第15話 テンプレ的に、女騎士さんの名前を知る俺。

 シンジは、目立ちたくなかった。いや、正確には、地盤を築く前に目立ちすぎると、排除される可能性があると思っていた。


 何故なら、権力者から見れば、間違いなくシンジは劇薬であるからだ。


 ひとりで戦略兵器並みの戦闘力を持ち、創り出す物も地球の知識とチュートリアルで鍛え抜かれて非常識。ついでに創造神の使徒だ。満貫どころかダブル役満レベルの存在だ。


 だから、下手な権力者相手だと、無茶なことが起こり得ると思っている。


 権力者、特にこの地を治める領主が、どういった性格の持ち主で、どのくらいの実権力を持っているのか。国に対するパワーバランスはどうなのか。その辺を見極めてから、力を示すか避けるか考えようと思っていた。


 異世界大百科で、『魔の森』周辺の地理と政治は大まかに把握できている。が、個人の心情は文章では測れないのだ。その見極めの時間が欲しかった。


 だがしかし、元々この魔物暴走スタンピード発生には、シンジもがっつり関わっている。幼女のせいではあっても。


 (多少能力バレしたとしても、責任は取らなきゃならないよね。女騎士さんが薄い本みたいになるのは忍びないし)


 シンジとしても、この女騎士の事は気に入っている。真っすぐな性格だし、身内に上司がいるようだし。……見てしまったセキニンもあることだし。


 だから、権力者云々は置いておいて、シンジはこの件に乗り出すことにした。


 「まあ、村の皆さんが避難して、人目が気にならなくなってから、色々やることにするよ」


 「いやしかしですね、冒険者の貴殿に依頼も無しにそのようなことをさせられません」


 確かに、個人的な頼みならともかく、冒険者はギルドを通した依頼が無ければ動けない。それはこの世界では常識である。何しろテンプレ重視なのだから。


 が、残念ながらシンジには適用できない。何故なら。


 「でも俺、冒険者じゃないよ? ただの一般人」


 「は?」


 そうなのだ。シンジはこの地に降り立って、まだ冒険者登録をしていない。つまり、身分は無しいっぱんじんである。格好良く言えば、流浪人バガボンドなのだ。〇明流でも二天〇流でも、ましてや飛〇御剣流でもないが。


 「一般人だから、別に依頼はなくても動くよ。で、まずはこれだね」


 そこでシンジは、マントで隠しながら、右腰のウエストポーチを探る。実はこのポーチ、アイテムボックスに繋がっている。要はダミーである。


 「ええッ!?」


 女騎士が驚きの声をあげた。シンジの右手には、鞘に納められた1本のロングソードが握られていたのだ。


 「今、どこから出しました!?」


 「ん? 見てたでしょ? ポーチからだよ」


 シンジはしれっと嘘を吐く。いや、正確には嘘ではない。確かにポーチから取り出している。それがアイテムボックスに繋がっているだけで。


 「え? でもどう考えても入らない、って、あッ! もしかしてマジックバッグですかッ!?」


 (そーだよね、そう思うよね)


 マジックバッグは、見かけの何倍も容量のあるバッグで、超一流の専門錬金術師が時間を掛けて作成するので非常にお高い。最高性能の物でも、だいたい3m四方程度の容量しかない。


 それより大容量の物も存在するのだが、非常に貴重な品で、過去の偉大な錬金術師謹製かダンジョンなどから希に発見される。


 シンジが今腰につけているウエストポーチは、ただのポーチだ。シンジが自身の魔術でアイテムボックスに繋げているだけだ。


 もちろん錬金術修行の成果として、シンジ謹製のマジックバッグも存在する。容量も大中小と取り揃えている。それも『ちゅうとりある』の成果だ。


 「まあ、とにかく剣はこれを使えばいいからね。ちなみに、魔力あるよね?」


 「え、ええ、一応身体強化ならそれなりの時間は出来るくらいですが」


 突然の話題転換に少々戸惑いながら、女騎士が答えた。


 「その剣、魔力吸ったら切れ味に変化するから」


 「はい?」


 女騎士は、再び目をパチクリと2回瞬かせた。驚きで感情が止まってしまったようだ。


 だが、それは無理もない事である。魔力により性能が変わる剣。それは一般的に『魔剣』と称される。今回シンジが渡した剣は、魔剣の中でも最もオーソドックスな『切れ味倍加』が付与されたものだ。さらに『頑強化』も付与されている。折れず曲がらず、切れ味も高い。騎士にとっては垂涎の的となる剣だ。


