第17話 テンプレ的に、両手を叩いて壁を築く俺。

 「ねえアイリスさん、一対多数で戦うときに、一番気を付けることは何だろうと思う?」


 まだ衝撃から立ち直れていないアイリスは、剝き身の剣を右手に持ったまま、反射的にシンジの問いに答えた。


 「え、そ、そうですね、魔術で周りを攻撃出来ないなら、囲まれないことでしょうか?」


 「うん、そうだよね。背中からの攻撃を躱すのは、達人でないと難しいもんね。でも、今回は1000匹もいるからね、普通にやったら、囲まれちゃうよね」


 もちろん、やろうと思えば森にいたオークどもを、魔術一発で葬り去ることも可能だった。だが、それをしてしまうと、森にいる他の魔獣を刺激して、別の魔物暴走スタンピードを引き起こしてしまう可能性があった。


 さらに、森の生態系を壊すほどの魔術は、後々どんな影響が出るか分からない。逆に、影響が出ない程度の魔術だと、オークどもが散ってしまい、後で探すのが非常に面倒だし、普通の冒険者が森に入ったときに分散化したオークと鉢合わせになってしまう可能性が高い。


 色々考えると、森からオークが出るのを待ってから退治した方が良かったので、そうしたのだ。


 「いや待ってくださいシンジさん、それって、魔術一発でオークロードを倒せるって事ですか?!」


 「うん、まあ一応可能ってだけで、やったらまずいのは説明した通り」


 「では、森から草原に出たところでやってしまえば」


 「草原の方が、オークがバラけやすいからね。やっぱり村の近くまで引き付けて、囲まれないように剣で倒した方が影響は少ないかなと」


 大きい魔術を草原で使ってしまうと、めちゃくちゃ目立ってしまうだろう。何しろ狼煙で連絡が取れるわけだから、それだけの魔術を使えば、他の村からも見えてしまうのだ。目立ちたくないシンジとしては、それはやりたくない。


 「囲まれないように、大きな魔術も使わずにオーク退治。そんなことが可能なんですか?」


 「うーん、アイリスさんが黙っていてくれればね。どう?」


 「シンジさんには何度も命を救われていますから、黙っていろと言われれば黙っていますが、それでも騎士隊の隊長と伯爵様には話さない訳にはいきませんが」


 それは仕方あるまい。アイリスも宮仕えの立場だ。


 「出来るだけで良いよ。街に連れて行ってもらって、冒険者として登録させてもらえれば、後の功績はアイリスさんにあげるから、せめて伯爵様に敵対や囲われないようにだけヨロシク」


 「はあ、出来る限りの協力はさせていただきますが、本当にそれでいいのですか? 普通なら、伯爵様との繋がりを付けたがるものだと思うのですが」


 一般的には、権力者とつながって自分の栄達を目標にするものだろう。いずれはシンジもそうしたいと思っている。が、まだ冒険者としてのテンプレを熟していないので、もうちょっとその辺をやってからが良いかな、と思っている。幼女希望的に。


 「まあ、気が向いたらね」


 言えないが、伯爵が性格的に問題ない人物だったら、というのもある。少なくとも、自領への対応は悪くないと思ったが。


 「シンジさん、途中で話が変わりましたが、オーク退治はどうするんですか?」


 「うーんとね、今畑の周りを廻ったよね。これが村の最大範囲って事で間違いないかな?」


 うんうんと肯くアイリスさんとノアさん。息がピッタリで面白い。


 「これを壁で囲っちゃいます。で、一か所だけ入口を開けます。オークの習性から、この入り口から入ってくるので、ここで倒します。おけ?」


 「壁って、どうやってですか? 桶?」


 「まあ、ちょっと見ててちょ」


 シンジは、道の右端まで歩いていくと、どこかの錬金術師のように両手をパチンと胸の前で合わせ、地面に両手を着く。


 (この辺のテンプレは熟しておかないとねえ)


