第7話 テンプレ的に、『ちゅうとりある』を終わらす俺。

 「ひどい目にあった……」


 伸士は、この白い部屋に戻ったことを確認すると、そのまま膝から座り込んだ。


 「101回目のお帰りと言っておこうか」


 この期間、とにかく伸士は、いろいろなモンスターと闘い、魔法を熟し、錬金も鍛え、鍛冶もやり、剣を造ってはまたモンスターと闘った。


 その間、オークに殺られ、サハギンに殺られ、オーガに殺られ、トロールに殺られ、ヴァンパイアに殺られ、ガーゴイルに殺られ、サイクロプスに殺られ、グリフォンに殺られ、ケルベロスに殺られ、ノーライフキングに殺られ、ワイバーンに殺られ、ドラゴンに殺られ……。


 とにかく、伸士は今までで101回死んだわけだ。もちろん死んだのは戦闘だけではない。錬金の失敗や鍛冶の失敗、薬品調合の失敗もあった。


 猫だったら100万回死んだだろうから、それよりもまし・・なのだろう。そうとでも思わないとやってられないと思った。


 「1000本組み手で、最後は五色の龍全員と戦うとか、ありえねえだろ……」


 「後を考えれば、戦えるようにならんといかん」


 「無茶言うなし。戦闘狂宇宙ヤサイな人ですら、神龍とは戦ってねーんだぞ。邪悪龍は別にして」


 竜が単なる爬虫類だとすると、龍はもはや神に近い存在だ。わかりやすく言うなら、龍が月なら、下級竜はすっぽんどころかトカゲに等しい。


 「まあ、何とか互角に近いところまでは戦えたけどな」


 伸士の実力は、途方もないところまで上がっていた。チュートリアルにおいては、だが。


 「まあ、ちゅうとりあるとは言え、五色の龍あやつらと単独で互角に戦えるなら、本番でも1対1で後れを取るようなことはあるまいよ」


 「格下なら、集団とも戦ったけどな。でも所詮戦いは数だよ幼女」


 モンスターの大規模な集団暴走スタンピードは、大規模破壊魔術が使えなければとても単独で勝てるものじゃない。


 「ま、良かろう。それで、ステータスは上がったかの?」


 「ほれ」


 そう言って、伸士は膝立ちのままでステータスを表示する。


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 名前 :なし(黒須 伸士)(くろす しんじ)


 総合能力:Lv.999


 HP 65535/65535

 MP 65535/65535

 TP 777

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 ATK 9999

 STR 9999

 DEX 9999

 INT 9999

 LUK 255

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 職業 :生徒


 称号 :英雄 ドラゴンスレイヤー 聖人 賢者(異世界転移者)(創造神(幼)の使徒おもちゃ)(ツッコミ名人)


 素養 :魔術の素養Lv.99 武術の素養Lv.99 技術の素養Lv.99 (創造の素養Lv.25)(科学の素養Lv.21)(時空の素養Lv.11)(次元の素養Lv.14)(神官の素養Lv.18)


 技術 :錬金術Lv.99 鍛冶Lv.99 鑑定Lv.99 計算Lv.99 魔術Lv.99(水Lv.99 土Lv.99 火Lv.99 風Lv.99 空Lv.99 聖Lv.99) 武術Lv.99(剣術Lv.99 棒術Lv.99 槍術Lv.99 体術Lv.99) 調理Lv.55 


 (特殊) :(隠蔽)(異世界大百科)(総言語理解)(使徒)(世界大百科) 

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 幼女はステータスの板を受け取り、じっくりと眺めてから口を開いた。


 「ほう、カンストしておるな。よう頑張った。褒めて取らす」


 「はいはい、ありがとよ。65535でカンストとか、昔のゲームかよ」


 「うむ、仕様というヤツじゃな」


 この幼女、油断するとどこまでもネタを突っ込んでくるのだ。


 「で、どうじゃ? 少しは自信がついたか?」


 「まあ、一応戦闘も魔法もモノづくりも、それなりに出来るようになったと思うぞ」


 というか、ドラゴン倒して聖剣創ってまだ足りないとか言われたら、現地はどんだけハードモードだと言うのか。そんな状況で、ヒトが生きられるとはとても思えない。


 「ならば、『ちゅうとりある』修了で良いな?」


 一瞬伸士には、幼女が何を言っているのか認識できなかった。


 「って、え? これでホントに終了?」


 「なんじゃ、まだ『ちゅうとりある』続けたいのか?」


 「イヤもう勘弁」


 「では修了じゃ」


 幼女はきっぱりと終了を告げる。


 「終わりか。そうか、終わりで良いのか……」


 伸士の背筋を電撃のようなものがビリビリと走った。手と足に震えが来る。


 「ぃぃいやったーぁっ!!」


 伸士は激しい解放感とともに立ち上がり、両腕を上に伸ばし、そのまま背中から倒れこんだ。


 「あはは! あは、あははっ!」


 うれしくて、足をバタバタとさせる。


 今までの苦労が、本当に、本当に報われた気がして、笑みが止まらない。


 「そうかそうか、よかったのう」


 ウンウンとうなずく幼女。伸士は今なら、この幼女のことも許せそうな気がした。


 「そこまで喜んでくれて、儂もうれしいぞ」


 幼女はにっこりと奇麗な笑みを浮かべる。


 伸士も、つられて満面の笑みを浮かべた。 


 「では、『ちゅうとりある』も終わったことだし、このステータスは破棄ということで」


 幼女は、ステータスの板を、紙を丸めるがごとくクシャクシャにして、そのまま後ろに放り投げた。




 「は?」


 伸士の頭の中が真っ白になる。


 「え?」


 コロコロと転がったステータス表は、そのまま静かに消えていった。


 「え?」


 伸士の頭の中に、今までの死闘や生産の苦労が、走馬灯のようにフラッシュバックする。戦いの中で、泣いたこともあった。叫んだこともあった。それでも、それでも戦い続けた。ただひたすら、強くなるために。死なない様に。