 当然、作れる鍛冶錬金術師は少ない。鍛冶の能力と錬金の能力、両方が必要だからだ。当然このテンプレな世界では、作れる術師はほぼドワーフのみだ。


 シンジは、鍛冶錬金とも『ちゅうとりある』で鍛えてきた。だが、あくまで『中途現実』ちゅうとリアルな世界での事なので、こちらの世界のドワーフより腕が達者とは自分でも思っていない。


 一応魔剣は造れるし、メインウエポンになっている氷の剣も、シンジ謹製だ。魔剣以外の普通の剣も、鍛造で一流レベルまで鍛えることが出来る。

 だが、ドワーフの一流に勝てるかと言うと、そこまでではない、とシンジは思っている。戦う方なら超一流に達したと思ってはいるが。


 時間と環境が許せば、いずれこちらの超一流のドワーフから教えてもらいたいとは思っていた。


 「そ、そんな、魔剣だなんて、良いんですかッ!?」


 「うん、貸してあげる」


 「き、金貨何百枚もする剣ですよ? そんなお気楽に」


 そんなことを言ったら、先ほど女騎士が借りようとしていた、シンジが持つ『氷の剣』は、金貨何千枚でも買えない。もちろんそんな事とは知らないからだろうが。


 「ま、良いから良いから」


 そう言ってシンジは、女騎士に剣を押し付けた。はあ、と言ってとりあえず受け取ってしまう女騎士。


 「で、避難は無事に進んでいるみたいだね」


 後ろを振り返ると、村人たちが次々に教会の中に入っていくのが見えた。女子供が箱を抱え、男たちは武器や農具を持っている。


 教会の建物は石造りになっていて、それなりに頑丈に見える。ただ、オークロード自身が攻撃すれば崩れてしまう気もするのだが。


 「女子供は地下に、男たちは1階に待機。もし教会の壁を破られたら、男たちが犠牲になってでも女子供を守る。それがこの地のやり方です」


 村人たちの様子をじっと見ていたシンジに、女騎士が静かな口調で解説を加えた。


 「男がすべてやられたら、この村立ち行かなくなるんじゃないの?」


 「伯爵様が支援してくださいますので、何とか再建できるはずです」


 「なるほど、そっかー」


 「貴殿も一般人ならば、教会に行ってもらうのが本来なのですが」


 そこで女騎士はちょっと困り顔になる。


 「貴殿に手伝ってもらえないと、私だけでは時間稼ぎは出来ますが、それほど持たないでしょう」


 それは、普通に考えれば死んでくれ、と言っているようなものだ。


 「巻き込んでしまって本当に、本当に申し訳ありません。ですが貴殿なら、空に逃げることも可能でしょう。だから、一緒にオークを出来るだけ減らして、最後に私が限界まで来たら、私を殺して逃げてください」


 「……俺に、騎士さんを殺せって言うの?」


 「私は、女として最低の死に方をするより、騎士として村人を守り、最後まで騎士として死にたい」


 そこで、じっとシンジを見つめる女騎士。その青い瞳が、固い決意をシンジに語り掛けてきた。


 が、無論シンジは、その願いを受け取る気にはならなかった。


 「オーク1000匹? オークロード? くっころ? そんな幻想ぶち壊してやるッ!」


 「はい?」


 どこかで聞いたのと似たようなセリフをシンジは吐いた。


 「そんなシリアスになるような話じゃないよ。でもいいね、気に入った。……ねえ、騎士さん、お名前は?」


 親指を立てながら、よく出来ました、と言わんばかりに笑みを浮かべるシンジ。

 

 「え、わたしのですか? あ、そうか、名乗っていなかったですね。私はアイリス=ランチェストと言います。……貴殿の名もお聞かせください」


 一瞬、その笑みに目を丸くするアイリス。だが、すぐに思い返すと、逆にシンジに尋ねてくる。


 「ああ、俺もだね。俺はシンジって言うんだ」


 「シンジ殿、ですか。最後に名前を聞けて良かったです」


 そう言うと、アイリスは透明な笑みを浮かべた。


 「ん? 最後にはならないよ、絶対にね」


 確信をもってシンジが言い放った。


 正直、シンジはアイリスに深く関わる気はなかった。


 それに、相手は騎士だ。当然仕える対象がいるし、権力の側だ。今の段階で権力側に関わるのは避けたいと思っていたのもシンジの本音だ。


 大して関わりが無ければ、テンプレが終わってしまえば赤の他人だ。そんな考えで。


 だから、敢えて名前を聞いていなかったのだ。


 だが、最後まで高潔であろうとする女騎士を、そのまま死地に送り出そうという気にはならなかった。だからこそ、シンジから・・・・・名前を聴いたのだ。


 自分から関わる、と決めたから。

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