 いずれ神殿に行ったときに、幼女に突っ込まれてしまうだろう。しかし、テンプレと言うよりもパロディになってしまっている気がするのは、気にしたら負けなのだろう。たぶんきっと。


 シンジは、そのまま地面に両手を着いて、魔力を浸透させていく。シンジの意識のままに、地面に魔力が染み込んでいくのがわかる。


 ちょうど魔力の範囲が、1mの幅になるように調整する。


 「せーのッ、そいやッ!!」


 ちゃぶ台をひっくり返すように腕を上げ、一気に魔力を立ち上げた。


 低く地鳴りの音がして、外側、ちょうど森方向の地面が斜めに凹んでいく。それと同時に、土の壁が、ジャッキで持ち上げられたようにせり上がっていく。


 「ええええええええええええ~ッ!!?」


 アイリスの長い長い驚きの声は、1m幅の土壁がずーっと先まで、ちょうどノアが付けた足跡を辿ってカーブしながらせり上がっていくのを追いかけるように続いた。


 「じゃ、続き造りに行こうか。アイリスさん行くよ? ノアさんまた乗せてね」


 シンジは、驚きに固まっているアイリスを浮かせると、一緒にノアに乗り、壁を追いかけるように進み始めた。




 ◇




 「よしよし、これで出来上がりだね」


 パンパンと手を叩いて埃を落とすシンジ。村を一周して壁を立ち上げて、最初の地点に戻ってきたのだ。


 アイリスは、目が点になり、口を半開きにしたまま壁を見つめていた。


 「どったの? アイリスさん」


 シンジの呼びかけに、アイリスはぷるりと震え、再起動した。


 「し、し、し、シンジさんッ!? これは一体何ですかぁッ!!?」


 「これ? 見ての通りに土壁だけど?」


 1mほどの厚さで揃えられた土壁は、森側から直角三角形を描くように土を盛った形になっているのか、えぐる様な坂から突き出した3mほどの高さが延々と続く形になっている。村側から見ると、ちょうど2mほどの高さになっていた。


 オークはランクが上がると背丈も膂力も大きくなっていく。オークロードなら、ちょうど3mくらいの高さになる。


 「急ごしらえだから、こんなところだね。まあ、これならすぐに乗り越えられないだろうから、良しとしてよ」


 「いや! あのッ! こんな壁作っちゃってッ! 大丈夫なんですかッ!?」


 「戦闘が終わったら消しちゃうから、だーいじょーぶ。まーかせて」


 大丈夫だ、問題ない。とは言わない。それは死亡フラグだから。そのテンプレはNOせんきゅーである。


 「で、この入り口に2mくらい開けてあるから、ここから入口を作って誘導すれば、囲まれることはないよ」


 アイリスさんは、額を押さえながら首をふるふると横に振ると、大きなため息をつく。


 「はああぁぁ、わかりました。もうシンジさんだから、で納得することにします」


 何か酷い言われ様だ、とシンジは思った。とりあえず、入口に通路を作り、2匹くらいが同時に入ってこられそうな幅だけ確保した。


 「んで、これ持ってて、オークの死体はこの中にどんどん収納してね」


 そう言って、シンジは白いトートバッグを5枚ほどアイリスに渡した。


 「これは?」


 「もちろんマジックバッグだよ。まあ、そんなに容量はないから、1枚で100匹くらいしか入らないと思うけど」


 「いや、十分大容量なんですけど……」


 アイリスは、眉を八の字に下げて、困った顔で反論してきた。


 「まあ、何にしても1000匹いる訳だから、斬ったらどんどん収納しないと、足場が無くなっちゃうからね。そこだけは注意してね」


 「……はあ、わかりました」


 「よしよし、準備は完了。後は、オークが来るのを待つだけだね!」


 シンジの気合に、アイリスも気を取り直したようだ。


 「そ、そうですね、これなら上手くすれば、2人でもオークと戦えそうですッ!」


 「じゃあ、ちょっと様子を見てくるねー」


 上空からオークの侵攻具合を見るため、そう言ってシンジは空に浮かび上がった。

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