第8話 テンプレ的に、トラウマを乗り越えて下界へ降りる俺。

 「ほー、まあ、普通にラノベっぽいファンタジーな世界って感じだよな」


 伸士が本を読み切った感想がこれだった。人口も、気候も、科学水準も、大体予想通り。


 これなら、伸士が培った錬金術や鍛冶で、本気を出さなければそれほど苦労せず生活できるだろう。


 チュートリアルで磨いた力が、無くなっていないなら。


 「自分を、信じて、いいん、だよね?」


 まだトラウマからは回復できていない。


 それよりも問題は、よそ者がどうやって村や町に入り込むかだ。


 地球の西洋中世もそうだったが、基本的によそ者に厳しい。なぜなら、よそ者の中には、盗賊夜盗の先遣が紛れていることがあるからだ。


 もし、夜盗の先遣に村に入り込まれ、こっそり活動され村内に賊を引き込まれたら、その村はおしまいである。


 だから、よそ者を警戒する。


 行商人であっても、最初は警戒される。何度も顔を出すことにより、だんだんと信用を勝ち得ていくのだ。


 「だから、いきなり行ってもなぁ」


 村だったら入れないかもしれない。町なら、検問に引っかかるかもしれない。


 そんな状況に陥ったら、いきなりゲームオーバーだ。


 ただ、冒険者という職業はあるらしい。登録さえできれば、何とかなるだろう。


 または、ありえない話なのだが、どこかのライトノベルのように襲われていた誰かを助けて、とかそんな都合の良い展開に。


 「……なるんだろうなぁ、この世界なら」


 それが貴族だったりしたら、問題なく街に入れる、だろうけど。


 そんな王道過ぎるテンプレを行えば、反動が怖い。テンプレ過ぎて、TPが山のように貯まるだろう。


 とりあえず、まだチュートリアルを終わらせただけだ。どれだけの反動が来るかは、予想しかできない。


 「読み終わったかの?」


 幼女が戻ってきたようだ。


 「ああ、だけど、頭にすんなり入るのが気持ち悪くてな」


 そう、流し読みのはずなのに、本の内容を把握できている。もともと伸士は勉強は得意だったし、偏差値の高い高校に通っていた。我ながら頭は悪くないと思っている。英語だけはイマイチ不得意だったが。


 「それは、『ちゅうとりある』を通して、知力が上がっているからじゃろ。あの数字は目安でしかないが、地力も相応についているはずじゃからな。中途にリアルじゃから」


 「あぁ……アレ、無駄じゃなかったんだ。俺の中に残っているんだ……」


 また、伸士の頬に涙がこぼれだした。


 「ああ、よしよし。いいこいいこ」


 幼女が頭を撫でてくる。


 (……いかんな、完全にトラウマになっている)


 「では、このままステータスボードを授けよう」


 幼女が、伸士の頭に手を置いたまま、何かを唱え始めた。


 「はっぱふみふみ」


 「やっぱりそれかっ!?」


 パシッと辺りが光ったと思ったら、幼女が頭から手を放す。


 「呪文を唱えてみよ」


 伸士は、その言葉を聞いて、手足の震えを感じた。


 また、ステータスボードが出なかったら? 出ても、途中で消えたりしたら?


 今度こそ、伸士の心は帰って来られなくなるだろう。


 のどが渇く。ごくりと唾をのむ。


 「すっ」


 怖い。全身が冷え切って、でも喉元だけは熱く、声を震わせる。


 「すっ、すてぇ……た、すぅ……」 


 その瞬間。ふわりとステータスボードが浮かび上がった。


 「で、でたっ!?」


 じんわり光るその姿に、再び伸士の涙があふれた。ぼやけて字が見えない。


 思い出が、苦労が、輝かしい記憶が、再び光を取り戻したのを感じた。


 「うむ、出たの」


 伸士はにじむ視界の中で、幼女がステータスボードに手を伸ばしたのを見た。


 「はッ!!?」


 伸士は慌ててボードを消した。


 「なぜ消すんじゃ?」


 幼女が不満そうな顔をこちらに向ける。


 「あたりまえだろーがっ!!」


 涙も引っ込んだ。


 「ま、いい。後でじっくり見るがよい。では、そろそろ本番に臨んでもらおうと思うが、大丈夫かの?」


 その言葉に、伸士も冷静になる。


 「その前に、こんな格好で行くのか?」


 伸士の服装は、死んだときの高校の制服のままだ。チュートリアル中も、なぜか服装だけは変わらなかった。


 「ああ、下界についたら、それらしい格好になる。今お主が来ている服は、魂の記憶じゃからな」


 下界で違和感のない服装にしてくれるらしい。


 「それと、現地の通貨も少し持たせてやろう。ふた月くらいは暮らせるじゃろう。それ以降は『ちゅうとりある』で稼いだモンスターのうち、現地で換金してもおかしくないレベルのものもマジックボックスに入っているじゃろ? それを使うと良い」


 「なかなか至れり尽くせりだな」


 幼女がにぱっと笑う。


 「さーびすじゃよ、さーびすさーびす」


 「それが言いたかったんかい!?」


 幼女がまた真面目な顔になる。


 「儂に連絡したいときは、教会へ来ると良い。儂の像の前で祈れば、話くらいは出来るはずじゃ」


 「その辺もテンプレだなぁ」


 「期待は外さんじゃろ?」


 幼女は再び笑う。そして、後ろに三歩下がってまた真面目な顔になった。


 「この世界はお主次第じゃ。活躍を期待する。反動には気を付けるが良い」


 真面目な贈る言葉に、伸士の気持ちも引き締まった。


 「まあ、頑張ってみるよ」


 幼女が、かなり無理してテンプレにこだわっているのはわかる。が、それ以上に本当に世界に余裕がないのだろう。いろいろと遊んでいるような言葉の中に、それは感じ取れた。


 それは、伸士が死んだ事実に受ける衝撃を、少しでも和らげるかのように、だったのかもしれない。


 「なんじゃ、気づいておったのか」


 「ステータスボードの件で、本気で慌てていたからな」


 幼女が少し頬を染めるのが分かった。


 「お主の活躍と滑稽さを、ここから存分に見させてもらうとするわい」


 「やだストーカー?」


 「当たりじゃ」


 「当たるんかいっ!?」


 二人一緒に噴き出した。


 「では、行って・・・こい」


 「ああ、またな」


 伸士の体は、再び黒い穴に吸い込まれていった。




 ◇




 「く……」


 伸士が去って行った後、幼女はその場に崩れ落ちた。


 幼女が今まで呼吸を止めていたかのような、荒い息を突き始めた。


 「……ちと一度に力を使いすぎたかのう」


 ステータスボードは、界のことわり的にはやはり多少無理があったようだ。


 「普通なら何のことはないのじゃがな」


 今のこの『界』を支えるのに、ほとんどの力を使っているのだ。


 その上、急激に壊れた伸士を癒し、ステータスボードを適応させる。それだけのことが非常に難しかった。


 「あ奴が壊れた時には、本当に焦ったぞ」


 幼女は苦しい息を整えつつ、ため息をついた。さすがにあれは予想外だった。


 もちろん、ステータスボードの消滅は、ほんの引き金に過ぎない。


 伸士がチュートリアルを終わったことで、その存在が急激に巨大化したため、不安定になったのだ。それが、心の変調で一気に噴き出した。それこそが、本当の反動・・・・・


 「まあ、何とか間に合えば、良いがな」


 幼女は、はるか下を見下ろすようにつぶやいた。

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