 モノ作りも必死だった。酒も造った。ジャムも、調味料も。コメまで育てて味噌も作って。税金と称して幼女に半分持っていかれたが。


 腐ってしまったときは泣いた。カビだらけになった桶を見て、崩れ落ちたこともあった。


 過ぎ去った日々。でも、成功した時の喜びの涙もあった。大切な、大切な思い出。


 少しずつ伸びていく数字に、新しく加わった技術に、孤独に耐えて戦う自分の頑張りが認められているようで。


 ステータスボードに刻まれたひとつひとつの数字が。


 それはただの数字なのに、見えている力として、力いっぱい戦い続けた証拠として、崩れ落ちそうな、壊れそうな自分を支えていた、輝かしい記録。


 ……大切な、記憶。


 「あっ……」


 その、輝いていた記憶は、丸められて転がったステータス表とともにゆっくりと、ただゆっくりと色褪せ、そのまま消えていった。


 「あっ……」


 「あ?」


 幼女が首をかしげるのが見えた。


 「あっ! あにすっだおめーわぁっ!!」


 あまりのことに、伸士の言語がおかしくなった。


 「す、ステータスっ! すてーたすっ!! すてぇたすぅぅぅっっ!!?」


 跳ね起きて手をバタバタと動かし、何度も呪文を唱えるが、何も表示されない。


 ああ、何で、何でッ!?


 何で表示されないんだ……ッ!?


 心の叫びが、慟哭が、嘆きが。


 口に出せない。呼吸すらできない。


 泣ける。涙があふれて止まらない。


 「お、おれの、す、てー、た、すぅぅ」


 伸士は膝から崩れ落ちた。もう、何も考えられない。


 伸士の狂乱ともいえるその有様に、さすがに幼女はしばらく固まってしまった。


 しばらくの痛いほどの沈黙。そして伸士の目が、ゆっくりと、光を失っていく。


 心の死は、魂の死に等しい。


 遂に伸士は、崩れる様に横たわった。


 伸士の心が、ゆっくりと冷えていく。


 「気、気をしっかり持て、な、な」


 幼女が、恐る恐る伸士に声を掛けた。


 伸士はふらつきながら、ごろりと幼女に振り返る。


 「ひッ!」


 その上目遣いの、死んだ魚の目を正面から見た幼女が、短く驚きと恐怖の声をあげた。


 「めでぃーっく! めでぃーっくッ!!」


 幼女が衛生兵を呼んだ。ここには幼女しかいないのに。




 ◇




 「あー、いや、そこまでショックを受けるとは思わなんだ。すまんのう」


 幼女が非常に居心地悪そうに、頬を掻きながら伸士に謝る。


 何とか幼女による魂の保護により、絶望の淵からは助かったのだが、もう伸士には怒る気力もない。


 「お主がこれから行く『界』には、ステータスボードなどは無いんじゃよ」


 噛んで含めるように幼女は語った。


 「このステータスボードは、あくまで『ちゅうとりある』中の目安として創ったものじゃ」


 幼女が崩れ落ちたままの伸士の背中を優しく擦る。


 「数字は目安でしかないんじゃが……まあ、生きる力は確実に付いておるから、そう落ち込まんで良いのだぞ?」


 なおも幼女は続ける。


 「レベル制というのは、実際には難しくてのう。お主の星で言うゲームのような、経験値によってレベルが上がるというのは、以前にも言うたが、すべてがデジタル化した『界』にのみ通用する法則じゃ」


 幼女が何かを言っているが、伸士の頭にはあまり残らない。


 「儂もテンプレとしては、ぜひ採用したかったんじゃがなあ。せめて『ちゅうとりある』だけでもと思ったのが、まさかここまで裏目に出るとはのう……。これも反動なのかもしれぬな」


 落ち込み続ける伸士に、幼女はため息をつき、こう続けた。


 「わかったわかった。儂が悪かった。お主にはステータスボードを創ってやろう」


 その言葉は、地の底まで落ち込んでいた伸士に、ただひとつの光明のように届いた。


 「……ホント?」


 「ああ、ただし、じゃがな、先ほどまでのモノとは少し仕様が違うぞ?」


 伸士の腐りきった魚のような目に、ちょっとだけ光が戻ってきた。


 「レベル表示はさすがに無理じゃな。基準を作ることが出来んのでな。じゃが、各種族の能力を基準にして、目安能力のざっとした数字化なら何とかなるじゃろ。それで良いか?」


 伸士は声を出そうとするが、全く声が出ない。仕方ないので、うんうんとうなずいた。


 「では、そのようにしておくわい。手間がかかるが、仕方あるまい」


 幼女はそう言ってため息をついた。


 「その間、これから降りる地域のことを少し学ぶがよい」


 幼女が手を振ると、何もないところから1冊の本が出現した。


 「お主に与えた【世界大百科】の一部を本の形にしておる。それを読んでおくがよい。下界で必要な知識が書いてあるのでのう」


 そう言い残し、幼女はふと姿を消した。


 伸士は気を取り直し、体を起こして本を開いた。

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