に向き直った。


 「あ、ノアさん気に入った? んじゃもう1個いっとく?」


 ノアが、首を縦にヘッドバンキングのように振った。そして、パカッと口を開いたので、シンジは角砂糖をもうひとつ放り込んだ。再びほむほむやりだすノア。口の動きが緩やかになり、ほふぅー、と音が鳴るため息をついた。


 「めっちゃ気に入ったみたいだね。あ、そうだ。ノアさん提案なんだけど、オーク1匹で角砂糖2個のご褒美、乗る?」


 ノアが、ひひーんと高く嘶いた。る気がさらに上がったらしい。目が燃えて、鬣がオーラで揺れている。心なしか、筋肉まで1段階アップしたように見える。


 「あ、もちろんいっぺんに大量に食べるとだと体に悪いから、その分はアイリスさんに預けるって事で」


 納得したようにノアが首を縦に振った。


 「いやだから何で完全に意思疎通が成立しているんですか……」


 アイリスが、また眉を八の字に下げて困っていた。




 ◇




 「し、シンジさん、そろそろ1鐘ですけど、こんなにゆっくりしていて大丈夫なんですか?」


 紅茶だけではなく、クッキーまで出されて、野外お茶会になってしまったが、あまりのリラックスぶりに、さすがにアイリスがそわそわしだした。


 「ん、まあ、そろそろ準備しましょうかね。あ、アイリスさん。オークは、出来るだけ首撥ねる形で倒してね」


 「え? どうしてですか?」


 「その方が剣の持ちが良いのと、皮も肉も傷付からないからね」


 「な、なるほど」


 『世界大百科』によると、オークは肉だけではなく、皮もなめして初心者向けの防具や日用品に使われたり、骨はスープの出汁に使うなど、捨てるところが少ない魔物でもある。もちろんハイオークの睾丸は高級品だ。この辺はまさにテンプレ。


 オークの魔物暴走スタンピード発生など、確変ボーナスステージか、宝くじが当たったようなものである。……退治することさえ出来るなら。


 「まあ、アイリスさん的に問題になるとすれば体力が続くかどうかだから、あまり緊張しない方が良いよ」


 「は、はい」


 「もうひとつ気になるのが、オークロードが率いている数が1000匹ってところだね」


 「……規模が大きいって事ですか?」


 通常、ロードが率いるオークの群れは5~700匹程度だ。オークは他種族の雌も孕ませるが、もちろん雌のオークも存在する。1000というのは、群れ全体の数ならあり得るが、軍隊としてのオークの群れならば、キングに近い。 


 「そうそう。ちょっと規模が大きいよね。もしかしたら、キング直前のロードなのかもしれない」


 「もし相手がオークキングクラスだったら、真正面からの戦いだと、この伯爵領の騎士隊全員でも、勝てないかもしれません」


 「見たところ群れを分けていなかったから、ジェネラルはいないか、居ても1匹なんだろうと思う」


 ジェネラルが複数いたら、群れは分割されて有機的に動かされていただろう。その方が厄介だったが、その心配はなさそうだ。


 「厄介なのはアーチャーとメイジかな。そっちは俺が率先して潰すから、アイリスさんとノアさんは、気にせずどんどん狩っちゃって」


 アーチャーはオークの弓兵、メイジは魔術使いだ。主にファイヤーボールなどを使ってくる、らしい。大百科によると。


 「飛び道具から潰すのは、兵法の基本だからね」


 遠距離からのまぐれ当たりが一番危ない。特にノアさん、体大きいし。いや、跳ね返すかもしれないけど。


 「それはそうですが、シンジさんの安全は?」


 「足場として、壁の厚さがそれなりにあるからね。だーいじょーぶ。まーかせて」


 わかりましたとうなずくアイリスとノア。心の準備も出来たようだ。


 そうこうしていると、ブヒブヒプギー、と独特の鳴き声が微かに近づいてきた。


 アイリスは立ち上がり、ノアは前足を掻き、シンジは茶器セットとテーブルなどを収納する。お上品なお茶会はここまで。これからは、謝肉祭カーニバルの始まりだ。

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